HOLIDAY



 とろとろとした心地良い眠りが途切れる瞬間。誰しも、一度は経験したことがあるだろう。

 「ん……」

 下仲はゆっくりと目を開けた。薄めにぼんやり見える、太陽が眩しいことにまだ気づかないほど、意識のピントは定まっていなかったけれど。
 それから数秒経ってから、彼はようやく白い光が目に痛いことを確認し、柳眉を顰めた。何度か目を瞬かせた後、長い指が緩く目をこする。目尻に滲んだ涙を拭った。

 まだ脳は惰眠を貪ろうとしているらしいが、起きた思考回路がそれにストップをかける。欲望と理性の音も無くせめぎ合う様があくびとなって現れた。再び零れた滴は、そのまま伝い落ちて髪の毛を僅かに濡らした。
 あふ、と無防備にあくびを漏らす下仲の後ろに、ふと、妙な喪失感を覚えた。
 シーツに包まったまま、ゆっくり寝返りを打った。やけに広く見える空間しか目に映らなかった。

 (……冷たい……)

 ぽっかりと空いたスペースに手を置く。彼の体温はとっくに失われてしまったようで、布に触れた手の平にひいやりした感覚が伝わってきた。少なくとも、ついさっきベッドを降りたわけではないようだ。

 その理由を察することが出来たのは、ドアの向こうから微かに、香ばしい匂いが鼻をくすぐったから。

 また食材を勝手に使ってる。鼻で息をつき、不満げな表情になる。

 もっとも、使ってはいけない、とも言っていない。いつの間にやら、無断でキッチンに立たれても文句の一つで済むような関係になってしまっていた。(しかもそれは形だけ、照れ隠しの文句である)

 溜息を一つついて、もう一度うつ伏せに寝転がった。すると、下半身に一瞬、鋭い痛みが走った。

 無理に体勢を変えるもんじゃないと後悔しながらも、自分以外誰もいない自分のベッドに崩れ落ちた。いつも翌日はベッドから降りるのが憂鬱なのだが、今日もそれは変わらない。仕方が無いので、今は考えないことにして、 彼が声を掛けに来てから決めることにしよう。……どうせ、腹は減っているし、今は彼に甘えるほど調子が悪いわけでもないから、きっと降りることになるだろうけれど。


 気がついたら当たり前になっていた、こんな日々。
 一週間働いたら、約束なんてしなくても、週末はどっちかの家に行くことになる。ごくごく自然に、「今日はどっちに行く?」

 食事して、だらだら喋って、するかしないかはその日の体調と気分しだい。こういう風に小西が先に起きて朝食を準備したり、たまに下仲が先におきたりもする。どちらにせよのんびりした朝になるのは変わらない。
 かと言って、出張で会えないこともあれば、まず普通に会う時間も無いこともある。そうだとしても、やっぱり会えるときは、大半を二人で過ごしてゆっくりする。

 身に染み込んでしまった普通。良いとか悪いとか、すきだとかいやだとか、考えるのが面倒くさく思える。それくらい、二人でいようとすることは、アタリマエになっていたのだ。
 慣れた、―――慣らされた? 今となってはもう、どちらにせよといった感じである。


 コンコン、と乾いた音が響いた。間髪いれずに扉が開く。……ノックした意味はあったのだろうか。

 「起き……たのか」
 「起きました」

 おはよう。おはようございます。―――そう、まずは挨拶をした。どことなく他人行儀だが、二人はそうは思っていないようだ。

 「大丈夫か?」
 「まあ、何とか」

 痛みが無いように気をつけながら、うつ伏せから上体を起こす。小西はベッドの淵に腰を下ろして、下仲の方に手を伸ばした。
 無骨で大きな手の平が、寝起きでぐしゃぐしゃの金髪を余計に掻き混ぜる。そして、

 「……ちょっと」

 さりげなく額にキスをしてから、悪戯っぽい笑みのまま下仲に聞いた。

 「どうする? 着替えて、こっち来てメシ食えるか?」
 「……冷めないうちに行きますから、先に食べてていい。それより、材料は何使ったんですか」

 上機嫌な笑みにむくれ、一応は大丈夫だと遠回しに伝える。そっちよりも、後者の方が先だ。

 「お前、今更まだそんなこと言うのかよ」
 「開き直るな」

 頬杖をついて、じろりと横目で睨んでやる。態度も言葉も、全て捨てきれないつまんない意地だ。小西は分かっているから、本当は余計に悔しいだけなのだが。

 「ウィンナーと卵。トマト、キャベツ、きゅうり、ベーコンに食パンとバター。何故か多めに置いてあったやつを使ったよ。―――なんか、文句は?」
 「……先、食べてて。後から行く」

 はいはい、とニヤついた顔のまま小西は部屋を出た。こんな言い争いも、表面上だけのものだと知っているから。
 小西の言ったとおり、それらだけ一人分余分に置いてあるのだ。今日はたまたまこのラインナップだったけれど、他にも下仲の気分次第で材料は変わる。メニューも、作る人の気分次第で変わる。これもまた、身についてしまった習慣の一つ。

 「……ドア閉めて行けっての」

 がさつな彼に文句を漏らす。別に言わなきゃいけないことではない。ただ、余裕綽々な態度に、ほんのちょっとで良いから仕返しを試みたかった。
 やっぱり、悔しいだけだけれど。

 「―――服着る、か」



 おー、来たか。動けんのか?

 見りゃ分かるでしょう。目玉焼き、ですか。

 ベーコン焼いたのもセットな。それとサラダとトースト。まあいつもどおりだ。

 いただき、ます。……何か作りたいもの、他にあるんなら先に言ってくださいね。

 イタダキマス、ってああ、別に? 多めに置いてあるもん使ってるだけだから。

 ……今日、この後どーします?

 んー。お前の好きなように決めてくれ。オレはそれでいい。

 ……食べ終わってから、考えます。でもなんか、疲れてるんで……和也さんの所為で。

 ……お前ね。まだそーゆうこと言うかい。

 言う立場でいいんですよね? (だってホントのことだし)

 …………だぁもう、降参! 分かったよオレが悪いよ! てか毎回よく飽きねぇなお前が!

 テーブル叩くな! てゆうか言いたいもんは言いたいんですよ! 放っとけ!

 ……もーいーよ。分かったよ。洗い物はオレがするから、おまえソファにでも転がってろ。

 転がるって……言い方考えてくださいよ。

 細かいことゴチャゴチャうるせぇ。んなこたいーから、ちゃんとゆっくり食え。

 (……早く、って言わないところが、彼らしいかな) 食べますよ、腹減ってますから。







 
 ――――――ある休日の朝 (good morning!)




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