多分25歳とかそこら辺の二人。
ほぼ全て捏造なので37なら何でもいいって人向けかと。

―――――


「あ、除夜の鐘」
一駅離れていても聞こえてくる、厳かな鐘の音。日本酒が注がれたコップをお互いの手から一旦離して、「あけましておめでとうございます」と、あらたまるのが何だか照れくさくて。はにかみながら年始のあいさつをした。
「年が明けたな」
「明けたネ」
そうやって笑いあうのも、何だかおかしかった。だから、もう一度笑ってしまった。

一緒に暮らし始めて、3回目の年越し。年末に近づくに連れてバタバタ大騒ぎすることも、だんだん少なくなっていた。このまま長く、もっと長く一緒にいたら、もっとちゃんと慣れるのだろうかと、ふと考える。
一升瓶の半分以上はなくなっているけれど、これくらいのアルコールで酔うほど弱くなかった。今、ちょうど、いい気持ちで、テレビを点けっぱなしのまま一年を振り返っていた。ら、いつの間にか年が明けていた。
「また一年が始まるな」
「そうだネ。ホント、一年ってあっとゆー間だっタ」
「そう言ってるうちに、また気がついたら一年が過ぎてるぞ?」
「ウワー、やだ、ヤダ。考えたくないヨ」
いやいやと耳を塞いで首を振る。そのふざけている様子に、また笑みが浮かんだ。
誰かと一緒に年を越すのは、とてもいいものなんだと、彼の隣にいて改めて気がついた。あたたかい幸せが、限りなく愛しかった。
「そろそろ、初詣行くノ?」
「寒いだろう」
「いいヨ別に。生徒の願掛け行かなきゃネ!」
「んー……まあ、いいか」
今年、初めて三年生のクラスを受け持つことになった。いまごろ年末も年始も関係なく勉学に勤しんでいる受験生たちのことを思えば、何かしてやりたくもなるのは当たり前のことだった。
じゃあ片すか、と立ち上がると、七井はさっさと自分の食器とコップを持って台所に行ってしまった。三本松もそれに続く。
高校生からの付き合いで、もう10年近い。こんなに長く続く縁だとは、思っていなかった。短く終わらせようと考えたことがなかったから、長く続いているのだろう。
そんなにたくさんの時間が過ぎているのに、変わらないことも多い。たとえば、七井がふとした時に鼻歌を歌っていること。今この瞬間も。
「ビートルズ?」
「ア……Yes.最近、趣味が一周してル」
悪戯っぽく舌を出すのも、変わってない。
流しの中に適当に食器を突っ込んで、外に出る準備を始める。冬の真夜中は、とても寒いから。風邪を引いてしまわないように。
「洋楽分かるようになってきたんダ?」
「何となくだけどな。お前が何でも聞くから」
「Noisy?」
「の……ああ、いや、うるさくはないよ」
「なら良かっタ」
会話をしながらも身支度はスムーズに済まされていく。
コートを手渡した時、ああ、慣れたものだと、表に出さずこの平穏の甘さを噛みしめた。

トントン、とブーツを鳴らす。三本松がドアに鍵を掛けたのを確認して、レッツゴウと流暢な英語で口にした。
いつものサングラスは身に着けていなかった。外は真っ暗だから何も意味が無いし、二人でいる時につけることはしないからだ。まあ、大人になってからは、つけることの方がだんだんと少なくなっているのだけれど。
「ウー、寒いヨ…」
「年末だからなあ。だからほら、人は着込むんだろ」
「そーだけどサー……」
寒い寒いと身震いする七井に、三本松が笑う。はあっと息を吐くと、白く染まって、すぐに消えた。
最寄り駅まで10分。そしてそこから電車に乗って、10分弱でお寺に一番近い駅に着く。そこから歩いてすぐ、さっきの除夜の鐘のお寺が見えるのだった。
でも二人は、歩いて行くことにした。実は徒歩で向かっても、大して時間は変わらなかったりするのだ。道さえ分かっていれば良い散歩になる距離だった。
そっと、音を響かさないように階段を降りる。そこまで高くないアパートにエレベーターなんてたいそうなものはついていなかった。
手すりが冬の夜気に冷やされているから、手袋をしていても触れる気にはなれなかった。末端冷え性とは子供の頃からの付き合いだった。彼はそれに引換え、冷え知らずだった。羨ましく思うのは今も変わらない。

