小説 | ナノ

 私は走っていた。
ゼヒゼヒと喉から擦れた音がする。
何度もえずいている。
だからか、苦いものが口内までやってきている。
苦しい。
後ろから追ってくる足音が早くなっている。
捕まる。

あたりはもうすっかり暗ずんでいた。
一応まだ夕方だというのに人が少ないのは、もう外れに来ているから。
目の前には山。
木々が生い茂っている。
 


朝方からカラッと晴れていたのだ。
今日は、不死川さんから外出をしていいと言われた。
勿論一人で、なんてことはない。
隠の秋さんと一緒に来ていた。
前回も、その前も、外出は不死川さんと一緒だった。
今回だって、不死川さんは昼はお休みだと言うから一緒だと思っていた。
けれど、今日は
「女同士の方が行きてぇとこに行けんだろォ」とつっけんどんに言われたのだ。
本当は不死川さんと出かけたかった。
でも、どことなく怒ったような顔をしてそんな言葉を吐かれてしまうと、一緒に行きたいです。なんて言えるわけもなかった。

「名前のこと絶対意識してるわ。」

そう秋さんが笑ったのは今日の喫茶店での事。

「そうだと良いなぁ、」

なんて返しながら、でも私は『人間』でもないのに。
そんなこと、ある訳ない。
彼は手近にいる『女』が私だっただけだ。と、やっぱり理解はできていた。
隠の装いではなく、少しばかり洒落ているのだろう着物を着た秋さんはとっても綺麗で愛らしくて、やっぱり彼の隣に立つならこれくらいに綺麗な人の方が良いんだろう。
なんてことも考えてた。

私の言葉を聞いた秋さんは喫茶店に備え付けられた濃紅のベルベットの張られたソファに深く腰掛け直して、にっこりと笑った。

「名前ね、私あなたの事好きよ。『見てないから言える』だとか言われてしまうと、もう言い返せないけど、
鬼さえいなければ、風柱様と普通に出会って普通にお話しして、二人そろって普通に手を取れていたんだろうな、って思うのよ。」
「……秋さん、」
「鬼は、きっとちゃんと隊士たちが殲滅仕切るまで、私も頑張るから。……あきらめないで。全部。
だっておかしいじゃない。
あなたは、名前はこんなに、良い子なのに。」

秋さんの言葉が、耳に届くころには、まるで魚のぶっとい骨が喉に刺さったみたいに喉元が痛くなって、ここは、お店だぞ!!って何度も自分に言い聞かせながら奥歯を噛み締めて涙をこらえたんだ。

それから少しして落ち着いてから喫茶店を出て、繁華街の筋を二人で歩いた。
着物とかが売ってあったお店を二人でひやかして、雑貨屋さんみたいなお店で、秋さんがお揃いのストラップみたいなものを買ってくれた。

「一つは風柱様に、名前から渡してね」

なんて笑うから、頷く事しかできなくて。

「そういえば!!」

唐突に年齢の話になって、秋さんが私より二つも下だったことに衝撃を受けた。

「もう行き遅れなのよ」

そう言う秋さんに、

「私の方が年上だよ」

告げると、すっごい大きくそれこそ目玉が零れ落ちそうな程大きく見開いて、

「……うそ、」

なんて驚かれた。

「もう、いっそ風柱様に貰ってもらいましょうか。責任取れ、とでもいやあ取ってくれそうじゃない?」
「……ええぇ。」

真顔で言うから、思わず苦笑いで返して。
そんなやり取りが、まるで生きていた時に幼馴染や友人としてたやり取りみたいで、思わず笑ってしまって、そんな私を見て笑ってくれた秋さんに、何とも言えない感情を抱いた。
今まで生きてきて、出会ってきたどんな友人よりもずっと、秋さんは『友人』だった。
それと同じ。
不死川さんは、ずっと、誰よりも私を大切にしてくれているんではないか、なんて。そう、勘違いしているだけだ。きっと。


そうこうしていると、すっかり日も落ちてきて。
二人で慌てて夕飯の買い物をした。
帰ったら、一緒に不死川さんが美味しいって言ってくれたお魚の煮つけを作ろうか、なんて話したんだ。
そうしていたら、一気に周りが暗んできて、

雨が降り出した。

秋さんは真っ蒼になって

「早く帰るわよ。急ぎましょう」

と、私を背中に担いだ。
ずっと、私は忘れていた。

ここが地獄だという事も、
私がなぜ、不死川さんに養われているのか、と言う事も。


私は、ヒーローではない。
ヒロインでもない。
だから、ピンチになったら誰かが助けてくれるとか、凄い良いタイミングで不死川さんとかみたいな強い人がやって来てくれるとか、そんなことなんて起こらない。
そんな当たり前を忘れていた。
それを、忘れていた。

