小説 | ナノ

 不死川実弥は風貌に似合わずとても慎重な人間であった。
それは誰に対しても、何に対してもそうだった。
勿論、名前に対しても、だ。
だから、外出時はいつも二人で出ていた。
鬼や、はたまた暴漢などが居ても、自分ならば必ず対処ができる、と思っていたからだ。
けれども今回だけは違った。
きっかけは宇髄の言葉だ。

「本気になるなよ」
「惚れてんのか」

あの二つが頭にこびりついて離れてはくれなかったのだ。
ちげぇ。そんなんじゃねぇ。
頭でどれだけ否定をしても、名前の顔を見ると、嫌でも『女』を意識してしまう。
それが馬鹿みたいに思えて、少しばかり距離を取りたく思ってしまっていた。
更に言うと、今二人で出かけて宇髄やらに見られたら、と思うと気が気でなかった、と言うのもあった。
恐らくあの敏い男には、こんな胸の内すら知られていそうだったからだ。
その上、一緒に外へ居るのを見られたとしたら。
恐らく逢瀬だなんだと揶揄され、終いには他の柱の元へと名前は行かねばならなくなるのでは無いだろうか。
あの男は、男女の関係になる事に文句一つをこぼす事は無いだろう。
ただ、それを理由に果たさねばならない物事が疎かになる心配をするだろう。それを不死川はわかっていた。
名前が誰の元へ行こうと、それはどうだって良いのだ。
ただ、そうなるとあの様子では恐らく良くて悲鳴嶼のもと、若しくは宇髄のもとに行くことになるだろう。
名前は果たして自身を殺した男のもとへその身一つで向かう事は平気だと言えるのだろうか。
不死川はそれを危惧していた。

だが、名前を外に出さない、と言う選択肢は不死川実弥には無かった。
女が、毎回嬉しそうにしていたからだ。
楽しそうにはしゃぐ顔を見ていたからだ。
あの顔を見ていると、どこか許されている気になれていたのだ。
何度も殺した、という事実から。

結局のところ、不死川実弥という男は名前の笑う顔に弱かった。



それを失敗だった、と気が付いたのはその日の夕方。
雨が降り出しそうだった。
けれど、隠の嗣永秋と名前が帰っていない。
不死川は一つため息を落として着流しに日輪刀を挿し、表へ出ようとしたところだった。
ザァザァと勢いよく雨は降ってきた。
そこに勢いよく飛んできた一羽の烏。
カァ、と一鳴きしてから叫び上げたのだ。

「鬼ィ!!鬼ガデタァ!!」

烏が言い切るよりもずっと早く、不死川実弥は駆けだした。


暫く、それでもそんなに経っていない。
5分もたったろうか、というところ。
前方から走ってくる今朝見た着物をまとった女。
勢いが殺せなかったからか、その女_隠の嗣永秋はしゃくり上げながら不死川の胸に飛び込み、ガッと勢いよく体を離した。
止まるのにも不死川の体を利用せねばならないほどの慌てっぷり、そして、横に名前が居ない。

不死川はすべてを察した。

「どこだァ!!!」
「ここを、真っ直ぐ!!一緒に、行きます!!」

秋はそのまま体を翻し、来た道を戻る。
不死川もその後に続く。

秋はひっくひっく、と嗚咽を漏らしながらも呼吸を整えるのに必死になっている。
まだるっこしい!と秋の腕を掴み上げた不死川はそのまま乱暴に体を引っ張り上げ、自身の背中に乗せた。

「真っ直ぐ、です」

言葉に詰まりながら不死川の背中でそう告げた女は、しきりに「名前、名前、」と一緒に家を出たもう一人の女を気にかけている。

「鬼が、出ました!かかえて、逃げればよかった!あ、あのこ……ずっと、私を、呼んでた……っ!!お願い……!生きていて……!」
「……ッ」

いっそ、悲痛なほどに落とされる言葉に、もっと早く走れ、と不死川は自身の足を叱咤せずには居れなかった。


辿り着いたそこは、血の海。
そう、形容するのが相応しかった。
隠が何人かそこには居て、事後処理を行っている。
凄い匂いだった。
生臭く、鉄臭い。
嗅ぎ慣れた匂いだ。
この匂いを、不死川はよく知っていた。
このあと、他の鬼が寄ってこないように、とその木の幹やら根本やら、草葉の影まで。あちらこちらと飛び散った血痕も大量の水で隠によって清められるのだろう。

