キャラが崩壊しすぎて誰だお前ら状態ですがそれでもよければ…(※相当に甘いです)



「ひどいよ、瑞穂。何でそんなこと言うわけ」
突き放したような言い方に聞こえるのも、不機嫌そうに片目を眇めるのも、「ご立腹です」みたいに机に頬杖をつくのも、なんというか全てがわざとらしく見えるのはこっちの目と見方が歪んでいるからなのだろうか。
と言っても、この人の場合わざとそうしているようにも思えて、というかやっぱりそうとしか思えなくなって、二宮は溜息をついて立ち上がった。熱せられたやかんが、早く来いと水蒸気を振り撒いている。
「一ノ瀬さんが先でしょうよ」
「何でだよ」
振り返りもせず言い捨てると、やっぱりふてくされたような声が背後から。インスタントコーヒーの瓶の蓋を開けて、マグカップを取り出す。色や形がバラバラなカップの中に適量を入れると、嫌がらせ兼ねて熱々のお湯を直で注いでやる。
二宮のは純正のブラックコーヒー。一ノ瀬は砂糖にクリームもいるらしい。おかげで二宮の家には常備しておくものが増えた。
「え、氷入れてよ」
「猫舌を恨んでください」
「知ってるか? 猫舌じゃない人は病気の可能性もあるんだってよ」
「……じゃあ病気じゃないんでしょ、良かったじゃないですか」
そうじゃなくて入れろよ、と、さっきより若干、本気っぽいぶすくれ加減の文句である。やれやれといった気持ちで一つだけ氷を突っ込む。それは瞬きをする間に溶けていく。あとは四苦八苦してもらうことにしよう。
取っ手に指を入れて、その扱いに気をつけながら机へと戻る。己の体が武器の仕事柄、ほんの小さな火傷でも大惨事になる。だから一ノ瀬は大げさと思えるくらい、床に座ったまま身体を強張らせた。
普通に、大人しくしてくれていればいいのに。そう思いつつもその子供っぽさがどことなく可愛い二宮は、噴き出すのを心の中だけで我慢しておいて、一ノ瀬の前にベージュ色のマグカップを置いた。
「あっついじゃん」
「冷ませばいいでしょ」
「それじゃ美味しくなくなる」
「そんくらい自分で見極めろ!」
「分かってるよ」
ぶちぶち言う一ノ瀬に、眉間に皺を寄せて「ったく…」と二宮は呟いてコーヒーを飲んだ。いい香りに鼻をくすぐられながら、口の中を程よい苦味と熱さで満たす。喉を過ぎる熱いコーヒーに、身体が温まるのを感じる。
最近冷え込んできたなあと思いながら、両手をカップに添えて暖を取る一ノ瀬に目をやった。
目をやって二宮は固まった。別に何が起きたというわけではない。一ノ瀬の様子もどうってことはない。
その“どうってことはない表情”を、主に二宮の前でしか見せないことが、たまに二宮が動きを止める理由であった。
恋人という関係になってから、一ノ瀬塔哉という人の、また違った一面を知るようになっていった。一面どころか二面三面、あなたどんだけ猫かぶってたんですか、そう二宮が言ってしまったのも無理はない。
正確に言えば良い子ぶっていた訳ではないのだが(人格者なのも優等生なのも案外悪ふざけが好きなのも本人の素ではあるし)、幼馴染を10年以上やっていた二宮が、全然知らなかった一ノ瀬が2年足らずの間でぼろぼろと現れるのだ。
なるほど、恋人とはこうも特別なものなのか、と感慨深くなるのもままならないまま、普段とのギャップに圧倒されている。
まあ、要するに、おそらく自分にしか見せない彼が(つーかそうじゃなかったら苛立ちで二段階くらい何かに進化しかねないかも分からないが)、愛しくて仕方がないのだ。元来の性分で、そんな甘ったるい台詞を面と向かって吐いたことは一回もないのだが。
『瑞穂って愛の言葉みたいなの言えないの?』
その所為かどうかは分からない。ただ、一ノ瀬の言葉は唐突で、彼には不似合いとも言えたし、当たり前の欲求のようにも聞こえた。まだ少しやかんに呼び出されるには早くて、適当にチャンネルを回し、適当で快い時間を共有していた二宮に向けられた言葉だった。
『……知るか。俺に聞くな、んなこと』
『……言いたくないの?』
