「っ、凍矢ーっ!!」
扉が粉々になるような勢いで、陣は引き戸を開けた。むしろ壁がなければ飛んでいきそうだったドアは、スッパーンと、辛うじて大きな音を立てただけで済んだ。陣が肩で息をし始めるとき、凍矢はその音と声の主に驚いて、完全に固まっていた。
「つっ……かれただ……もう、走れね……」
「っ………じ、ん…………?」
体力をほぼ使い果たしたので、凍矢に名前を呼ばれ、顔を上げて力なく笑う。その笑顔を見た瞬間、凍矢のシアンブルーの瞳から、涙が零れた。頬を伝い、ぽた、と握り締めているラッピングに落ちた。それはどんどん量を増やし、凍矢の涙は止まろうとしなかった。
「……え、とっ、凍矢っ!?」
ギョッとして凍矢に近寄る。泣き出すようなことを、自分はしただろうか。…イヤ、返事をする代わりに、笑顔を返しただけだ。もしかして泣き出すほど変だったのか!?――と、変な結論に達してしまった陣は、まともに喋れないほど走ってきたにもかかわらず、凍矢の為に声を絞り出した。
「凍矢っ…何で、泣くだかっ…?オレっ…そんな顔、見たくて…戻ってきたんじゃ、ねーべ…!」
荒い息と共に発した声は、ただ涙を溢す凍矢の耳にちゃんと届いていた。だから、慌てて凍矢は弁解をした。
「ちっ…違うんだ!…陣の顔が、見れたことが…嬉しくて……それでっ……!」
指でぐいっと乱暴に目をこする。ぐいぐいと拭っていると、陣に細い手首を掴まれた。ハッとして顔を上げると、陣が優しく目許を拭いた。指を動かしながら、凍矢の顔を見てニコッと笑った。
その海色の瞳に映っていたのは、赤い目をして泣いている自分が居て、とても不細工に見えた。見られたくなくて、やんわりと陣の手をはずす。
嬉しかった。陣の顔が見られたことが。聞き間違いでないのなら、―――陣も、自分に会いに来てくれた。いや、教室には戻ってくるだろう。だが、陣はハッキリとこう言った。
『そんな顔が見たくて戻ってきたんじゃない』
その台詞を聞いた途端に、凍矢の目から溢れる涙の量が一気に増えた。荷物を取りに帰るだけなら、そんな事は言わないに決まっている。自分に、会いに来たんだ。
今なら、渡せる。涙で濡れてしまったが、ビニール袋だから、掃えば問題は無いはずだ。渡して、気持ちを、伝えよう。

「……陣、泣いて、悪かった。…外身が濡れてしまったが、これを、…受け取ってくれないか?」
泣き顔で笑いながら、落ちた雫をタオルで拭き取り、陣に、差し出した。受け取ってもらえることを願ったが、そんな事は必要なかった。
陣は、心底、心底嬉しそうに、その包みをこわごわと受け取った。感極まって、手が震えだしてしまう。嬉しすぎてその場に崩れ落ちそうだったが、みっともなかったので我慢したのだ。
「……オレに、だべ……?ほんとに、ほんとにオレだか……?」
本当は、陣も泣く寸前だった。凍矢の名前を叫んだとき、教室を見たら凍矢がいた。1人だけで、ずっと居たに違いなかった。待っててくれた。もうそれだけで、嬉しかったのに。
今自分の手に在るのは。間違いなく、彼女がくれた、
陣は覚悟を決めた。ちゃんと、自分の想いを伝えたかった。だってコレは、彼女の想いの結晶だと、確信できたから。告白は、男の自分から、させて欲しかった。
「………凍矢。オレな、一緒のクラスになったときから、凍矢のこと、ずーっと綺麗だなって思ってたんだべ」
「えっ……」
まだ涙目のまま、凍矢が顔を上げた。真っ赤になってしまった目許も、驚いた顔も、とても愛しく思った。やっぱり、大好きだ。陣は眩しそうに笑った。

「……そん時から、ずっと凍矢に惚れてました!大好きだべ、凍矢!……オレと付き合ってくれませんか?」
バッと頭を下げて、手を差し出す。少しだけ顔を上げて、凍矢の顔を見ると、目を丸くしてから、優しく微笑んだのが見えた。

