何でもいい方だけどうぞ。多分やおいです。
―――――


身体を冷やすのは勘弁と、ベッドに腰掛けてシャツに袖を通す一ノ瀬。
二宮は面倒くさいとパンツ一枚履いただけで、布団の中に寝っ転がりながらその後ろ姿に目線を走らせていた。
いつも思っているのだが、この滑らかな背中に痕を残せないことが不満な己に苛つく。背中は誤魔化せないからシーズン中はNGだと言う彼は、言うくせに痕を残したがる(実行はしないが)。
同じように素直になったらいいのだろうけれど、性根じゃないしプライドが許さない。そんなのプライドじゃないよと、言ったら言われるのだろうけれど、口にした覚えはないのでレスポンスもない。当たり前の話だ。
なのに、その事実すらとっくに見透かしたうえで、ただ笑っているだけのような気がするのは。―――そこまで察せられることが、喜ばしいような呆れるような。
イコール、隣にいる長さ、という甘みを。
苦々しい顔を装ってそっと噛み潰すのも、もう慣れてしまった。
「うあ、身体すごく重い」
「…スイマセン」
「謝られても、こっちが困るなあ」
ふふ、と肩がふるえる。二宮はやっぱり、襟から覗く白い項から、笑いにつられて揺れるシャツの裾まで、上から下へと目でなぞってしまっていた。
視線が止まる。一点に眇める。見間違い、かとも思ったが、だとしても、手を伸ばしてはいけない理由にはならないだろう。

目についたから、気になったから、触れてみたかっただけ。

心の中でだけ適当な理由を呟いた。吸い付いた掌に、びくっ、と、あからさまに身体が強張ったのが伝わってきたけれど、無視して少しだけズボンをずり下ろした。
「なに、脱がそうとしてんの」
反り気味(引き気味?)の背中側から手を回して、引き締まった筋肉で軽くはない胴体をこっちに引き寄せた。
「脱がしていいんですか」
「……どうだろうね」
脱がす気は、今のところはない。
それは多分彼の方も感じているとは思う。―――ただ、今のところは、で。
そして彼も、確信はしていないから、声にほんの少しの戸惑いが揺れていた。
自分から誘うってか襲いにかかるくせに、こっちが迫ると途端に歯切れがべらぼうに悪くなる。
本人曰く、嫌がっている訳ではなくて、戸惑っている訳でもなくて。
『いつも不機嫌そうな顔してるくせに、そゆ時もいつも積極的なもんだから、嬉しくてどうしたらいいかわかんない』
―――悪かったな!

ちょうど、腰周りの少し上の位置に、小さな黒子があった。
それはパッと見ではよく分からないくらい小さくて、何度も腰を掴んでいるにも関わらず、今さっき気がつくくらい薄い色をしていた。さっきはゴミか何かかとも思ったが、指で拭っても取れはしなかった。
「ホクロ、ありますよ、ここ」
「えっ、そうなの?」
「見えないと思いますけど」
「そりゃあ、そこならな」
裾を捲る。指で触れる。無遠慮に周辺をなぞっても、そこからやや細めの腰つきを撫で回しても、怠惰な動作で黒子に口づけても、一ノ瀬は何も言わなかった。「くすぐったいよ」とだけ言って、笑った。
まだ、―――まだ。―――まだ?
もう、だろうに。疲れたと、彼は言っていたのだから。
平然と、しかしじりじりと、その手つきから微妙に逃げようとする身体に、後ろから抱きついた。
立場がいつもと逆転している気がしている。気だけだから、多分違うのだろうが、そんなことは関係なかった。

