言わずもがなほぼ全て捏造。何でも来いって方はどうぞ。
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わがまま言って無理やり空けた元旦、2日、3日。俗に言う三が日。わがままを言って、彼にも無理やり空けさせた。
無理やりと言っても、決して、本気で嫌がっているようには見えなかったけれど。彼は嫌な事は嫌だと、どんなに丸め込まれる寸前までいっても、絶対に言う人間だから。
元旦はさすがに、親戚家族との新年会に参加しなければいけなかったのだが。あまりに飲まされて二日酔いになるかと思ったけれど、ならないのが僕で。酒が強すぎる自分にちょっと引いた。
彼とは幼馴染で、家同士も顔なじみで、ほとんど合同の宴会になっていたが、彼は僕とは逆に、徹底的に酒を断った。自分が酒に弱いことを知っていて、それで、僕と次の日過ごすことが理由だとしたら、にやけるくらいには嬉しい。
そんなわけで、僕は彼と一緒に何も予定のない正月二日目を堪能していた。

冬なのに、珍しく太陽の光が暖かかった。だから、炬燵に包まって蜜柑を剥きながら、僕は窓から見える太陽と青空に焦がれた。
「いい天気だな」
細かい白い筋も、一つ一つ取り除いた。瑞穂に面倒くさくないかと言われた時に、癖だもんと一言で切り返したら、呆れたような目で見られたのを思い出す。変なところ細かいのは昔から。変わらない。
瑞穂が適当にチャンネルを回していたところに、なあ、と呼びかけた。
「もうちょっとしたら、外行かないか?」
「何で」
「ひま」
じろりと睨まれる。ように見えるのも変わらない。実際は呆れているに違いない。
「……暇作んの望んだのはあんたでしょうよ」
「その暇をお前といるために作ったんだろーが」
そう言うと、瑞穂はもう三分の一くらいしか残ってなかった蜜柑を、全部口に放り入れた。
もったいない食い方、と口を挟むけれど、いつもどおり無視される。
照れ隠し? なんて考えるけれど、微妙なところだ。
「で、どこ行くんですか?」
「公園。キャッチボールでもしよう」
プロが二人で公園? と鼻を鳴らされるけど、いいだろ、と短く答えた。
口ではそれだけ。で、足で彼の脚に攻撃をした。
「痛っ!」
「息抜きだよ。たまにはいいだろ」
一房だけむしり取って食べる。うん、やっぱりこたつで蜜柑って最高だ。睨みつけてくる視線をガン無視して、瑞々しい甘酸っぱさに舌鼓を打つ。あ、そういえば瑞々しい、の字って瑞穂と同じだ。
そのことに一人ほくそ笑んでいると、「何笑ってんですか」とトーンを落とした声が聞こえた。
「なんにも。強いて言えばミズくんのことかな」
「……その呼び方やめてくださいって俺何回言いましたか」
さあ? と白を切る僕。実際は、もうずっと子供の頃から呼び続けているから、何回かなんて数えたこともなかった。
イラつく様子を隠しきれてない彼に、そっと唇に笑みを滑らせる。次に口を開いた時に出たのは謝罪とちゃんとした名前と外出のお誘い。
「ごめんね、瑞穂。そろそろ、外、行かないか?」
このとおり、と手を合わせて軽くウインク。どうも瑞穂はこの仕草に弱いらしく、もう何も言ってこなくなる。演技100パーセントだって、見抜かれてないわけはないのに、溜息と軽い拳骨一つで許される。
そんな、僕に甘い瑞穂が好きだった。(だいいち、そういう相手じゃなかったら、そもそもこういうふざけた演技すらしないだろう)もちろんそれ以外も大好きなんだけれど、甘やかされるのは存外悪いことじゃないし、嬉しいことなのだと教えてくれたのは、彼だ。
「……準備、しましょうよ」
と言って立ち上がったのに続いて、僕もこたつから抜け出す。魔のトラップよ、さらば。

「誰もいないなー」
「みんな寝正月か、どっか出かけてんでしょ」
「そりゃそうだ」
外は、思っていたよりも寒かった。でも、日光は暖かかったから、プラマイ0よりほんの少しだけマイナス寄りかもしれない。
グローブに手を入れる。硬球を握る。数回打ち付ける、というか投げつけて、感触を確かめる。
そんなことをしながら瑞穂の傍を離れていく。キャッチボールに丁度いい距離を見極めていた。
「離れすぎたら届きませんよ」
分かってるよ、と少し遠くなった声に返し、この辺りかなと顔を上げる。
これくらいなら、結構余裕で届くかもと思って、瑞穂に声を掛けた。
「投げるよー」
僕の手を離れた球は、試合のときと比べればとても遅いスピードで空気を走った。そして寸分狂わず、瑞穂の構えたグローブに吸い込まれて音を立てた。
少し眉間にしわを寄せて、笑ったのが目に入る。しょうがないなと、思ったときの顔だ。瑞穂はボールを取り出して、僕に見せるようにその腕を振った。
「いきますよ」
投げられたボールは、結構な速さで飛んできた。それでも取りこぼさずにキャッチすると、ナイスキャッチと掛け声。
速くない? と文句みたいに言いながら投げ返すと、普通ですよという言葉と一緒にまたボールが返ってくる。
会話と白球のキャッチボールは、そのまま始まった。時折わざと大暴投なんかして怒らせて、笑って。立て板を水が滑るように、流れるように、続いた。