凍矢は、夢かと思っていた。でも、もう彼の手の中にあるチョコレートが、拭われた目許の感触が、目の前にある彼の大きな手が、現実なのだと、知らせてくれていた。
一番、大好きになった人から、『大好きだ』って言ってもらえるなんて。
幸せ死にしそうって、こういう時に言うものなのだろうか。幸せすぎて死ねるなんて、なんて贅沢なんだと、まともに思考回路の働かない頭で考えた。
しかし、いつまでもぼーっとしてることはしなかった。ずっと座っていた椅子から立ち上がり、凍矢の小さく、細くて真っ白な手は、両手で、陣の手を包み込んだ。その手は、陣が思っていたよりも冷たくて、綺麗な手で、気持ちよかった。
陣は、上体を起こした。自分よりも随分と小さな彼女は、自然と上目遣いになって、陣のことを微笑んで見上げていた。

「……私、も……同じだった。一目惚れ…。……大好き、陣。…こちらこそ、……よろしく、お願いします」
若干涙声で、小さく告げる。陣の頭の中の鐘が、祝音どころか、けたたましく鳴り響いた。思わず、弾かれたように凍矢を抱きしめてしまった。
「っ!?じ…陣…!?」
身体がビクッと跳ね上がり、しまったと思ったが、自分の気持ちを優先させてしまった。凍矢を、抱きしめたい。小さく華奢な肢体を、陣は更に力を込めて、ギュウッと包み込んだ。

どうしようもないほどに、愛しく思った。大好きだ。言葉も出てこないくらいに、そう思った。

「…ゴメン、でも…ちっとだけ……」
凍矢の低めの体温を心地良く思いながら、空色に輝く頭に顔を埋める。シャンプーの控えめないい香りがした。本人はくすぐったそうに身じろいだが、拒否する素振りは見せなかった。
「……人が来なければいいな……」
「ん……」
すりっと頬を寄せた。凍矢も、自分が陣の体温に全身で触れていることを、とても幸せに思った。だから、驚きはしたが、振り払おうとは思えなかった。どうせ、今日はもう誰も居ないはずだ。見られていないことを頭の片隅で願って、陣の高い温度を、愛しんだ。
「…大好きだべ、凍矢…」
「私も…大好き……」

大きく、赤々と輝いていた太陽は、とっくの昔に地平線のかなたに沈んでいた。空を、夜闇のカーテンが覆い尽くす。一番星が、ようやく両想いを確認した二人を、優しく見守っていた。



「………上手くいってるに千円!」
「じゃあオレは2千円賭けます」
「そりゃもう賭けになってねーだろーがよー。上手くいくの分かりきってんだろー?」
「それもそうだけどなー、…ま、来週はパーティーか?コリャ」
「そうだ、ちょっと鈴木に連絡とってみますね。……あ、出た。鈴木?うん…え、…そんなこと言ったんですか?うわ、美味しいとこ取りじゃないですか。…1人で抜け駆けとは良い度胸してますね」
「蔵馬、笑顔がどす黒い」
「あ!コイツ螢子ちゃんからもらったチョコレート食ってるし!がぼっ!?」
「うっせ!!腹減ったから仕方なくだよ!!」
「…鈴木?こっちでも乱闘が勃発してますよ。…え?死々若と出かけることになった?…ヘマやらかして別れたりしないでくださいね?悲惨ですよ」
「え?デートかよ鈴木!殺人事件起こすんじゃねーぞ!」
「被害者は鈴木ですね。……フフッ、二人?問題は無いと思います。…ああ、陣から鈴木に…って言うのは無いと思いますから、オレが自主的に連絡しただけですよ。…ええ、死々若には、凍矢からいくと思いますし。…ハイ、…みんな幸せそうで、羨ましいことこの上ないですよ。…じゃ、また来週」
「オマエのそのチョコの量は何なんだよ。見せつけじゃねーか」
「陣の分も含めてですから、よけいですよね。…正直、母さんからもらえるチョコケーキが、一番嬉しいような気もしてますよ。毎年ね」
「オマエの母ちゃん料理上手いもんな。…まあ、バレンタインの幸せを願いつつ帰りますか!」
「オレは雪菜さんから一つもらえただけでも、幸せこの上ねーぜ!!」
「(飛影がしっかり雪菜ちゃんのチョコだけ持っていったのは言わないほうがいいな)じゃあ、みんな。また来週。(二人がようやく幸せになったことに、乾杯ですね)」


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