無理してないよと笑う彼を、本当にそうだったとしても、多少なりとも無理させたのは自分なのに。

んっ、と声が漏れた。二宮は腕を回したまま身体を起こして、一ノ瀬の項にくちづけていた。
息を詰めて、下を向きはするものの、抵抗されないのをいいことに、それによって浮き上がってきた肩と首を繋ぐ骨まで唇をもっていった。
浮き出るその部分の名前は知らなかった。知らなくてどうなるものでもないのは、知っていた。
さりげなく腕を移動させて、胸の突起を何気なく摘まむ。ぴくりと身体が跳ねたことを、密着していて分からないわけがなかった。
「ぅあ、」
肩口を舐めた。吸い付く。水音を立てながら、むしゃぶる。それを阻止しようとするのではなく、むしろ晒すように頭を傾けたから、調子に乗った。
皮膚に、汗が滲むのを感じた。冷や汗? そんな訳あるか。内側から、熱が上がっていくのを、感じた。
曝け出された首筋に、うっすらと汗が浮かび始めている。いっそう鼻息が荒くなるのを自覚しながら、何とかそれを抑えようとする。
―――無駄だと、知りながら。わずかな塩辛さを味わった。
無意識に手つきが急いている。弄るのはいつの間にか両手になっていて、一ノ瀬の反応もだんだんと落ち着きを失っていくのが見て取れた。小さく吐息を溢し続ける彼。二宮の中でぐつぐつと沸騰する熱。引っくり返るのはいつだろうか。
二宮は夢中からふと立ち返った。たいしてどころか5センチも空間を空けないまま、一ノ瀬の右肩から彼の顔を見上げた。
「……とうやさ」
んと言い切る前に、唇を奪われた。ゆっくりと目蓋を開けながら遠ざかっていく彼の顔に、綺麗だなとぼんやり思った。
遠ざかったはずの距離も、実際には大した事はなかったらしい。焦点が何とか合う程度には、彼の美しい顔立ちが近くにあった。
言うべき言葉を見失って、一瞬の空白が落ちた。一ノ瀬はそんなこと百も承知だと言わんばかりに、妖しく、―――嬉しげに、笑った。
「したい?」
長い睫毛が瞬く様すら、スローモーションに見えて。唇に当たる吐息はやけに熱くて。涼しげな水面のような瞳の奥は、熱に揺れていて。
「俺、は」
そっか、と一ノ瀬は言った。言って、するりと腕を二宮の背に回した。

「なら、して?」
僕もしたいよ。

かあっと興奮が沸点をマッハで超えた。血の温度も二、三度は上がった。
中心に熱が一気に集まってくる。その痛いくらい昂ったのはそのままに、キスをしざま一ノ瀬を押し倒した。
のしかかってからあっと思ったが、痛がる様子はない。自分で上手く転がってくれたらしい。身体からふっと力を抜いて、二宮の頭を抱え込んだ。一ノ瀬はともかく二宮には到底似合わないような、恥ずかしくて可愛らしいリップ音が響きだして、頬が熱くなった。
こうして、キスをせがまれるのは嫌いじゃなかった。髪の毛から名残惜しむように抜けていき、所在なさげに、もしくは気まぐれのように、むき出しの背筋を這っている手も、全然、嫌いじゃなかった。全っ然。
実に楽しそうに笑われるのが予想をするのも無駄なくらい目に見えていたので、口にするつもりはこれっぽっちもないのだが。
熱を持った塊が擦れる。自分のが彼に当たっているのが分かり、余計にクる。彼のも、同じように硬さと熱を持っていて、二宮にこすれて、その度に一ノ瀬の身体が小刻みに震えた。
啄ばむ唇から漏れてくる熱い息と、何かに堪えるように歪む目元。泣きそうに、快感を覚えている彼の顔は、結構、好きだった。
せっかく着たにも関わらず、彼の肌色より白いシャツの前を開いた。呼吸まで貪りつくして、顔を離す。折角、綺麗にしたのに。どちらのものでもある唾液で、唇も周りもてらてらと光っていた。
音を立てながら、余さぬように綺麗にしてから、真正面から喉仏を舐め上げた。自分と色んなところが同じなのに、破壊衝動と勘違いするほどの欲望に支配されるのは何故だろうか。魔法みたいなものが、彼か自分にかかっているとでも言うのだろうか。
そんなことはないだろう、とは考えるものの、溢れてあふれて止まらない欲情の源泉を見つけられないまま、先ほどと同じように腰を掴んでいた。彼の魔法を表すような、小さな黒子に口づけることは忘れずに。

