同棲設定。ナインがそれを知ってるかは読者様の判断に委ねます。
BALCO様のあかつきナイン設定を一部お借りしました。
色んな捏造注意。何でも来いという方はどうぞ。

―――――

スイッチは音を立てて分かりやすく切れるものだけではなく。
彼のスイッチもまた、本人すら悟ることなく勝手に切られてしまっていたようだ。
「……七井? おーい、起きてるか?」
頬を軽く叩く。彼はほんの少し身じろいだが、長い睫毛に縁取られた瞼は開かなかった。
誰が切ったかは知らない。と言うよりは、ブレーカーが落ちたのかもしれなかった。
「ん、何やなんや。七井つぶれたか?」
「ハーフのくせにオレ達より弱えのかよ、コラ」
タイミング良く(悪く?)厨房から出てきた関西弁と、アルコールのお陰でタチの悪くなったヤクザ口調が七井にかけられる。無論、子供のように寝息を立てている彼に聞こえているわけがなく。けれど九十九と二宮は、その辺ももうお構いなしなのかグダグダと彼を小突きだした。
二宮はともかく、九十九はまだツマミだ肴だ何だを作るのに追われて飲んでいなかったと思うが。……悪乗りしているだけかと、三本松は呆れたように鼻を鳴らした。
彼は糸目で周囲を見渡した。空気がとても和やかなのが四条、六本木、一ノ瀬。最初からへばりかけていた五十嵐は頭を押さえて呻いていて、すでに結構な量を入れている筈の八嶋はケロリとしているし、もうただの酔っ払いと化している二宮の巻くくだを聞き流しつつ、素面から大虎へ変貌しようとしている九十九はとりあえずと焼酎に手を伸ばしている。
そして、まだ意識も理性も常識も今の状況では悲しいくらいハッキリしている三本松と、一番早く夢の世界へと旅立った七井。
このメンツで集まる飲み会は、今日で三回目だった。
元・あかつき大附属高校野球部ナインだったこの9人は、学生生活を終えた後も、個々として、また集団として、高校時代から変わらない仲の良さだった。しかし、卒業後に9人全員で集まる機会と言うのはほとんど設けられなかった。
それも仕方ない話と言えた。プロで活躍中のあかつき黄金バッテリー、体格差をものともしないメジャーリーガー、分野は違うが医者の卵が二人と新米新聞記者、バイトから成り上がった居酒屋店長に大学の体育教師たちと、実に様々な進路へと歩んだため、時間を合わせるのはとても面倒なことだったのだ。
それでも、時折各々で遊んでは、それぞれの情報を交換して予定を立てる。また、別の時に会っていた相手から聞いた都合も口にして、スケジュールを共有する。
そんなことを幾度となく繰り返していると、自然と集まるには丁度良い日というのがわかってきて。
結果、今日はこの9人で、三度目の集会となった。
……のは良いのだが、残念な事実が色々と発覚したのもまた本日が初めてであったのだ。
前の2回はみんなそれなりに、節度を持って酒を飲み、会合を楽しんでいた。二回とも、九十九の店での都合がつかず、他人の店―――要するとアウェーでの宴会だったので、悪酔いすることも一応はなく、終始穏やかに済んでいた。
しかし、今回は初めて貸し切りに出来るからと元チームメイトの店、いわゆるホームといえる場所に決めた。それが間違いだった。
始めの二時間に例外はなかった。徐々に酒が回り始めて、普段の理性的な飲み方が消え失せる人間が出てきてしまったのだ。