はぐらかしたら聞き返される。お前以外の誰に聞くのかというツッコミもなく。小首をかしげながら。わざとじゃねえだろうな、この人。
この人の感性がどこか女々しいというのも付き合ってから知ったことだ。しかし、メロドラマみたいなもんを望んでいるとハッキリ口に出すことはないし、要求もしない。が、自分では何かしらやりたがる。どっちかの家に着いて、鍵を閉めた途端首根っこに抱きつかれてキスをされるのは割とよくあるし、ふとしたときに距離が近づいて、寄りかかられたり抱きしめられたり「すきだよ、みずほ」と耳元で囁かれて微笑まれたり。老若男女問わず万人を魅了する(俺の好きな)人がこちらだけに向いて。―――寿命が百年縮んでるような延びているような。とりあえず心臓に悪すぎる。
ただ、二宮に対して“自分へどうこうしてほしい”というようなことを言うのは滅多に無い。そもそも二宮の前を除き、そういった甘えるような態度が表に出ることは皆既日食より稀なくらいだが。
だからこういうそれっぽいことを口にするのは珍しかった。けれど、やはり性格上素直に答えることはできず、二宮は手に持っていたリモコンを置き、逆に聞き返した。
『言われたいんですか』
すると、一ノ瀬はテーブルで組んで置いていた両腕を、そのままずるずると前へ滑らせた。随分と平たくなったところで、黄金の左腕に顎を乗っけて、力なく頭を転がす。
切れ長の目がこちらに向く。どうにも不機嫌そうな顔に見えたのは、多分気のせいじゃない。
『―――別にィ』

そして冒頭の二言前に戻る。
「瑞穂はモテそうにないよね」「あんたみたいにヘラヘラ愛想振り撒けるわけがないでしょうよ」
そして彼は二宮をひどいよと言った。二宮には別に一ノ瀬を非難するつもりはなかった。売り言葉に買い言葉だ。
ちょっとした本音が篭っていないといえば、嘘になる。が、二宮は鈍い。
“あんたを見ている人間がどんな目をしているのか知っているのか”
そういう人間が絶対に見られない一ノ瀬の内側に二宮はいる。どれだけ特別で、周りに嫉妬するのがいかに馬鹿らしいかわかっていない。
たとえばこうして口争いをするのだって。実は結構な甘党であることを知っているのだって。些細なわがままをたまに言ったりすることだって。―――結局、気がついたら甘く笑っていることだって。
もしかしたら、分かった上でも歯痒いのかもしれないが。理屈じゃなくて。
「…ちょっと苦い」
唇を一舐めしたあと、微かに眉を寄せた一ノ瀬。普段と変わらない量を入れたと思っていたが、お湯が足りなかったのか、粉が多かったのか。無意識の嫌がらせかもしれない。
コーヒーが苦いと文句を言う成人男性を見たのは、この人が初めてだ。もっとも、大概周りと飲み交わすのはアルコールなので、ひょっとしたら他にもいるのかもしれないが。
砂糖入れてクリーム入れてなお苦いとぼやくのは。この人だけでいいし、俺の前でだけでいいと思う。
「糖尿病になりますよ」
「ならないよ」
のっそりと二宮は立ち上がる。台所にはスティックシュガーの袋が置きっぱなしになっている。キャラじゃねえなあと思いつつもそちらへと足を向ける。
向けるが、一歩目未満で阻止される。地球の重力とは違った引力が服の裾を掴んでいる。人の甲斐甲斐しさを何だと思っているんだ。二宮もまた引きつけられて振り返る。
「いいよ、行かないで」
目線は、合わない。伏目がちの眼差しに胸が騒ぐ。緩く握られたまま離される気配はなく、二宮は何も言わず座り直した。
ほぼ変わらない高さの視点になって、一ノ瀬は手を開く。その腕が落ちるか落ちないかと同時に、二宮に寄りかかった。そして顔は見えない。
「瑞穂は、モテないでいいよ」
僕が困るから。
(どんな嫌味だよ)と心の中で溜息をついて、二宮は少しぎこちなく、左手を彼の肩に回す。ゆっくりと引き寄せる。一ノ瀬の身体から力が抜けた。
一ノ瀬が顔を上げる。見上げた顔にときめく暇もなく、唇が触れる。近づいてきた時には目を閉じていた。慣れたものだ。
