小説 | ナノ

 母方の祖母は仏教徒で、毎週末それこそ熱心に読経をしていた。
我ながら、宗教に関しては面倒な家だと思うこともあったが、祖母が独特の音を喉の奥から響かせるのも、焚かれた線香の匂いも不思議と嫌いではなかった。
だから、横で何を考えるでもなくぼうっと手を合わせていたりもしたものだ。
私は祖母の話を聞くのが大好きで、幼い頃からその膝にくるまれては取り留めもない話をうんうんと頷いて聞く。

「悪いことをしているつもりがなくとも、それが悪い事なら地獄に行くんやで」
「えー!!じゃあ悪い事しても一緒じゃん」

私の無邪気な言葉に祖母は笑ってこう返す。

「せやからな、胸張って『私はそれがええことやと思ったからやったんや』言えるようなことせんといかんねやで」
「でも地獄に落ちるんでしょう?」
「それが悪い事やったらな。でもな、きっと神様や仏様はそれを見ていてくれるんや」

うっそだぁ、と返したのを覚えている。

 そんな祖母が死んだのは、私が中学に入るころ。
ずっと隣に住んでいた幼馴染についてまわっていた私は、ちょうどその頃から幼馴染に引きずられる形で人に言えないような事を重ねていくことになった。
そんな私を、祖母が見ていなかったのは、いっそ救いなのかもしれない。

 その頃一度だけした、母との大ゲンカ。

「あんた、おばあちゃんに今の自分見せられんのか」

その吐き捨てられた言葉はずっとずっとどこかで呪いのように染み付いている。

 今の私が、見せられるものか。
そんなこと、わからない。
少なくとも『今』は見られたくないよ。
と、私はそう思ってたと思う。

________________________

 産屋敷邸の一室。
広く畳の敷き詰められ、見事なまでの産屋敷邸の庭が一望できるそこ。
柱合会議を終え、『お館様』と呼ばれる青年が去った後、残った柱で今後の対策についてを話し合う事が恒例となっている。
今もその時間ではあるのだが、特に目立った話は出ず、矢張り出てくるのは

「隊士どもがだらしねぇ」

その一点に尽きた。
継子に向かえようとも逃げられてしまう事もままあり、柱の中でも特に稽古に対しては手厳しい蛇柱である伊黒と呼ばれた男も、継子などという言葉はここ最近は特に上がることもない。
それは同じく厳しい上に見た目も怖い風柱の不死川も同じであった。
誰か見繕って継子にでもして兎にも角にも戦力になるやつを育てなければなるまい、と言う話もなんのその、どこ吹く風で二人してそっぽを向いていた。
そのあたり二人は特に気が合う事はその場の皆も承知の事。
故に文句を言われることも無いが、矢張り不死川らの「俺についてこられると俺が判断した人間でなければ継子にはしねぇ」の一点張り、それに他の柱がため息を吐いていることも事実であった。
そうこうしていると、この話は大体いつも同じ結論で締めくくられるため、早々に終わる。
『不作だなぁ』
以上。

 もうそろそろ帰るか、と不死川実弥が立ち上がろうとした時だった。

「そう言えば」

と言う宇髄の声で、不死川は腰を下ろし直す。

「あの女はどうなってんだ」

その言葉でピクリ、と少しばかり緊張を走らせた不死川を宇髄は見逃さなかった。

 かねてより、宇髄は不死川に対しては何でもかんでも抱え込むくせに、人に頼ることも出来ない上、厄介事を自分から背負いに行く節があると常々危なっかしく思い、見ていた。
何より気がかりなのは、不死川のそのいっそ自罰的なまでの優しさにある。
その上責任感も強く、生き方まで不器用で人一倍用心深い癖、一度懐に入れようものなら入った人間は彼自身以上に大切なもとして彼の中で大きく成る。
これがただのそこいらの男なら、『男気にあふれた人間』で済むが、鬼殺隊隊士としては非常に危うい。
まあ、そう言った人間しかそもそも鬼殺隊には居ないが、その中でも、不死川は誰にも『弱さ』を見せようとしないのだから、こちらから気付いてやらないと一人で苦しむのが目に見えていた。
今回の女の事に関しては、不死川には本来必要のなかった苦しみであった筈なのに、だ。

「……変わりねぇ」

どこか居心地悪そうに落とされた言葉。
それにすかさず胡蝶が割って入る。

「不死川さん、私が引き取りましょうか」

不死川はバッと勢いよく胡蝶を見やり、吐き捨てるように言葉を投げつけた。

「患者も居んのに何かあったらどうすんだァ、アイツを狙って鬼が来ても碌に対処出来ねぇ奴ばっかりだろうがァ」
「そうだぞ、胡蝶。万が一襲撃があったとして、君が居る時とも限らん。そうなると被害はきっと甚大になる!!やめておいた方が賢明だな!!!!」

