愛をこめて花束を

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陣凍+蔵馬


その花があまりにも眩しかったから。

「これですか? 向日葵というんですよ」
「ひまわり?」
「ええ。……確かに、陣のイメージにぴったりですよね」
えっ、と蔵馬の方を見れば、相変わらず整った顔が食えない笑みを浮かべていて。
仕方がないからそれは無視して、輝くような花にそっと手を添えた。
溢れんばかりの生命力と、むせかえるような濃い緑の匂いを感じた。厳しく照りつける日差しに向かって、黄金色が一心に咲くその姿は、凍矢の胸を強く打った。
「良かったら、持っていきますか?」
「……いいのか?」
「どうせなら、花束にしちゃいましょうか。こっちの小さい方でも大丈夫ですか?」
戸惑いがちの返事も聞かず、てきぱきと作業に取り掛かっている彼に、色んな思いがこみ上げて、小さく頭を下げた。

「凍矢、お帰り!」
玄関から飛び出してきた陣は、凍矢の手にある花束を目にしてあれ? と首を傾げた。
「何だべ、それ?」
「いや、……やる」
「へ?」
ん、と陣のほうへと花束を向けた。
煌くような黄金色の花びらと、深く優しい土色の中心は、きょとんとしていた陣をすぐに笑顔にしてくれた。
「ふわあ……綺麗だなァ! 俺にくれるだか? あっでも、世話とか俺、できねえし、えっと……」
「いいんだ。……受け取ってくれ、陣」
穏やかな凍矢の微笑み。何がなんだかわからない、と、陣は思わなかった。
ただただ、何もかもが、嬉しかった。
「ありがとお!」
ゆっくりと燃える陽が、山間へと沈んでいった。明日もこの花のように輝いているのだろうと思うと、何故だか笑みが零れていた。

(向日葵:私の目はあなただけを見つめる)

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コニシモ


その花がはにかむほど可愛らしかったから。

「よっ。もう飲んでるか?」
「そんな訳ないでしょう。貴方じゃあるまいし」
何だと、と歯を剥く小西を適当にあしらい、ソファーから腰を上げた。ジャンパーをハンガーに掛けているのを尻目に、キッチンへ晩酌の準備をしにいく。
まだ秋口なのに、バイクで飛ばすと冷えると、寒がりの彼は言っていた。だが確かに、今日の夜は冷えが深いようにも感じた。
「つまみはするめでいいですか?」
「ホント、趣味いいよな、お前。そんな顔して」
どういう意味だと下仲が言葉を飛ばそうとしたところで、小西の目線がこちらに向いていないことに気がついた。
「なあ、これ、誰に贈るつもりなんだ?」
指差されたのは、簡素で、しかし鮮やかな花束だった。
普通に見るような花じゃないと思った。一つは、艶やかな紫色に散りばめられた白。もう一種類は、深い橙色の中に、明るい黄色が燃えるように色づいている。
なんだか、随分と小さい、愛嬌のあるハリセンボンのようだと小西は思った。
「……誰にだと思いますか?」
「……他に、好きな奴でもできたのかよ」
小西の台詞に、晩酌の用意一式を持ってきた下仲が小さく噴き出した。
子供のように唇をへの字にした小西の前に酒瓶を置いた。そして、その花束を長い指が掴んだ。
香りを楽しむように口元に傾けてから、ふわりと小西へ花先を向けた。
「和也さん以外に、誰がいるっていうんですか」
気まぐれにも、程があるだろ。そう、子供のように笑いながら小西が言ったのは、花束ごとまとめて下仲を抱きしめてからであった。

(千日紅:変わらぬ愛、永遠の恋)