「……すいません、ホントに」
「謝られても困るんだってば。さっき、聞いてた?」
「聞いてました、けど」
「それとも何、よくなかったって言いたいわけ?」
「……」
背中からベッドに倒れこむ。そのままごろりと横に寝ると、「答えろよ」と一ノ瀬が苦笑した。
意地っ張りも素直じゃないのも「すごくよかった」とだけは言えないくらいには甲斐性がないのも充分に知っていたが、未だに変わらないことを可愛く思ったり、ちょっと呆れてみたり、それでもそうじゃなくなったらちょっと信じられないとも思うので、別に無理して変わってくれなくても構わなかった。もし変わったら、とりあえずまず病院に連れていくけれど、異常がなければそれはそれで受け入れるつもりではいる。万が一どころか億が一にもないと思うけれど。
しょうがないなあ、とでも言うように鼻を鳴らす。瑞穂、と声を掛けて、ばつが悪そうな背中と並ぶように、ベッドに倒れた。長い脚をベッドの縁から投げ出したまま、こっちを向かない二宮の前に手を回した。額を肩甲骨の間に当てた。そのままぎゅっと抱きついた。
二宮はぎくりと肩を跳ねさせた。そして、忙しなく瞬きをしてから、溜息とともに脱力をした。枕にしている腕とは反対の手で、その紅い髪を乱暴に掻き上げた。
もういいやと諦めた時の癖。呆れたと言い換えてもいい。苦い顔をしているんだろうなと想像をめぐらせる。―――その下に、まんざらでもない表情があると思うくらいには、自惚れても罪はないんじゃないかと、背中に埋めた顔がふやけた。
僕は、と腕の力を強くした。
「明日動けないくらい、良かったよ」
抱きつかれた二宮が音を立てて固まったことは言うまでもなかった。
「疲れたけどね」
「……すいませ」「謝ったら明日一日僕の奴隷だからな」
二宮は何言か唸って、腕を外さないまま身体全体を一ノ瀬の方に向けた。一ノ瀬があっと思う間もなく、平らな胸板にまた顔が埋もれた。
自由になった両手が、一ノ瀬を掻き抱いた。細い前髪を指でさらってから、綺麗な額にくちづけた。それから無言で、整ったパーツ一つ一つにキスを降らせまくった。
「くすぐったーいー」
クスクスと笑う一ノ瀬に、二宮はやっぱりまんざらでもない表情を浮かべていて。艶のある髪をくしゃりと崩して、ふっと笑った。
爽やかでキマっているとは言えないけれど、苦笑いに近い、やれやれといった笑み。可愛くて、格好良くて、つられて笑う。いつも笑っているじゃないかと、言われればそれまでなんだけど。
「別にいいっすよ、奴隷でも」
「言ったな? じゃあ明日は思いっきりこき使っちゃおうかなー」
「……覚悟しときます」
「別に嫌々ならいいよ、もう」
誰が嫌々って言いましたか、と一ノ瀬の肩を抱えた。そのまま頭を預けるものだから、「寝るんなら、ちゃんとベッド入ろうよ」と言われ、少し気まずげになりながらも身体を起こした。
布団に入ったところで、一ノ瀬は二宮に思い切りよく抱きついた。ぐえっと変な声を出したのも構わず、そのまま上に乗っかった。
「重いです」
「そりゃそうだ。男なんだから」
「分かってんなら……もう、いいですよ」
色々と諦めた二宮を、「そう?」と微笑って見下ろす。そして隣にまた転がる。何がしたかったんだと聞けば、「いいだろそんなの」と返されたので、何も言わないことにした。言うだけ無駄だ。
肌と服とが触れ合ったまま、大きな欠伸をした。疲れと夜気は睡魔を連れてやってきていた。
「寝よ。疲れた」
二宮はそっけなく返事をすると、一ノ瀬にまた腕を回した。変わらない温もりに頬が緩むと、自然と目蓋も降りてきた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
静かな宵に、穏やかに息を潜めた。何か言葉が聞こえたように思えたが、どちらのものかも分からないまま、緩やかに、溶けていった。

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