音楽を聞きながら雑誌を読んでいたことが突然お気に召さなくなったらしい。
まずイヤホンがその手で外される。
そして間髪入れず勢い良く首根っこに飛びかかってきた。

俺より力の強い人が体当たりに近い抱擁を仕掛けてきたら…そりゃ、こうなるだろう。

背中が痛え。

「…寂しくでもなったんですか」
「うん」

一声かけろの嫌味のつもりで言ったのにちっくしょ弱ぇよ俺。
何で下敷きにされて嬉しくなってんだよオイ。

「危ないですから。その、…そうだとしても、何か言ってくださいよ。そしたら止めますから…」

最初に、「やることあるから好きにしてて」とか言ってたのはそっちの方なのに、何でこっちが下手にならなきゃいけないんだ?
……まあ、いいんだけどさ。あーもう、勝てねぇなあ。

「嫌なら、やめるよ」
「……嫌じゃないから困ってんでしょうが、こっちは」
「そっか」

ぎゅっと強くなる腕の力。肩口に押しつけたまま上がらない顔。
俺は彼の背中に手を回した。さらさらと通る細く青い髪の毛を、そのまま指で梳いた。

「何か、あるんですか」

一呼吸。

「何もないよ」

……嘘つけ。

「そうすか」

馬乗りと言うかうつ伏せみたいに乗られたまま、彼の髪をゆるく弄る。
やればやるほど、息苦しくなるくらいに、彼は俺を抱きしめた。
俺、死ぬんじゃね? そんなアホなことを考える。
死んでもいいかともっとアホなことを考えながら、でもそれじゃこの人と離れてしまうと馬鹿じゃない筈の理由を考えた。

「好きです」

掠れた声でそう零す。俺の腕はその枯れようとは裏腹に、引き締まった背中をキツく抱いた。
傷だらけマメだらけの堅い掌が肌を撫でる。お互いに。


ずっとずっと、努力して。

ひたすら突っ走ってきて。

その上でいつだって考えていたのは、追いついて追い抜いてそこでやっと、この人を支えられるんだって事実。


「なに、考えてんのか、知らないすけど」

重みと体温が、今ここにあることを教えてくれる。

「俺はあんたの隣にいたい」

今ここにあるこの人の傍にいる為なら、どんな苦しさも厭わない。
それを彼がどう思ってくれるのかは、くれるのかも、知らないけれど。


「……プロポーズかよ」
「えっ」

むくりと上げた顔が、悪戯っぽく笑っていた。

「よっく思い返してみろ。実にお前に似合わない台詞だったと俺は思うよ」

話の腰を叩き折られたことはひとまず置いといて、数少ない自分の台詞を思い返す。
……あー……それっぽいな……。

「ま、確かに、そうっぽい、ですよね……」
「ついでに愛でも誓ってみるか?」
「ついでに誓うもんじゃないでしょうよ」

笑いながら言わないでくださいよ。と言えば、お前はしかめっ面やめろよと笑いながら返される。
変わんねえなあ、この人は。なんて思いながら、見下ろされたまま会話している。


不意に彼が動きを止めたのは、俺が前置きなくキスをしたから。

離れながら目を開けると、ほんの少しだけ辛そうな目をして、笑った。
俺が多分、この人の一番見たくない表情。

「誓いのキスはするんだな」
「ついでじゃなけりゃ、いくらだって愛も誓いますよ」
「じゃあ誓ってみろよ」
「……あんまり覚えてないんで、短くていいですか」


あなたに何が起こっても、あなたを愛し続けると誓います。


「ホントに、短いな」
「そこまで頭良くないんで」

勘弁してください。と言い終わる前に唇が触れた。
お返し。にっと上げられた口端に、同じ笑うならこっちの方がいいなとか思った。

「病める時も、健やかなる時も」

ここまで言って、けれど彼はあれ? と首を傾げた。

「細かいところ、覚えてないや」

ずっこけそうになった。組み敷かれてるから、気持ちの上だけでだけれど。
じゃあ最初から、いらなかったんじゃないのか。そんなことを口にすると、かもなと言って俺の胸に顔を伏せた。

「俺も、さっきのお前と同じでいいや」


お前がどうなろうとも、この命尽きるまで愛し続けると誓います。


「……なんか、そっちの言い方のが良くないですか」
「何で?」

いや、何となく。ぼそりと言えば、変な奴、と体重をかけられた。
自分が成年男性だってことを忘れないでもらいたい。……忘れないでいるからこその、わざとか。

なあ瑞穂。名前を呼ばれてハイと返事をした。彼はいつものように、笑っていた。

「惚れ直したか?」

…それなりに、とだけ答えて、どちらともなく唇を重ねた。





(いつか)
(いつかが来るのが怖くて)
(離れてしまう時が怖くて)
(まだ訪れないはずの日を勝手に考えては勝手に怖くなって)
(でも。でも、何も出来ないから)(ただ時に身を任せるしかなくなって)

(ただ、お前が誓った短い愛の言葉をただ、)
(信じるしか出来ないんだ)

離れてしまったら
きっと生きていけないのに
それを口にしないのは
言わなくても気づいてほしい
甘えることよりも醜いわがままな感情


(好きだよ)(好きだよ)
(涙が出そうなくらい、愛してるよ)

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