小説 | ナノ

蟲柱と呼ばれていたあの人が来て以来不死川さんは帰って来ることは前にも増して少なくなったし、帰ってきても顔すら合わせてもらえない。
私は何かしてしまったのだろうか。
とも考えてみたけれど、何をする以前に会って居ないのだ。しようも無い。
ハァ、と小さくため息を零しながら、秋さんに言われた水くみをしに行く。
一目でも見られれば嬉しいなぁ、なんて邪な事を考えながら、最近はもっぱら、遠回りして庭から不死川さんの寝室を過る形で水を汲みに行く。
そんなこんなを繰り返しそれこそ数週間経った頃。
開かずの間よろしく開いたことの無かった障子戸が真昼間の、不死川さんが眠っているはずの時間なのにスパンと開いた。

「うっとぉしぃんだよォ!てめぇはァ!!」
「ちょっとは迷惑考えろォ!!ただでさえこっちは迷惑、……」

そこまで言ってから不死川さんは眉をこれでもかと寄せ、眉間に皺を刻み込んで言葉を呑み込んだ。

そう。
迷惑。
間違いない。
私は彼にとって面倒以外の何物でもない。
それを何故か明白に言葉として投げつけられてから、初めてようやっと理解した。
へらへら笑って、視界に入らないよう気をつけます。そう言えばいい。それで終わり。
今まではそうやってきた。
それで良い。
それで良いはずだ。
相手は私が考えているよりもきっと何も思っていない。
きっと少し苛立っている。それだけだ。
だから、私は何を思う必要もない。だから、明日になれば相手も忘れているような事だ。
無かったことにして、今後は出来るだけこっちを通らないようにすれば良い。それだけだ。

なのに、ごめんなさい。
その言葉が胸を占め尽くすのと同時、ふっと、ああ、こんな私でも喜ばれる使い道ならあるなぁ、なんて思ってしまったものだから、つい、とか、出来心とか、そういった類のもので今度は脳内が占め尽くされる。
スッと桶などをその場に置き、不死川さんの方へ歩み寄りながら、襷を解き、勢いをつけて不死川さんを押し倒しながらその上に乗り上げた。

大丈夫。
セックスなんて、付き合いでしてきたことだ。
なんで思いつかなかったんだろう。
これなら、迷惑かけずに役に立てるのに。
家出少女と一緒。
泊めてもらってて役に立つこともろくに無いんだから。これくらいしか私に使い道なんて無いんだから。

「私でも、役に立てる事なら、ありますよ」

グリグリと不死川さんの腰にぶら下がっているモノが在るであろうそこを腰を使って着物越しに擦り上げる。
不死川さんはビクっと体を揺らし、小さくうめき声をあげた。

「ッ、…ぁ、クソ!!」

その音が艶っぽくて、キュウンとお腹の奥がうずく。
腰を乗せると、彼のイチモツは確かに反応している。
ほら、私、役に立てます。
と言うようにもう一度、腰をグリ、と動かしたところで不死川さんは上体を起こし、私の胸倉を掴み上げた。
その時に久しぶりに絡んだ視線。
彼の目に、私はピシャンと体に杭を打ち込まれたように動けなくなる。

なんで、貴方が苦しそうなんだろう。
こうすれば、皆全部忘れられるんじゃなかったの?
これなら私でも、役に立てるはずなのに。

「私、……、何かしちゃいましたか。」

嫌われているのかもしれない、その事実が、ほのかに胸に育ったものに水をかけていくようだった。
知らずに、頬に冷たいものが落ちてくる。
ぽろぽろとそれは落ちてきたものだから、
ああ、また迷惑をかけてしまう、と手でそれを拭った所で、後ろから頭をスパァンと叩かれた。

「ったぁい!!」
「お楽しみ中だったら申し訳ございません」

そう不死川さんにひと言挨拶と謝罪をして、私を叩きあげた張本人、つまり、秋さんが私の襟首を掴んで不死川さんから引きずり下ろし、ズリズリと私に与えられた部屋まで引きずり歩いた。

私を下した秋さんは、腰に手を当てて般若の形相で私を睨み上げる。

「あなたは!何をやってるんです!?わかってます?!彼は男ですよ!!」
「わかってる!……わかってた、……わかってたのに!!
…………どうしよう、ど、しよう……!秋、さん……私、不死川さんに……嫌われたくないぃ、」

とうとう鼻まで垂らして泣き始めた私は、此処で頭を冷やしておいて。もう暫く出てこなくていい。と、秋さんに突っぱねられて、秋さんはぴしゃりと部屋の扉を閉めて行ってしまった。
秋さんにまで迷惑をかけてしまった。
どうしようもない自分が嫌になる。
それでも、淡い恋心が消えてくれるわけでもなく、秋さんがこの部屋に二人分の少し遅めの昼ご飯を持ってきてくれるまで、ぐずぐずと胸の中でずっと先のことが燻ぶっていた。

ゆっくりと二人でお昼のご飯を食べて、井戸の近くの雑草が中々抜けない話だとか、前髪を1センチ切った事とか、トイレがこの間空っぽで、初めて用を足すのが自分だったのが苦痛だったこととか、そんなくだらない事を話しながら無駄な時間を過ごす。