「愛してる」
が、離れ際で盛大に目を見開いてしまった。囁くような声は確かに耳に届いて、紡いだ本人はまた二宮に擦り寄った。
言語中枢が機能しないでいると、一ノ瀬がちらっと見上げてきた。
「…ごめん。恥ずかしいね、こういうの」
そうしてすぐ顔を下げる。わずかに見える耳が目に見えるほど赤くて、最初に自分のキャラがどうでも良くなった。
可愛いんだよ畜生! とは流石に口には出来ないが、一ノ瀬に勢い良く抱きついた。
もういい。もうなんでも良い。わざとだろうが知ったこっちゃない。可愛いもんは可愛い。自分で自分が若干気持ち悪い。
自覚はしていた、見ないようにしていただけで。好きで好きでしょうがないってことを。
「―――ずっと、隣にいます。いてください」
小さく、赤くなった耳だけが吸い込むような、小さい音で、精一杯。こんなにチキンだったのかとつい自嘲したくなると、一ノ瀬から笑い声が零れた。
予想はついていたが気分は良くない。彼の火照った身体を、同様に火照った身体が強く抱き締める。苦しいって、と一ノ瀬が脇腹を叩く。
少し腕を緩める。するりとそこから伸び上がって、また唇が合わせられた。
「それは、プロポーズととっていいのかな?」
「……もう、いいっすよ。何でも」
「あははっ」
ころころと笑い声を立てるので、二宮までつい笑っていた。
そこでふと、もう湯気がほとんど立っていないカップが視界に入る。
「コーヒー、冷めてませんか?」
「あー……うん」
一ノ瀬は自分のを手に取って一口飲んでみた。微妙な顔をする。不味いのかと聞くと、やっぱりちょっと苦いと答えたので、温度の問題じゃないのかと突っ込んでみる。
しょうがねえなあ、と二宮はまた立ち上がる。今度は一ノ瀬も引き止めることはなく、二宮は無事置いてきぼりを回収して、こちらに戻ってきた。
袋から取り出して渡すと、ありがとうと一ノ瀬は言ってさらさらと砂糖を入れた。
スプーンで掻き回しているのを見ながら、二宮は「さっき、」と言葉を発する。
「何で、引き止めたんですか」
一ノ瀬はくるくると回す手を止めず、二宮をまたちらりと見る。そしてコーヒーに視線を落とした。
「……僕から、言うのが筋かなって思ってさ。でも、変なタイミングで言っちゃった。要すると、どさくさまぎれに失敗したんだ」
緊張するとダメだねーと一ノ瀬は控えめに笑う。
それは、先ほどの二宮の問いに対する答えと同義なのだが、果たして一ノ瀬はそれに気づいているのだろうか。
(言われたかったのかよ)
言われたかったから、言った。二宮が返す保証などどこにもないのに。
『愛してる』
―――言いたくて言ったんなら、いいなと。こっちは言いたくなったから言ったわけで。確認するほどの勇気はもうなくなっていて、自分を臆病者と罵る。
「言って、良かったな」
「…すか」
「言っておくけど、僕、忘れないからね」
「……忘れてください。早々に」
「やだ」
「忘れろ」
「いーやーだ」
青色が細められて、キラキラ光る。楽しそうな顔しやがって、と二宮は歯噛みする。勢いって怖い。そう考えていると、
すきだよ。
いつの間にか、艶のある顔になって、一ノ瀬は言った。
―――やっぱり、甘い台詞は彼に任せてしまいたい。情けないが、彼の方が何百倍もキマっているのだ。
「瑞穂は?」
ただ、こうやって確認するところは、ちょっと女っぽいのかもしれない。実際はわからない。頻度はワガママよりも更に低くなるので、可愛いとしか思っていないのだが。
「……これ飲んだら、言います」
「ほんとに?」
「……多分」
「ずるいよ」
今、押し倒したくて仕方がないと言ったら、どんな顔をするのだろうか。
身の安全的な意味で今それは出来ないが、まあ、素直になるのも悪くない。たまにでいいけど。
何と言って誘おうか。せめて格好がつくようにしたいものだと、コーヒーを流し込みながら頭を巡らせ始めた。

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