時系列も野球事情もぶっ飛ばして一ノ瀬塔哉の誕生日を祝いたいその11。せーの、野球しようよ! 今は、それぞれ行く道が違っても。総出演。それから、みんなの後輩で、友達で、ヒーロー。主人公ことパワプロくん。矢部くんもいるよ!
※時系列は基本的にぶっ飛ばしてお考えください。主人公は「小波」です。

『一ノ瀬さん、お誕生日おめでとうございます!』
画面越しの笑顔に、目を見開いた。あの頃の後輩が、今では同じ場所で戦うライバルが、インターホンの前に立っている。「おめでとうございますでやんす!」語尾が特徴的な彼の友人、そして同じようにプロ選手となった矢部明雄も隣に一緒だ。
小波たちが、一ノ瀬が住むマンションを訪問していることには、説明がつく。前に一度だけ招待したことがあるのだ。「意外と質素だ……けど部屋かっこいい……」「でもここ一等地でやんすよ……オイラたちも一流になれば……!」などと、後輩たちがぼそぼそと呟いているのを聞いて、思わず吹き出したのを覚えている。
元々一ノ瀬は、そう人を自宅に招くことはしないので、食事に行くようにはなっても、再度訪問する人間はあまりいないのだが。それも、なかなか朝早くから。
けれどその用件が、自分の誕生日を祝うためだとは。予想外だ、しかし、嬉しさが一ノ瀬の頬を緩ませた。
「おはよう。それから、ありがとう。ちょっと待ってて、鍵開けるから」
『あっ挨拶してなかった! すっ、すいません!』
『申し訳ないでやんす!』
「僕は別にいいけど、気を付けなよ?」
明るい人柄と人懐こさは、高校時代から全く変わっていないなと、一ノ瀬は尊敬にも似たような気持ちを覚えた。二軍から、よくぞここまで。自分が成し得なかった甲子園優勝を目の前で見たその時は、嫉妬にも似たような、それでいて込み上げてくる胸の熱さに、プロの舞台に立つことへの決意を改めてすることができた。
そんな誇らしい後輩たちを迎える為に、玄関へと向かう。外が寒いことは早朝のロードワークで知っているので、カーディガンを羽織ってから。ドアを開ければ、並んで笑顔の二人が目に入った。
「僕がいるの、知ってた?」
「はい、ちょっとしたあれで……ね、矢部くん」
「あれでやんす」
あれとは。それに、どうして二人が、この二人がきたのだろうか。いや、誕生日に高校時代の後輩が祝いにきてくれることも、驚きなのだが。不可解なことの多さに首を傾げていると、小波が「あの」と口を開いた。
「ちょっとお連れしたいところがあるんですけど、一ノ瀬さんご予定空いてますか?」
「承知の上で聞いてるでやんす!」
「矢部くん余計なこと言わないで!」
もう! と頬を膨らませる小波。それが冗談とわかる仕草で、矢部もけらけらと笑いながら謝るのが微笑ましかった。
お互い大人と言える年ごろの筈なのに、そう思うけれど、心が“一ノ瀬キャプテン”と呼ばれていた頃に戻っている自分に気づいた。今もこうして慕われている、と言えることが、嬉しかった。
「誰に聞いたか知らないけど、そうだね。お供してもいいかな?」
「勿論です!」
紺地のコートに袖を通し、小波たちの先導についていく。最寄り駅に向かっているのがすぐわかった。どこへ行くんだい? 聞いた一ノ瀬に、「すぐわかりますよ」と笑顔で答えた小波。お楽しみということか、そう思い一ノ瀬は他の話題に乗り始めた。
確かに彼らの言う通り、すぐにわかった。かつての母校、彼らと先輩後輩の関係になった、最初の場所へ向かう路線に乗り換えたのだ。
「……あかつきへ行くのかい?」
「……やっぱり、わかりますよね」
「でも半分正解でやんす」
「半分?」
「半分です」
もう半分は、そう問うことを一ノ瀬はしなかった。こうなれば、どこまでもついていこうではないか。未知の冒険への高揚感、まるで幼い少年のような心が、一ノ瀬の中で首をもたげる。小波の含みのない感情が、そうさせているように思えた。後輩に優しい、と言われることはよくあるが、これもその範疇に入るのだろうか。