秋さんに背負われていた。
秋さんは私を背負っているのに、それはそれはすごい速度で走って、走っていないくせに私まで耳が痛んでいる。

「名前、濡れるけど我慢してね」
「……大丈夫!!」

そう心配されるくらいには雨は体を打ち付けた。

繁華街はとうに通り過ぎて、人気の少ない畦道に着いたくらいの頃だ。
後ろから聞こえてきた物音を、私も秋さんも聞き逃さなかった。

「名前、……帰り道は、わかる?」
「……、わ、わかる。」

そう。だって通ってきた道だもの。
秋さんは一度だけ空を見上げて、ゆっくりと後ろを見た。
だから、私も見えた。

ぼさぼさの長い髪に真っ赤な目と、長い長い爪。
ケヒケヒと不気味な音を紡ぐ口からはよだれが滴っている。
『鬼』
間違いようの無い見た目だ。
いつかの事が思い出されて、ヒュッと、私の喉から音が漏れていた。
と、思う。
秋さんは、ゆっくり私を下ろして、

「行って」

と言う。
行けるわけがない。
だって、彼女は、間違いなく、死んでしまう。

だから、私は言ったんだ。

「……不死川さん呼んできて。秋さんは速く走れるし、……すぐ、着くもん。大丈夫。
大丈夫。私も後ろ追いかけるから。」

じりじりと、二人でそんなことを言い合いながら、後ずさってしまう。

「……あなたは、監視対象よ!馬鹿言わないで!!」
「バカは秋さんだよ!私は死なない・・・・んだから、秋さんが走って不死川さん呼んできてくれなきゃ、ダメじゃん!!!早く!!」

私は、漫画に出てくるヒーローなんかでなければ、ヒロインなんかじゃない。
だから、こうやって言ってるくせに、覚悟なんて一ミリも決まってないし、虚勢だって張り切れない。
足なんて、震えてて立っているのがやっとなんだもの。
それでも、始めて友達と、呼びたい人が出来た。
本当に、生まれてはじめてだったんだ。
こんなに楽しかったのも。
秋さんが、大事だ。
不死川さんと秋さんと一緒にいられる今が、私は一番好きだ。
失いたくないのだ。
私も。
譲れないものが、出来てしまったんだ。

舌なめずりをして、こちらをみてニタリ、と笑う鬼を見て秋さんは弾かれたように走った。

「すぐに、……すぐに呼んでくるから!!絶対に、戻るから!!!」

秋さんが走り出すのと同時に、私も走った。
勿論、訓練をしているらしい秋さんよりもずっと遅いし、
秋さんの背中なんてすぐに見えなくなってしまいそうだ。
ううん。多分そうなる。
もう、怖くてたまらない。

背中にドンっと、何かがぶつかる感覚がして、
同時に焼けるような痛みが迸った。

「……っぁぁああああああああ!!!や、だ!!いやだいやだいや、だ!やっ、や、!だ!秋さん!!!!助けて!!行かないで!!!」

どっと、体が前のめりに倒れ込むのがわかる。
どすん、と背中に衝撃を感じた。
体が動かない。
きっと、鬼が私の背中を踏んでいるから。
ぎし、ぎし、と背骨がしなっている。

「ひ、ぃ、……たすけ、助けて、……」

ゆっくりと、鬼の長い髪が私の顔の前に降りてきて、その顔が全貌を覗かせた。

「……お前、あのお方が探していた女と特徴が一緒だぁ、……殺せば、わかるんだろぉぉ?」

ケヒケヒ、と鬼の喉が震えている。笑っているのだ。

「ひ、あ、秋さん、秋さん秋さん秋さん!!!たすけ、……不死川さんっ、!!助けて、っ!や、だやだやだやだ!しなずが、っ」

私の声が出きるよりもずっと早く、みちみち、と言う音と共に腕が引きちぎられ、そこいらにぽい、と投げ落とされた。
自分が行けと言ったのだ。
引き返して来たらどうするのか。
そう、自分に言ってしまいたい。
けれど、そんなこと言えるほどの余裕もなければ、私は死ぬことだって怖い。
秋さんが死んだら悲しいし、後悔だってするだろう。だから、どうせ死ぬことの無い自分がここに残ると決めたのだ。
私が、彼女に告げたのだ。
だから、これでいい。
これで良いはずだ。

けれど、いたい。
いたい
いたい!

「あ、あ゛ぁぁぁぁぁあ!!!!」

久しぶりに感じた猛烈な痛みに、吐き気が襲う。
びちゃびちゃと、口から落ちるのは吐瀉物か血かもわからない。

私は、物語のヒーローでも、ヒロインでもない。
だから、助けは死んだって・・・・・来ないんだ。
だって、ここは地獄だったじゃないか。
助けて、助けて、と願っているそこから、ぶちりぶちり、と、お腹を引き裂かれる感覚がして、ついに私は意識を手放した。




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