暑かったから。
暑かったから、頭がおかしくなったんだ。
そう、言い訳ができるほど、きっと暑くはなかったんだ。



陽射しの眩しさを避けるように、カーテンを引いた。
薄暗さと一緒に、じわりと汗が滲み出て。
何とも言えない緊張が、その場を包んで。
決まり悪さと、恥ずかしさと、もっと得体の知れない、けれどはっきり分かっているのは、嫌なものではないなにかが、二人の間に空気として居座っていた。
もっとも、二人にはもうあいだなんてものが見当たらないくらいには、服越しの侵食を始めていたのだけれど。
―――本当に避けたかったのは、全て見えてしまう明るさだったのかもしれない。

あったかい、を通り越して、三本松の身体は熱かった。
それはきっと自分も同じなのだろうと、意識すればするほど、心臓は息をつく暇もないまま、がんがん血を巡らせていた。
野球をするときと似ているような、違うような、内側から温度が上がっていく。
彼も同じだったらいいのにと、七井は力一杯抱きつきながら考えた。
こっちが力を入れた分だけ、そっちからも抱きしめ返されるのが嬉しくて、かすかに笑っていた。
こめかみを、汗が一滴流れ落ちた。

七井。そう呼んだ声がやけに響いて、自分の鼓膜を鈍く貫いた。
こんなに、こんな、声で、いつも名前を呼んでいたのか。胸の奥がざわめいた。
金髪がそっと動いて、三本松と目が合った。合ったと言っても、おそらく七井からは三本松の目玉は見えていないに違いない。
それでも、一直線に、彼の海のような色合いと、二人の間に見えないラインが出来ていたのは確かだった。

そのラインをまっすぐに埋めて、どちらともなく詰め寄った。
ぎこちなく瞼を閉じて、唇が触れた。
こんなに肌が熱いのに、そこは、お互いに常温のままのようで、驚いた。

ふっと離れる。でもすぐに、もう一度、もっと、欲しくなって。
均衡を破って飛びついたのは七井の方だった。
どうしたら良いかもよく分からないし、知らないのだけれど、とにかく唇を押し付けた。
嫌がっている素振りがないから、調子に乗った。
しかし、三センチも空けないままでの、息継ぎの時間は忘れなかった。

いつの間にか三本松は押し倒されていて、声と呼吸と衣擦れの音が小さくその場に渦巻いていた。
それ以外の沈黙は、不快ではない重さをもって、二人にまとわりついていた。

夢中で呼吸を貪っていたら、何かが、下半身に当たった。
正体は見るまでもなく分かっていて、そろりと手を伸ばしたら、気まずげに動かれた。
穏やかな糸目に焦りが浮かんでいる。背筋をぞくりと走るものを感じながら、生唾を飲んだ。

「七井、」

「……イヤ?」

三本松が何か言う前に、ズボンの上からそっと揉みこむ。拒否なんて、聞くつもりもなかった。
それに、嫌だ、なんて。言われないことは、分かりきっていた。

しっかりと硬くなりつつあるそれは、触れば触るほど重さを増していく。
拙いことは自覚してるけど、彼は、文句を言うこともなく、だんだんと息を熱くし始めていた。
こんなに大きいのか、なんて、ぼんやり思いながら、自然な動きでベルトを外す。
ぎくりとがっしりした肩が跳ねて、それでも抵抗はされない。

普段の穏やかな様子とか、ちょっとのほほんとした表情とか、グラウンドに立った瞬間のあの緊張感とか。
今現在、全くもって見られないことに、小さく、満足げに唇がつりあがっていた。

ジッパーを下ろす。ゆっくりと、中に手を侵入させた。
その先っぽに、ぬるりと、指が滑った。人のものに触るのは初めてだったけど、何か分からないほど初心じゃない。
―――オレに触られて、反応してる。
自分のが、触られもしないのに痛いくらい熱いのは放っといて、心臓が破裂しそうだった。気がついたら鼻息が荒くなっていた。汗が、滲む。

思ってた以上に、オレってエロいんだ。そう思うけど、でもそれって、今の年なら普通のことなのではないか。対象がちょっと、違うだけで。
しかも、それが、好きな奴相手なら、別に色々、どうってことはないんじゃないか。勝手に言い訳をした。誰にという訳では、ないのだけれど。



……どうして、って。

きっかけというほどのものでもない。

ただ、暑くて。

隣で勉強している彼に、触れたくなって。

宿題終わらないって言われても、無視して、じゃれて。

言い訳はいらないはずだと、根拠のない確信をして。

じりじりと、何かが焦げてゆく音を聞いて、もう少しで切れ落ちるところで、彼がその場を立った。

そして、カーテンに手を掛けて。


見えた後ろ姿から、ほとんど本能的に、同じ想いで、同じ熱を持っていることを、感じ取れたのが嬉しかったのは、本当。



ネェ、と乗っかったまま囁く。
なんだ、と逞しい腕が顔を隠したまま、答える。

「オレね、ハジメのこと、好キ」

大好きだよ。アイラブユー。流暢な英語とまだ微妙にたどたどしい日本語で愛の告白をしてみる。
一呼吸置いて、三本松は大きな手を顔から外した。見えた肌は、浅黒くても分かるくらいには赤かった。
そして手が頭に回って、引き寄せられた。不器用に、また唇が合わさった。