「みんな、どうして」
記録保持者となったこともある、バッティングセンター。その入り口に集まっていたのは。
「遅ぇよ小波」
「時間通りだと思いますよ! 二宮先輩!」
「君は人を連れてくることも満足にできないのかい?」
「もー、兄さんやめてくださいよ」
腕時計を見た二宮に、ぷんすかと怒る小波。その火に油を注ぐ猪狩守と、呆れた様子の猪狩進。そんな小波をまあまあと六本木がなだめる。その少し離れたところでストレッチをしているのは三本松と七井。
「そんなに時間は経ってないんだから。一ノ瀬さん、おはようございます」
「今日は寒いネ。ちゃんとストレッチしないと身体痛めるヨ。ン、一ノ瀬サン。Good morning!」
「腕は鈍っていないといいがな。おお、一ノ瀬さん、おはようございます」
四条が吐いた息で、眼鏡を白くさせている。妹である澄香も似たようなものだ。同じように眼鏡をかけた矢部は、今日も謎の逆光で素顔は見えない。
「冬のさなかだからな。寒いのも当たり前だ。あ、一ノ瀬さん、おはようございます」
「……私もバッティングやろうかしら。一ノ瀬さん、お久しぶりです」
「記録更新をするのはオイラでやんすよ!」
持参したのだろうか、救急箱の中身を確認している五十嵐。自身のものらしいスケジュール帳を確認しているのは八嶋。そこに、ふらっと九十九が急ぐ様子もなく歩いてやってきた。
「万が一ということもあるからな……む、一ノ瀬さん! おはようございます!」
「あ、一ノ瀬さん! おはようございまーす! キャンプにはいきますからね!」
「おー、遅れてもうた。一ノ瀬さん来とるやないか」
遅えよと二宮が再び機嫌の悪そうな声を出せば、すまんすまんと謝る気があるのかないのかわからない九十九の謝罪。相変わらずマイペースだなあと呆れたり、笑ったりする周囲。
あかつきでの、かつてのレギュラーが、揃っていた。みんな年を取っている。けれど、かつて見たような光景。タイムマシンに乗った覚えなんてないのに。そんな馬鹿なことを思った。
どうして、ともう一度言えば、まずは八嶋が声高に答える。
「オイラは今日お休みです!」
次に五十嵐と四条兄妹。
「俺も休診です」「俺のところも今日は休みです」「私も」
三本松と七井の答えは必然的に似通う。
「わしらは同じ学校じゃから……」「お休みでス」
六本木がいわゆるどや顔で答える。かなり珍しい光景である。
「気合いです」気合いってなんだよと二宮がツッコミを入れた。「細かいことはいいのっ」
「こ、この猪狩守に不可能はありませんからね」「僕たちもお休みですから」
言動が空回りしてる守は置いといて、にこやかに答える進。
九十九が口許の葉っぱを揺らしながら口を開いた。器用なことだ。
「店は夜からやからなあ。え、みんな来るんやろ?」俺だけ飲めへんわーと続けると、どうせ飲むんだろと四条がぴしゃりと言う。バレたかと、しらっと言う九十九。
「……まあ、そういう訳です」
何がそういう訳なのか。説明らしい説明をしない二宮は、変な顔をして、そのまま建物へと足を向けた。
小波と矢部がそれを追う。フリーズしている一ノ瀬に、六本木が近づく。
「言ったんです、僕。みんなと野球がしたいって、一ノ瀬さんが言ってたって」
こそっと囁かれた言葉に、じわじわと頬が熱くなっていく。他愛もない戯れ言だったはずだ。少し前に誕生日を祝ってもらった際、何気なく話したこと。それを、このふわふわとした雰囲気の後輩は、拡散したというのか。みんなという昔の仲間に。
いいって言ったのに。一ノ瀬がコートの襟に口許を埋める。他のメンバーが入り口を潜っていくので、それに続くしかなくなる。ふふ、と六本木が笑った。
「集まれたのは今日がおやすみだったから。集まったのは、集まりたかったから。ですから、いいんですよ」
行きましょうと、追い越される。しかしすぐに追い付き、扉を開けた。懐かしい音が聞こえてくる。すでに機械が動き出しているところで、七井が素振りをしている。豪快に空振って、三本松が照れ笑いを浮かべていた。
店に入ってきた一ノ瀬に、気づいた二宮が言う。
「しばらくやったら、土手に行くんで」
「土手で野球しましょう!」
続けようとした言葉を遮り、こちらへ駆けてきた八嶋。うるせえよと二宮が小突いたところで、四条が口を開いた。
「道具は持ってきてますから。いつも使っているものではないでしょうが……」
「なんで最初に言わなかったの、小波くん、矢部くん」
「だってサプライズできないじゃん……! 苦肉の策だったんだよ……!」
「肉を切らせて骨を断つでやんす……!」
「とどめを刺してどうする」
呆れる澄香に真面目な顔で受け答えをする小波と矢部。その答えのズレ加減にツッコむ五十嵐。
「まあ、野球というほどのものではないだろうがな。人数もおらんし」
「野球盤するネ。一ノ瀬サンと、猪狩チームに分かれテ。リアルな方?」
ホームランを叩き出した三本松が汗を拭う。七井の提案は、相変わらずどこか的を射てはズレている。
「それは守備がいらないやつじゃないですか……?」
「……一球勝負でもしますか? この猪狩守の球が打てるんですよ。まあ、打たせやしませんけどね」
「俺にパカパカ打たれてたくせによく言うよ」
進の言葉から間を置いて、鼻高々と守が言った。続いた二宮の言葉に、それは高校の時の話で、と言おうとした守に、
「一ノ瀬さんの球打てるの!? マジで!?」
「猪狩くんの球も見られるでやんす。これで今年の優勝はオイラのもんでやんす……」
と小波と矢部が立て続けに被せてくる。「僕と被るなよ」と猪狩が吹っ掛け、進はまったくもうと苦笑をする。
それを見ていた一ノ瀬。嗚呼。細く息をこぼした。
昔に戻りたい訳では、ない。進んだからこそ、今がある。それを感じるには、十分すぎるほどの時間だった。この感情に名前があるのなら、それは、愛おしさに近いかもしれない。
「みんな」
一ノ瀬の声は、凛として、よく通る。ふっと声がなくなって、一ノ瀬に視線が集まった。
その視線をめいっぱい、受けて。大きく息を吸った。泣きそうな笑い顔が自分でわかって、泣きそうだった。泣かない、けれど。
「ありがとう。とても、嬉しいよ」
みんなの返答を待たずに、コートを脱いだ。本格的に動く格好ではないが、身体を温めればそれなりには動けるはずだ。
だから、一ノ瀬は周りを見渡して笑った。
「また、僕が一番になるからね」
その言葉に、俺負けませんと語気を強めるのは小波。それに我も我もと声が続き、不敵な笑みを浮かべた一ノ瀬。
「さあ、始めよう」
終わらない勝負を。仲間も舞台も道も違えど、重なったその時の煌めきを、今は。感じていたい。強く。

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