気がついたときには、辺りが薄暗くなり始めていた。冬は日が落ちるのが早いと、ぐらぐら燃えるような夕陽の色を見つめながら思い出した。
多分2時間とか、3時間とか。それくらいの時間。よくもまあ飽きなかったものだと、今更自分に呆れる。
「瑞穂ー」
声を張ると、何ですか、と同じく張った言葉が返ってくる。
僕は、「もう暗いね」と言いながら、西日を指差した。
彼もそっちを向く。瞬きをする間にも、日は落ちていく。世界が終わる時に、こんな美しさを夕陽は残していってくれるかなと疑ってしまうくらいに、美しかった。
「そろそろ戻りますか」
帰り支度を始める彼に頷いて、彼がしゃがんでいる場所へ向かおうとする。
したところで、やめた。
「瑞穂、ミット持ってる?」
「え?」
「ミット。袋ん中入れてないの?」
いやありますけど。と取り出されたのは、瑞穂愛用のキャッチャーミット。
僕は、「一回、ちゃんと構えて」と言って、さっきの場所に戻っていった。
混乱したに違いないだろうけど、僕が振り返った時にはもう、彼は既に戦闘態勢だった。理解が早くて助かるよ。
「ちゃんと、捕れよ」
黄昏に沈む世界で、マウンドポジション。振りかぶって、左のサイドスロー。
快音が鳴り響いたのは、ノーサインからのスライダーを見事にキャッチしてみせたから。さすが、と褒めると、「ノーサインやめてくださいよ!」と文句が。まあ、そりゃそうだな。危ないし。
ごめんごめんと笑いながら瑞穂に近寄る。全く、と短く息をつくのは、やっぱり呆れたときの癖だ。いくつあるんだろう。僕はそれを、全部把握していたりして。それって結構、すごいことなんじゃないのか? 
なんてくだらないことを考えていたら、気がついたら瑞穂の傍に立っていた。グラブよこせと言われたので、素直に渡す。
全部その袋に入れると、何も言わず肩に担いだ。たぶん無意識で、さりげない優しさに、顔が綻んだ。
行こうといわれて、うんと頷く。お色直しの時間を迎える空を背に、彼を追いかけた。

「いきなり何だったんですか。あんな切れのいい球投げてきて……」
「何となく。……そんな怒った顔するなよ。ホントなんだから、仕方ないだろ」
「俺が怪我したら、どうするつもりだったんですか」
「そんなことないって思ってたから、考えてなかったなあ」
と言ったら瑞穂が黙ったので、僕も黙った。僕たちは口を噤んだまま、歩いていた。
ほんの15分の道のりの間に、太陽はすっかり姿を隠そうとしていた。一番星が透き通るように輝いていた。この時間の空の色も、とても美しかった。
僕らはあと何日、一緒にいられるんだろう。チームメイトとしても、また別の呼び名の関係としても。楽しい時間はいつか終わる。この恋も、愛も、いつかはきっと、終わってしまうんだろうか。
ついついセンチメンタルになるのは、僕の悪い癖だった。その度に、どうにも出来そうで、どうしようもなさそうなことばかり考えてしまう。それを僕は、ほとんど表には出さなかった。
けれど瑞穂はいつも、答えにならなさそうで、やっぱりなるかもしれないようなことばかり、僕にくれるから。それで充分だった。
「瑞穂、新年の目標って何かある?」
「いきなりッスね。……優勝、日本一、ですかね」
「大きく出たな」
からから笑うと、「大きくちゃいけないんですか」とむっとして返してきた。いいや、むしろ全然。大きな野望に振り回されないだけの理性があればなお良いけど。と言えば瑞穂は、
「それって俺は振り回されるって言ってます?」
と疑惑の目でこっちを見た。「やだなあ、違うよ」と言っても、信じてもらえていなさそうだった。まあ、いっか。
そういう貴方はどうだと、俺にいきなり振られてちょっとだけ驚く。振られることを予想してなかったわけじゃないから、ホントにちょっとだけだけど。
「僕? ……そうだな……」
小首を傾げるマネをするけど、本当は決まっている。彼と同じ、途方もなく大きくて、頑張らなきゃいけない、野望。
「―――勝つ。勝って、勝って、日本一になるよ」
「……同じじゃないですか」
一瞬面食らった表情から、呆れたように、面白そうに笑った瑞穂。
その顔も、好きなんだよなと、一際高くなる胸の鼓動。
「もちろん、お前がいなきゃ出来ない仕事だからな。分かってんだろな?」
「当たり前でしょ」
スッと差し出した拳に、またスッと差し出される拳。左と右で、互いに叩いて。
高校生だった頃から、もっと昔から、変わらない。これからもずっと、最高の相棒だってことは、変わらない。

「―――好きだよ、瑞穂」
(心から思うんだ そればっかりを)

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