キスを受けながら、もぞもぞと右手を動かす。いつも自分でしているように、とりあえずやってみることにした。
掌で包むようにして、上下に動かす。火傷しそうなくらい熱い。もっと熱を上げられたらと、念入りに扱き始める。

ぎゅっと瞼を閉じたのを見た。詰まり詰まりの息遣いが耳に届く。
一応、気持ち悪くはないようで、ホッとした。
でこぼこの手で、そうして触っていると、粘液がだんだんと多くなってきた。
あ、大丈夫なんだと、今度こそ安心する。

安心したところで、とうとう下着に手をかけた。汚すといけないから。
横目に見た三本松のそれは、何というか想像以上のサイズで、ちょっとだけ目を丸くした。
あと、ちゃんと剥けてる。日本人は被ったままが多いって聞いたのに。これならちゃんと出来る、とか考えてすぐに、顔から火が出そうになった。

「……どうか、したか?」

その、少し、恥ずかしいんだが。そう言われて、ハッとなる。思わずまた喉を鳴らしたことに、さらに頬が熱くなった。
三本松は、そんな七井を間近に見上げて、小さくはにかんだ。まるであやすように、金髪に指を通す。

やっていることと、やろうとしていることに、あまりに似つかわしくない。
でもその仕草に、恥ずかしいやら、ときめくやら、とにかく胸がいっぱいになってしまう。
何回惚れさせる気なんだよ、この男は。

どうにも悔しくなって、七井は眉間に皺を寄せ、軽いキスを彼の唇に落とした。
耳まで熱いから、顔つきに迫力があるとは到底思えなかった。
もう、躊躇するのもやめた。遠慮はしない。……嫌がられなかったら、だけど。

「ヨくなかったら、ゴメン」

了承も取らずに、身体の位置を下へとずらしていく。
えっと驚きの声が上がるけれど、聞こえないフリだ。
どんどん下がっていき、脚の間に四つん這いになる。肘をつくと、それが目の前に映って、やっぱり息を呑んだ。
唾液が酸っぱくなるのを感じながら、そっと口に咥えた。

弾かれたように飛び起きて、慌てだしたのがちょっと面白かった。
経験したことのない味が口の中に広がる。でも、吐き出したいほど不味くはない。
前にAVで見たのを思い出して、それっぽく舌を絡ませるようにしてみる。本当に気持ちいいのかはちょっと疑問が残るけど。技術的な問題で。
まさか自分がする側になるとは思っていなかった。嫌な気分ではない。
むしろしたいと思える相手に出会ったことは、果たして幸運か不運だったのか。

きもちい? と意思確認もしてみたりして、そうやってしばらくしゃぶっていたら、髪の毛を緩く掴まれた。七井、もういい、と言われる。
初めてだけれど、それが何を意図するのかは何となくわかった。そこまでもっていける程度には、下手じゃなかったらしい。
唇を舌なめずりして、べたべたを舐め取る。それでも気になるのは親指でぐっと拭ってから、もう一度吸い付いた。

制止も聞かず、興奮したまま緩急をつけた。すると、口からはみ出すんじゃないかと思えるほど膨れて、喉の奥に何かが勢い良く飛び込んできた。
それに驚いたのと、変なところに入ったらしく、一瞬むせて唇を外してしまった。
あとはもう、エロ本よろしく、顔に思いっきりかかってしまい、三本松がさっきよりも慌ててティッシュボックスを差し出してきた。
良い気分はしないけど、そこまで謝ることでもないよと言ったら、困った顔をして溜息をついた。

呆れているとかではないと思う。本当にちょっと、恥ずかしくて困っているだけで。
そんな状態の彼に、そういうことは言えないかな。
と、痛む中心に汗をかきながら、べたつくそれを拭いた。
何となく気まずさと青臭さ、それから暑さが残る中で、七井はそこが見えないように座り直した。
そして三本松の顔から目を逸らす。その一瞬、肩が優しく押されて、後ろに倒された。

あれっと思ったのも束の間、上下が逆転していた。そしてキス。
離れる時に、わずかに顔を顰めていたのには、少し笑えた。自分のそれだもんな。
そんなに冷静に考えている場合ではなくて。あの、何で? と尋ねれば、そりゃもう、しれっとした顔で、

「次はワシがする番だろう? 不平等は良くないぞ」

なんて言われて、今度こそ吹き出してしまった。呆気に取られた顔に、飛びついてお返しする。
してくれるの、と聞けば、当たり前だろと返ってくる。当たり前ではないと思ってたんだけど、言わなかった。
下手だったらすまないと断りを入れて、今度は七井のそこに三本松の手が触れた。
正直、触ってもらえるだけで、嬉しくて、熱くて、おかしくなりそうだとは、言わなかった。


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