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パワプロ37


その花が手に取るくらい美しかったから。

「……ハジメ、ただいマ……」
「お帰り。ちょっと遅かったじゃないか。何かあったか?」
何もないよ、と首を振る自分の様子がおかしいのは自分ですでに分かっていた。けれど三本松は、興味がないのか気にしないのか、ちょっとだけ小首を傾げて書類にまた身体を戻した。
だから三本松から、七井は見えなくなった。七井は靴を脱いで、後ろ手に持ったそれのビニールが音を立てないように、慎重に廊下を歩いた。
「そういえばアレフト、」
と振り向いた三本松が思わず肩を跳ねさせたのは、目の前に突きつけられた花束のせいであった。
当の七井はと言うと、その腕をまっすぐに伸ばし、三本松から顔を逸らしていた。拗ねてるような、不機嫌であるような表情は、照れている時のものであると随分前に分かっていた。
「何も、聞くなヨ」
「……アレフト」
「なんも言うナ!」
花束を、三本松に押し付けた。そして七井はすぐに背を向けて、寝室へと飛び込んでしまった。
呆気に取られながらも、とりあえずその花束を観察してみた。縦に連なるやや丸い花弁の間に白い芯がある。地味なようで、蝶のような儚さも持つような、蒼く美しい花だった。
華やかさとはほぼ無縁の生活を送っているためか、こういうものを見る機会は少なく、疑問云々以前に、素直に見惚れてしまった。
そうしてまじまじと見ていたら、可憐な花束の中に、ひっそりと添えられたカードに気がついた。
何かと思い、開いた。
「―――こりゃあ、また……恥ずかしいな」
そっとその花束を置いて、嬉しさにこっそりとにやけながら、彼が照れくささで逃げた寝室のドアを開けた。
言いたいこともたくさん考えてたけど、緊張したら全部飛んでった。と、肩に頭を寄せながら七井が言ってくれたことすらも、三本松は嬉しかった。

(ルピナス:あなたは私の安らぎ―――いつも、幸せ)

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パワプロ21


その花が優しくて懐かしかったから。

「うわ、すごいな」
「何がですか」
「下見ろよ。土手、花でいっぱいだ」
どれどれと覗き込んでみると、確かに、白や赤、小さな花の集まりが緑色の絨毯のそこかしこを彩っていた。
春ですから、という二宮の言葉を待たず、一ノ瀬は自転車を止めた。
えっと思う間もなく、土手を下りていく一ノ瀬に目を丸くした。
「ちょっ、どこ行くんですか!」
「ちょっとだけだから! 瑞穂も来いよ!」
制止も聞く気はないらしく、わんぱく少年さながらに駆け出していく後を追うことしか、二宮にはできなかった。
追いついてくることをあらかじめ予想していたように、一ノ瀬は一際花が咲き誇るそこで座っていた。二宮が何をしてると声をかければ、笑顔で不機嫌面を見上げた。
「覚えてるか? 三人でよく、こうやって川原とかで遊んでたじゃないか」
「知らないっすよ。昔のことなんて」
「もうボケでも始まったのか?」
「……辛辣ッスね、いつになく」
とは言え、機嫌が悪くなった様子は見られない。仕方がないので、二宮もその隣に腰を下ろした。
しばらくその手元を見つめてみると、草花でなにやら作っているようだった。珍しく素直に「器用ですね」と声をかけたら、「この年にもなって覚えてるって凄いよな」と返ってきた。
「ほら、出来た。シロツメクサの冠だよ」
いくつもの花びらに分かれた、それでいて何個にもまとまった小さな花が、ふんだんにあしらわれた花冠が出来上がった。本当に器用なものだと素直に思った。
「で、お前にあげる」
「……いやいらないッスよ。何で俺なんですか」
「お前以外にあげる相手いないから」
呆れた顔をしてみせても、一ノ瀬はお構いなしで二宮のトサカ頭にその冠を乗せようとする。それをよける二宮。
けれど機転や、とくにこういう悪戯に対する反射で、一ノ瀬に敵うわけがなかったのは、ずっと昔から知っていた。
「あははっ! 似合わないなあ!」
「……笑うくらいならやらないでくださいよ」
全く…と折角乗せられたそれを、そっと掴んで頭から外した。もったいないと言う一ノ瀬を無視して、その花束を見つめた。
「かぶりはしないですけど。……やっぱ、もらいます」
そう言って、「帰りますよ」と呼びかけて踵を返すと、一ノ瀬がついてくるかも確認せずに歩き出した。
その背中を、嬉しげに見つめながら追いかけた一ノ瀬を、「ラッキーは残しておくべきだ」と摘み取られなかった四葉が、何も言わずに見送っていた。

(クローバー:幸運・私のものになって)


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