いつの間にか年を取っていた。
いっそ距離が近すぎるくらいに。
でも、その近すぎている距離は、
今この上なく愛おしくて。
「あ、白髪」
彼の台詞に、バッと頭を上げた。
けどそれで確認できるわけが無く、小西は苦笑して頭を撫でた。彼の癖だ。
「オイオイ、どっか紛れちまったよ」
「……そんなこと、いきなり言うからだ」
「発言はいつもいきなりだろ」
「屁理屈言わないで下さい」
ハハッ、と彼は軽く笑って、髪を掻き混ぜるのをやめてくれない。……子ども扱いなのか、それともただ面白がってるだけなのか。
彼のことだから、きっと後者だ。
「うっとおしいんですけど、それ」
「お前、いつまで経っても反応が可愛いから。つい、な」
可愛くはないでしょうよと文句は言うが、元々、本気で嫌だということはこれっぽっちもなかった。
これはある種の通過儀礼だ。―――何年、経っても変わらない。
こうなってから、5年ほど経った。
自分が三十路と呼ばれることに対しては特に何も思わないが(むしろ成長したのなら、喜ばしいことだ)、彼もまた同じように年を取った。
白髪が生えた、と言っていたが。
彼の頭にも生えていたのが、いつだったか見えた。
老けたとは言わない。でも、年を取ったのは事実だ。
いつまでこのままでいられるのか。
いつまで、彼は私を好きだといってくれるのか。
(―――文字通り、年かな)
妙に感傷的になってしまう。そんなことを気にしても、誰にも今しかないと言うのに。
小さく息をつくと、自分の肩を抱えていた彼が顔を寄せてきた。
「どーした?」
こうやって顔を覗き込む彼は、実年齢よりも幼びて見える。よく彼に同じ事を言われるが、その度に憎まれ口で返してきた。
そんなことを言っていた貴方も、充分に少年のようなのだがね。
「人は年をとっても変わらないものだなぁ、と思いまして」
「……喧嘩売ってるような言い方だな、こら」
フフッ、と声に出して笑う。実にテンプレートなやり取りだと思った。
本音だ。人間は、年を経ても変わらないものもあるのだ。
別れを告げるのはどちらなのか、知らない。(出来たら告げないまま、このまま、)
ただ、その時が来たとしても。
忘れられないものはあるのだ。
「なぁ基之」
「『愛してる』、ですか?」
「……世界中で誰より、でどうだ?」
「―――悪くないね」
(この瞬間の愛しさは、どうしたら忘れられるというのだろうか)
fin.
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