一人の隠に秋は詰め寄り、名前の行方を求めた。

「後藤さん!!名前は、監視対象の女性は!!!?」
「お前!無事だったか!風柱様居るならこんな事はねぇだろうと思ってよ、まさか件の女が一人なわけもねぇ……お前になんかあったのかって……」
「ご、後藤さん!!っ、名前は!」
「悪ぃ。たまたま通りがかったらしい水柱様が鬼を処理してくださって、そんまま。俺が行く、と言ってくださって、行っちまった」

多分蝶屋敷に運んでくださったんだろ、と言うその男の言葉に不死川はまた駆けだした。
居ても立っても居られなかった。
 
あの量の血痕は。
あの量の出血をしたのなら、おそらく彼女はまた、
……考えるのは止そう。
そう、思うのに、自身が斬り捨てた瞬間が、いっそ嫌味なほどに脳内でぐるぐるとまわる。
「もう殺して!」
そう叫んでいる音が、耳の奥で響いていた。



不死川が蝶屋敷についた頃だ。
がら、と扉を開き、だだっ広い玄関口に入り込んだ。
胡蝶、と大きな声で家主を呼びつけようと口を開いたところで、横から腕を掴まれた。
その腕の先を睨みつけると、自身の嫌いな顔があった。
冨岡だ。

「…………あれはなんだ」
「……ッ、」

冨岡の言葉が、やけにゆっくりに聞こえた。
あれは、はんだ。
その言葉が意味するのはきっと、女がまた一度は死んだ・・・という事だろう。
思わず、息をのんだ。
また、殺して・・・しまった。
眉間にさらに深く皺が刻み込まれるのを感じながら、

「っ、胡蝶ォォオ!!」

女を探すために、屋敷の主の名を叫ぶ。

何で、間に合わなかった、冨岡ァ!
何で、助けてやれなかったんだァ、冨岡ァ!!
何、読めねェ顔してんだァ、せめて、
助けてやれなくて、辛ェ、苦しいって顔しろよォ!!!
そう、怒鳴りつけてしまいたかった。
腸が煮えくり返りそうになる。
けれど、それはいっそ八つ当たりも良いところだ。
わかっていた。
そんな事は、不死川とてわかっていた。

「…………不死、」
「黙れェ、……今は、しゃべりかけんじゃねぇ」
「……」
「ついてくんじゃねぇ。殺すぞォ」

自分でも、ここ最近聞いた覚えもない程にドスの利いた音だった。
不死川は返ってこない胡蝶からの返事をそれ以上待つことも出来ず、ドスドスと足音を響かせながら名前を探すことにした。
 

角の一室。
女は一人、真っ白なベッドに寝かされていた。この屋敷では見慣れてしまうような病衣を着ている。
不死川がそ、と顔に手を添わせると、ふるりとまつげが揺れた。
起きてくれ、
生きていると、教えてくれ。
不死川は何度も何度もねがった。
冨岡の顔が、言葉が思い出されて、ぶるりと手が震える。

「っ、クソ!」

言葉を吐き捨てたところで、胡蝶の声が後ろから投げつけられる。

「不死川さん、あまり思いつめないでくださいね。」
「…………アァ」

足音もなく横まで来た胡蝶しのぶは笑って言う。

「不死川さん、してみたんですよ。検査。……彼女、どこまでも、『ヒト』でした。
……一体、どうしたら、彼女はこんなに辛いものを背負えるんでしょうねぇ。あそこまでされて死ねない・・・・なんて。……いっそ同情してしまいます。」
「…………そぉかィ」
「どんな状態だったか、聞かないんですか」

思わず、睨みつけてしまった。
胡蝶しのぶは、不死川なりに可愛がっている人間であった。
自分が、かつて大切に思った人間の身内であったから。
だから不死川にとって、ただの同僚、以上の気持ちがこっそりとあったのだ。
それこそ、元気かどうかを会うたびに聞いてしまう程には。
けれど、この瞬間ばかりは胡蝶しのぶ、その女が憎く思えて、仕方がなかった。

いや、すべてにおいて、
守れなかった、
名前を護れなかった己が、
この上なく憎くて、
誰と話しても、その言動全てを憎んでしまいそうだった。

「……今、生きてるなら、それが全部だァ」

そう吐いたのは、きっと自分への慰めに他ならなかったのだろう。




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