しんしんと、静けさが寒さと共に降り積もる。歩いていると巻き起こる風が、顔を切るようだ。マフラーによって覆われない耳や顔がきんきんと冷えて、痛いくらいだった。
けれど、その冷たさが、そう嫌いでもなかった。吸った瞬間に身体の中から凍りつきそうな空気に、却って肺がすっきりしていく感覚は、どうも嫌いになれなかった。
静かで冷たくて、それでも寂しくはない道を、二人で歩いて行く。雑談を、手繰り、繋げていきながら、とにかく歩く。
たった20分の道のりは、それだけでも、とても愉快だ。とても愛しい。三本松はそれを、無意識の中でそっと微笑みながら感じていた。
「みんな、ちゃんと自分の進路いければいいナ」
「そうだなあ……俺達が出来ることはそんなに多くないけどな」
「ネガティブ禁止だゼ! 多くなくても、やれることするのがベリーグッド!」
完璧な発音のベリーグッドを聞いて、相槌を打つ。
「ハイハイ、分かってるよそれくらい」
「適当に言うなヨ」
別に適当のつもりはないんだが…と弁解しても「フーン?」と疑惑の目を向けられてしまう。しょうがないから、それこそ適当にお茶を濁した。七井は気にしなかったようだ。もともと、冗談で言ってるつもりだったに違いない。
うりゃっ、といきなり体当たりを食らった。いったい何事だと問えば、
「何でもナイ」
と、妙に幼さが残る笑顔で返された。……いや、別に、いいんだけれど。

結構な人の混みようだった。うっかりするとはぐれてしまいそうなくらいには、ほぼ黒い頭でごった返していた。
こんなに混んでいるなんて、と本音が出る。前回やその前は、ここまでたくさんの人はいなかった。
時間帯の問題だろうと三本松は言った。今日は前例よりも早い時間に来たからだろうと。考えることはみんな同じということか。と、七井は鼻を鳴らす。
「はぐれるなよ」
「子供じゃないんだかラ」
大丈夫だよと言おうとした途端、人と肩がぶつかった。ぶつかった人が謝ろうと七井の顔を見て、途端に慌て始めて、ソーリーソーリーとぎこちない言葉で謝ってそそくさとその場を離れたのには、三本松はつい笑ってしまうのを止められなかった。
こっちが謝る間もなく行ってしまったので、ちょっとむくれ面になってしまう。そんなに怖い外人さんに見えるのだろうか。
「……笑うなヨ」
「……すまん……」
そっぽを向いて、肩を震わせる様子が、気に入らなかった。むーっと眉を寄せたまま、もういいと言って、七井は歩き出した。
それを追わない三本松じゃないのは知っているから、早足にはならないスピードで歩いた。
「七井」
追いついてきた三本松を振り返る。ワシが悪かったよと謝ってくるので、別にいいとだけ言ってまた本殿を目指して歩く。ただ、スピードは、さっきよりも少し遅く。
三本松が隣に立って、一緒に歩いた。口数は行きの道のりよりは減ってしまっているけれど、沈黙がきまずいものではないことに、何となく安心した。
怒ってるわけじゃない。ただ、ちょっと、ふざけてるだけ。彼がそれを分からなくても、本当に怒っているのではないことだけは、きっと分かっているから。
七井はそっと、三本松との距離を詰めた。そして、遠慮がちに、すぐ傍の大きな手に触れた。
「何じゃ?」
「……別に、ヤならいいケド」
言って、武骨な指先を、握った。―――指先だけ。
すぐに七井が顔色を変えたのは、三本松の手に強く握り直されたから。
「……いいのか?」
二人の陰に、隠れるようで、隠れないようで。他の人に見られていいのかという、確認。
七井は唇をきゅっと結ぶと、三本松をちらりと上目遣いに見上げた。
「オレは、構わないヨ?」
自分の顔が、少し意地悪っぽく笑っていることを自覚しながら、そんな台詞。三本松が一瞬息を呑んだことに、気がつかない七井。
手袋越しでも分かる、頼もしい手の平の温もり。ぎゅーっと握ったら、その満足感に、自然とにやけてしまう。
「……なら、行くぞ」
そう言って引っ張られる。二人、並んで、繋いだ手が目立たないように距離を詰めて、歩き出す。

誰かに見られないかな。いつまで離れないかな。ずっと繋いでいるのかな。子供みたいなことを考えながら、いちおう人がいないところを選んで、歩き出した。

(今年もよろしく、と、口にするのはまた後で)


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