まず我らがキャプテン一ノ瀬が笑顔で暴走を始め(でもきっと酒の所為だけじゃない)、それに巻き込まれた五十嵐が早々にダウン。本来はそんな彼を止めるはずの相方である二宮もいつの間にか悪酔っていたし、八嶋も……いや八嶋は、いつもどおりのテンションを保ったまま5本目のビールを空けていた、一升瓶を。
四条と六本木はいつも通りだが、普段冷静な四条もツッコミが出来ない程度には周りが見えておらず、六本木に関しては端っからまとめることも抑える事も度外視する気でいたらしく。四条と仲良く話し続けていた。……そう、色々アレになりつつあるメンバーをほったらかしにして。
そして。先ほどオチた七井も、最初は楽しく飲んでいたのである。しかしやはり飲むピッチが上がりに上がり、日本語で喋る二宮と英語でくだくだと喋り合い(話が通じているようにもいないようにも見える奇妙な光景だった)、とうとう糸が切れたように机に文字通り落ちたのがついさっき。
どうしてこうなった、と三本松がこのカオスな空間に溜息を吐き出したのも無理はなかった。
「そないに暗い顔せんと、三本松、お前も飲めばええやないかい」
ほれ、と九十九の手からコップに注がれる日本酒に苦笑して、なみなみと満たされてから手に取った。
「大体が潰れかけやからな。厨房の後片付けは他に任せたし、俺もやっと飲めるで」
そうは言っても、一升瓶のラッパ飲みはやめた方がいいんじゃないか? 三本松がそう制止する暇もなく、九十九は日本酒を一気に煽り始めた。
彼のことだから恐らく、自分のペースは守っているんだろうが……ふと、自分のペースを守ろうとして爽やかな笑顔と共に阻止された五十嵐を思い出して、気の毒になってしまった。
「っはー! これやな、これ。ったく、やっぱ黙っててもツマミが出てくる別の店にしときゃよかったわ。一ノ瀬キャプテン筆頭に悪酔いしくさってからに……」
どぼどぼと今度はコップに注いで愚痴をこぼす。随分と酔いが回るのが早いものだと思いながら、三本松も静かにグラスを傾けた。
「みんなここだったからこれだけ酔ったんじゃろう。大目に見てやれ」
「今度からは絶対にここじゃ飲ません。まあ売り上げ貢献にはなっとるけど、後片付け面倒やわ」
「ワシも手伝うから。……ま、潰れてる人間の方が少ないけどな……」
やっぱり和やかに談笑している三人に交ざろうとする気にもなれず、脱力する三本松。いっそ全部投げて飲めてしまえれば幸せだったかもしれないが、生憎ここまで周りがへべれけばっかりな状況で、今更それに参加しようと思えるほど酔いが回っている訳ではなかった。
と、六本木から声が掛かる。随分赤い顔をしているが、手に持ったジョッキを下ろそうとはしない。
「三本松も九十九もこっちおいでよ。喋り足りないでしょ?」
「大丈夫だよ、九十九。後片付けなら俺達も手伝うから!」
「酔っ払いの言うこととその無駄に輝いた笑顔は信用なりませんわー」
ぐっと親指を立ててウインク付きの笑顔は、九十九に軽く流された。一ノ瀬は気にせず九十九を手招きし、九十九も瓶とコップを持ったままそこに交ざりにいった。
「オイラも参加するぞー! 五十嵐がもう何も反応してくんなくなった!」
どうやら八嶋は飲みながら、呻いていた五十嵐にちょっかいを出していたようだ。このメンツの中できっと一番のうわばみは八嶋だと、ここの店長の台詞を三本松は呆れ顔で思い出した。
むしろ落ちていない人間の方が多いのだ。なのに惨状だと思ってしまうのは、笑顔で話す五人のうち三人がほぼ確信犯で作り上げた空間のような気がするからだ。どんだけ羽目を外せば気が済むのだろうかみんなして。

