3時間クォリティーなのは勘弁してください。
――――――
「瑞穂、ポッキーゲームしよう!」
突然のふざけているとしか考えられない提案に乗れるほど二宮はノリがいい訳じゃなかった。
「嫌ですよ」
ので、ベッドに寝転がって顔も上げないまま否を唱えるのは至極当たり前の話で。
だが、残念なことに、否を唱えられた相手がタダで引き下がるような人間ではなかったのであった。
「即答するな、よ!」
豹のように素早く動き、うつ伏せだった二宮に乗って全力のチョークスリーパーを一ノ瀬はお見舞いした。
「いっ!…ちょ、ちょっ待っ、待っ!落ちる落ちるホント、ギブギブギブッ……!!」
白目を向くか向かないかというところで、二宮の必死なタップが受け入れられた。
腕を解いた。だが、二宮に乗っかったままで一ノ瀬は溜め息をついた。
「やわだなあ、全く」
(本気のチョークスリーパーを完璧にキメて言う台詞か!!)
いかにもやれやれと言った風で、二宮は理不尽さにイラつきを隠せない。
しかしまずは、今の苦しい呼吸をどうにかすることが先決だった。必死で息を整えている間も、一ノ瀬は二宮の背中からどく様子を見せなかった。
やっと落ち着いたことを自分で確信して、それは楽しそうに髪の毛をいじっている色んな意味で憎き先輩に声をかけた。
「……何で、いきなりそんなアホなこと言い出したんですか……」
「今日がポッキーの日だから」
二宮は黙って背中にいた一ノ瀬ごと自分をひっくり返し、うおっと声を上げた一ノ瀬を尻目に立ち上がった。
気配で分かるのか知らないけれど、帰り支度を始めようと思っていた二宮にストップをかけた。エスパーか何かか。
「帰ろうとするなよー寂しいだろー」
「あんた俺がそんなことやる柄だと思ってんですか」
ムスッと(はいつもだけれどいつも以上に)しながら訪ねると、しれっとして彼は言った。
「だから面白いんだろ?」
「……やっぱ帰ります」
半分脱力感を覚えた。この人のこういう、悪戯好きなところは、いくら年食っても変わんねえな。二宮はあーもうという気持ちで、大した量じゃない荷物を持とうとした。
その時。ずっと変わらない、凛とした声が名前を呼んだ。
「瑞穂」
「何ですか、」
振り返った瞬間に口に放り込まれた何か。
若干危機感を感じて棒状のそれを歯で挟むと、彼の顔が近づきすぎてピントがボケた。
あ、と思った瞬間、パキッと小気味の良い音がして、唇には何も触れることなく、一ノ瀬の長い睫毛や笑った目が離れていった。
「期待、しただろ」
お前分かりやすいんだよ。
いつの間にやらどこから取り出したのか、半分くらいのポッキーを手にしたまま、一回咀嚼して飲み込んだ。
一口で食べるために半分にした片割れ、なのだろう。一ノ瀬はそれを口にくわえた。
そのまま食べようとはしない。ん、と二宮の方に向かって突き出した。
目が笑っている。口元も笑っている。―――それはもう、楽しそうに。
期待してんのはあんたもだろ。とは、自分も同じだったから言わないまま甘いそれらを奪いにいった。
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