不死川に同意した煉獄に、悲鳴嶼が更に言葉をかぶせる。

「皆の言うとおりだ。お館様より命がない限りは蝶屋敷は避けた方が良いだろう。」

どこか意味深に笑う胡蝶から不死川は目を逸らさず、「ああ、こりゃなんかあったな」と宇髄は即座に理解できてしまう。
更に不死川の言葉にも引っ掛かりを覚えていた。

(アイツを狙って鬼が来ても、ねぇ。)

『アイツ』には害はない。言外にそう言っているように聞こえた。
いや、きっと本来はそう言いたかったのだろう。
それならば、と宇髄は提案をする。

「前にお前嫌がってたろ。あの女自身には害もなさそうだしな、俺が引き取ってやっても良いぜ。」

不死川の顔から表情が抜け落ちる。
(あぁ、こりゃなんかあんな)
宇髄がそう確信するには充分であった。

「なら俺が引き取ろう!!!挨拶も済ませていない!!!いい機会だ!!!」

ハハハと容貌に似合う程に豪快に笑った煉獄に、

「千寿郎殿や御父上に伺いを立ててからにしてはどうだ、煉獄よ。むやみに碌すっぽ知りもしない、しかも『化け物』紛い等そうやすやすと引き受けぬ方が身のためだ」

とネチネチと真っ黒な髪を肩口で乱雑に切りそろえた包帯を口元に巻き付けた男_伊黒が釘をさす。

「む、それもそうだな!!先ずは了解を得ることとしよう!!!もう少し待っていてくれ!!不死川!!!!」
「……アァ」

快活な男に、伊黒はため息を落とし、不死川は眉間に皺を刻み込む。

「……帰る」

今度はそう空気も読まず落とされた声に、皆がため息を零した。
冨岡であった。
彼は特に協調性に欠けると皆から言われているが、いっそ異常なまでの言葉足らずがそうさせているのではある。
冨岡本人は気にしているのか居ないのか、吐き出されたため息と、不死川からの

「とっとと帰りやがれクソ野郎がァァ!!!!」

の文句を背中に受けながら、口を開こうとしたところで、胡蝶がその背中を押し出していく。

「まぁまぁ、私もお呼びでないみたいなので、帰りましょうか。……不死川さん、何か・・あったときは、ぜひ診察に連れていらしてくださいね」
「……あァ」

そこまでじっと聞いていた甘露寺蜜璃は淡い桜色と緑のまじったおさげを揺らし、意を決したように口を開く。

「なら、私の所はどうかしら!!女の子同士の方が話にも花が咲くものでしょう?……ねぇ!伊黒さん!!」
「甘露寺、君の優しさは美徳だ。おい宇髄、お前が『迎え入れたい』と言っていたな、ならお前で決定だ。」

すかさず阻止しようと画策する伊黒には、甘露寺の安全の為ならいかなる犠牲もさしたるものではない。

「……そうは言ってねぇな!!」
「不死川が不便をしているならこちらで引き取ることも出来る」

と悲鳴嶼も言葉をやる。

「まぁ、兎に角だ、いざとなったら変わってやれるっつう奴はいるぞ。どうしたい、不死川。派手に選ばせてやらぁ」

面倒になってきた宇髄は結局本人に投げることにしたのだが、そこでやっと、不死川の顔がどこか不貞腐れているかのような、少しばかり苛立っている顔になっていることに気付く。

「……いや、今のままでいィ」

思っていた言葉と違う言葉だったからか、皆が不死川の方を見る。
宇髄は不死川の心が少しばかり例の女の事で揺れている事に気が付いてしまった。
いっそ、カマかけてみるか?と、

「派手に恋してたりすんのかぁ?」
「気色の悪い」
「女性に向かって言う言葉ではないな!!」

宇髄の言葉に一早く反応したのは伊黒だった。
その伊黒の言葉を煉獄が窘め、伊黒は鼻をフンと鳴らす。
当の不死川はそっぽを向いて、

「……ちげぇわ、そんなんじゃねェ」

そういってから立ち上がり、呆れた顔を作ってから、

「俺ァもう帰んぞォ」

と去ろうとする。

「……本気になる前に手を引けよ、不死川。派手に辛くなんのはお前だぜぇ」

そう宇髄の吐いた言葉に立ち止まり、何か言いたげに振り返ってから、

「……分ぁってらァ」

そう残して去っていった。
「ちっげぇわバァァァカ!!」とでも叫ばれると思っていた面々は少々面食らってしまう。

「……マジで引き取り先早々に変えた方が良いかもしれねぇな」

ため息とともに落とされた宇髄の言葉を否定するものは誰も居なかった。




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