「もう洗濯取りこんじゃいましょうか」

秋さんの言葉に、重い腰を上げてのそのそと着いて行く。
洗濯を取り込みながら、

「ていうか、やっぱり褌なんだよねぇ、なんか笑える」
「風柱様聞いてたらまた雷落ちるわよ」

くだらない会話を続けて、パタパタと洗濯ものに着いた砂埃をはたき落とす。
秋さんの動きがピタリ、と止まったかと思うと私の向こう側に向けてぺこ、と頭を下げた。
秋さんの視線の先を辿るようにそちらへ顔を向けると、やはり、と言うべきか不死川さんが立っていた。

「……ぁ、ごめんなさい!!」

はじかれたように頭を下げ、そ、と不死川さんの顔を窺いみると、厳しい顔から一気に眉を下げ、困った、とでも言いたげな顔を覗かせた。

「……悪かった、八つ当たりだァ。
俺たちの都合でこんな所に閉じ込めておいて、『役に立つ』もクソもねェよなァ。」

そこまで言って、不死川さんは一歩、私に近づく。

「お前はずっと、最初から協力してくれてただけなのになァ」

今にも泣きだしそうな顔で小さく小さく、聞こえないほどの声を落とした。

「何回も、斬っちまった。」

それは、聞いてはいけないもののようで、誤魔化すように、口を開こうとした私の目の前まで来た不死川さんは、私に手のひらを向け、言外に『待て』という。

「……申し訳ねェ」

その手が、そっと私の首筋に触れた。
そう。彼が一度切り落とした、そこ。
秋さんからの視線が突き刺さる。
何か、何か言わなくては、そう思うのに、触れられたそこが熱い。
喉まで何かがせり上がってきていて、口を開いたら、その何か、が出て行ってしまいそうだ。
それでも、やっぱり、何かを伝えたい。
何か。そんな事は、わからない。
わからないけれど、出来ればそんな顔は見たくない。
そんな顔をさせるくらいなら、怒っていてくれたほうが、ずっと良い。

「……っ、あのっ、……ありがとう!!
いつも、面倒見てくれて!……私、多分不死川さんが居なかったら、こうして生きていけてない。
それくらいは、わかるよ。だから、ありがとう!!
だから、もう、気にしないで……」

そこまで言うと、不死川さんの顔はやっとほんの少しだけ。
ほんの少しだけ固さが消えて、ゆっくりと笑った気がした。
見られたくない、とでも言うように、私の頭をかき混ぜたから、結局『笑った』と、確信は持てないけれど、『嫌われてはいないようだ』というその事実だけで、私の気分が晴れ上がっていってしまう。

「飯、食ったら出る」
「かしこまりました」

秋さんの言葉に被せるように、私は大きな声で言う。

「美味しいの、作るから!!」



米をザカザカ研ぎながら秋さんに訊ねる。

「これって、……仲直り?したんだよね」
「……喧嘩してたの?」
「や、喧嘩っていう、覚えはないけど…………」

私の言葉にくす、と笑いながら秋さんは言う。

「でも押し倒しまでしたのに、あの反応って……」

秋さんの言いたいことはが痛いくらいにわかってしまう。

「ど、どうせ、色気なんてないよ!」
「んふふ、……大丈夫よ」
「何が!?」

ご飯を作り終え、不死川さんを呼びに行く。
居間で食べる、と言うのでそこにご飯を運び込む。

「お待たせしました」

と、秋さんが不死川さんのお味噌汁を出したところで、少しばかり間をおいてから

「もう、食ったのか」
「いえ、この後頂こうと」
「なら、お前らも一緒に食えェ」

なんて言うものだから、私は慌てて台所に戻ってご飯を装った。

「あ、ああああ、秋さん!!!一緒にご飯!!!!やっばい!!嬉しい!!」
「はいはい。早く行きましょうね。」

私は緊張するから嫌だわ。とか何とか聞こえてくる気がするけれど、それは『気のせい』にしておく。

ここにきて、初めて皆で『頂きます』が出来たことに、私は感動を覚えながら、不死川さんの食べる姿を目に焼き付けていく。
これで一人で食べることがあっても皆でこうして食べた事を思い出しながら食べられるわ!!とか何とか考えていた事が伝わってしまったのか、不死川さんと視線がバチっと絡んだ。
ずぼぼぼぼ、と一気に顔が熱くなっていく。

「……」
「……」
「ずずず」

私が視線を反らさなかったからか、不死川さんからも視線が外れる事もなく、次第に不死川さんの顔まで赤くなってくる。

「見てんじゃねェ!うつンだよ、クソがァ!!」
「ご、ご、ごめんなさい!!」
「ずず、……ずずず」

秋さんのお味噌汁を啜る音がずっと響いていた。



いつものように不死川さんを見送るため、玄関先まで秋さんと出ていく。
秋さんが火打石を打ち終わると、いつもならそのまんま出て行ってしまうのに、不死川さんは今日だけこちらを振り返ってニヤリと笑って言った。

「帰ったら、連れてってやる。トンカツ」
「は、はい!!!」
「……」

不死川さんが見えなくなってから、秋さんの方を見ると、目を見開いてこちらをじい、とみていた。

「……あ、秋さん?」
「あらあらあらあら。ひょっとする?」
「……!!ひょっとする?!」
「…………えぇ、……だめ!想像できない!!」

頭をブンブン振って否定されてしまう。

「えぇ、……え」

困惑を隠せないけれど、もしもそうなら、本当に嬉しいな、と、思う。
少しばかり私は浮かれてしまっても、良いだろうか。




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