―――みんなの切り替えスイッチは、今よりもまだ若かった時には気がつかないものばかりだったらしい。
色んなことを含めてこれからも、知らなかった地雷や引き金を知っていくのかと思うと、気が重くなると同時に、変に笑いたくなった。

(……ダメだな。ワシも酔いが回ってきたか……?)
考えていることがよく分からなくなってきた。何だかんだ飲まなかった訳ではないので、思考がまとまらなくなっていくのも無理はなかった。
片付けは手伝う、と言ったのだが、謝って早々に退散したほうが良いかもしれない。このままだと自分までずっと居座り続けてしまいそうだった。それも悪いことではないかもしれないけれど、やっぱり意識は悪いと思ってしまう。
それに、どっちにしろつれて帰らなければいけない奴が、隣で今机に突っ伏しているから。
「……九十九、スマンな。やっぱり今日は帰らせてもらう」
自分の周りで目についたものを手早く片しながら、何故か指スマに興じている五人に近寄った。
一抜けしたらしい九十九は、イカのから揚げを口にしながら三本松に笑いかけた。
「ええよ。とっとと、七井連れて帰りいや」
「……悪い」
「ええて、ええて。第一、客に後片付けやらす居酒屋がどこにおんねん。言っとっけどな、わいかて一経営者やぞ。泥酔なんぞせえへんわ」
ほら行った行ったとひらひら手を振られて、三本松はもう一度礼を言った。
すると他の四人もこちらを見て、また今度と赤らんだ顔で笑った。
それに笑い返すと、五十嵐と二宮によろしく伝えてくれと言い、七井の頬をもう一度叩いた。
「ほら、七井。起きられるか?」
「……ン……?」
「帰るぞ。……ホラ、寝るな」
「おぶってってやれば? そう遠くないんだろ、ここから」
一ノ瀬の冗談交じりの進言に、三本松はうなずいて七井をテーブルから引っぺがした。
そして軽々と背中に背負うと、二人分の荷物を持って立ち上がった。
「またのご贔屓を、お待ちしてます」
関西弁特有のイントネーションが、にやりとした笑みと共に聞こえてきた。それに続いて、起きている彼らからもまた一言ずつ。
「日本に来たらまた連絡するね」
「二日酔いには気をつけろよ。……二人なら心配ないかもしれないが……」
「あんまりフラフラしすぎて、職質受けないようにしろよ!」
「何かあったら呼べ! オイラ飛んでいくからな!」
一部悪ふざけのような言葉も聞こえてきたが、酔ったテンションということで全て聞き流すことにするとして。
三本松は寝息を立てる七井をしょったまま、店を出た。多分、これからも腐れ縁を継続していくであろうメンツにクスリと笑ってから。

「あんなに酒癖が悪い奴が多いとは、知らなかったな」
ゆっくりと暗い道を歩く。背中に70キロ弱がいることは何も問題にもならないようで、酒が回っている割にはしっかりした足取りだった。
たまにずり落ちそうになると、よいしょと再度背負い直す。十分前と変わらず、規則正しい呼吸の動きしか伝わってこない。
ふぅ、と息を吐いて、足は止めない。あと十分も歩けば着くのだから。
九十九の店が近くて良かったなあ。そう呟いて歩いている。二人の、同じ家まで。
「……思ってたより、強くはないんじゃな」
自分と飲み比べをすればほぼ確実にこっちが負けると思っていたけれど、もし、今日自分が持ちかけていたら、勝っていたのかも分からなかった。……まあ、今日は何故か、やけに冷静なまま祭りが終わってしまったから、所詮推測にしか過ぎないのだが。
―――付き合い始めて五年、一緒に暮らし始めて二年経ったけれど、まだ知らないことの方がたくさんあるんじゃないかと思った。
全部を知る必要もないけれど、知らない、知られていないスイッチばかりじゃ、きっと寂しい。友人よりも、もっと近い関係なのに。
こんなこと考えるなんて、やっぱり自分は酔っているんだ。三本松はそう思い溜息をついた。
(さて、帰ったらどうするか……。シャワーとかも無理そうだしな)
風がさらさらと髪の毛を揺らした。七井に当たっているのではと気になったが、振り向いたら中途半端に起こしそうで、やめておいた。

- 33 -




しおりを挿む



戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -