擦るような音がした方に向くと、襖を後ろ手に閉める七井の姿が三本松の目に映った。
タオルでがしがしと頭を拭きながら青い目がこちらを見ている。
パジャマ代わりと使っている服は一回り大きいもののようで、裾から覗く腕や脚が細く思えた。
「お風呂ありがとネ。上がったヨ」
「ああ、お帰り」
畳の上を裸足で歩いてきて、隣に座る。その距離はとても近い。
触れそうで触れない手と手。
お互いいつもどおりと思いつつ、少しのジレンマを穏やかな相貌の下に隠している。
あくまで、無意識に。
「アー、オレの家も畳だったら良かったのニ」
「何でだ?」
「涼しいしサ、ベタベタしないシ。フローリングは掃除が面倒だヨ」
「まあ、暑くても寒くても、過ごしやすいかな」
いいなあと言いながら七井が身軽に体勢を変える。体育座りから、あっという間に三本松の隣に寝転がった。
下からじっと見上げられて、それを見つめ返す。何?と目で問えば、白い肌の顔が綻んだ。
いつものガードが無くなったことで、いつもの笑顔はさらにあどけなく見えた。
青くて吊っている目が気になると、どうしても外してくれない黒い壁。それがこうも簡単に外されていることに、じわりじわりと優越感が滲み出す。
それに気づかない三本松ではなく、品無く表す訳でもない。ただ、そっと口元の笑みに紛らせた。
「やっぱり、無いほうがいいなあ」
「サングラスのこと? ……ソウ?」
「ああ」
外すのは二人の時だけだよな?
言葉にすれば何かが霧散してしまう気がした。だから、外してくれていることが嬉しいとだけ言って、手を伸ばした。
まだ濡れている金髪をそっと指で弄る。いつものことなので、七井も特に抵抗はしない。
それどころか彼は、軽く曲げた三本松の脚の上に、うつ伏せで乗っかった。三本松も慣れているので、そのままゆっくり膝を平にして、空いた左手を後ろにやり重心にした。
「なんだか猫や犬になってるみたいダ」
「確かに、七井は猫みたいだな。……そうじゃ、」
と言って三本松は、頭にやっていた手を、七井の喉に差し伸べた。
「ほれほれ、ゴロゴロ言ってみ?」
「やっ、やめてヨ、くすぐったいネ……!」
武骨な指が白い喉をくすぐる。バタバタと高い声で笑いながら暴れて逃れようとするが、三本松がそんな七井を押さえつける。
名門あかつきのチーム1,2を争う力の持ち主同士だからこそ、こういう同等の悪ふざけが出来るのである。どちらかがどちらかであればとっくに勝負はついていた。
「……ッ〜、もうダメ、もう降参! くすぐったいヨっ……!」
七井の言葉を聞いて、三本松の力が緩む。同時に、喉どころか背中、脇にまで届いていた手がすっと離れた。
「ワシの勝ちじゃな」
「ウ〜……ズルイよ、お前は全然くすぐったがらないのにサ……」
「七井はくすぐったがりだからなあ」
「疲れタ……風呂入った意味なくなったネ……」
ぐってりと脱力をする七井。脱力しつつ、もうちょっとずり上がって、ごろりと仰向けになった。
しわがついて乱れたシャツ。跳ねた髪の毛。まだ少し荒い息。見上げる、青い目。
密かに、生唾を飲み込んだ。
「ハジメ?」
下心を見透かされた気がして、ハッとなる。どうしたんだと問う彼に、何でもないと答えて、再度金髪に指を埋めた。
湿った髪の毛はキラキラと光り、まるで星のようだと言ったら、笑ったかもしれない。
視線をずらしたら、かち合った。ふわりと目許が柔らかくなった。
胸がざわついた。もう一度、喉を鳴らした。
そしたら。
「……ねえ、キスしテ?」
衝動に抗った瞬間の、突然の提案。
残念なことに、一度抵抗したものでもその枷が外されてしまっては、乗ってしまうしか術は無く。
どんなに穏健だとか、仏面だとか、人畜無害そうだとか言われても、所詮は好きな相手に普通に興奮する、ただの17歳だったということだ。
大きな身体を小さく縮めて、膝の上にいる同じ男に顔を寄せる。瞼を伏せて応えてくれた。
んー、と声が鼻から抜ける。体勢が窮屈だと思っていたら、彼が思い切り唇を押し付けた後、離した。
「起きて、するヨ」
素早く三本松の脚に座り、首に腕を回した。それから、ん、と突き出された唇に噛み付いた。
ここまで、貪るような欲情は、彼以外に抱いたことが無い。
ライバルとしてひたすら勝負してきたが、本当はそれは、ただの欲望の裏返しだったのかもしれない。
テクニックも何もありはしないから、ただ、相手を気遣いながらも、自分の情をぶつける。
唇を合わせるだけの行為なのに、どうしてこうも飢えるのだろう。してもしても足りなくて。こういうのをスイッチが入るというのだろうか。
電気は点けたまま、窓も開けたまま。なのに、止まる気はしない。
「、き、だヨ……っもっ、と……」
途切れ途切れの言葉の間に、求められているのが分かることがさらに火に油を注ぐ。
勢いに似つかわしくない程おずおずと差し出した舌。ついと取られて、拙く絡み合った。
生々しく響く水音。初めてした時は、こんなに大きい音がするのかと驚いて中止したくらいだ。
けれどそれらは外から欲を刺激する。するすると背中を撫でると、露骨に弾んでから妖しく身体が揺れ始めた。
ぎゅっと回された腕の熱も、上がっている気がするのは気のせいかもしれないけれど。

湿っぽい息とともに、どちらともなく離れた。でも名残惜しくて、唇の周りにつやめく唾液を吸い取る。
七井の目が潤んでいる。蒼海が沸騰しているようで、胸が疼いた。
「……やらしーネ、ハジメ……」
どこで覚えたそんな言い回し。と追求する暇もないのは、まだお互いに息が整わないからだ。
血の温度が上がりだした身体を抱きしめる。抱きしめられる。二人で、共有する。

何でもない瞬間に手を触れるのはためらうくせに。
熱を欲して縋りつくのには迷いが無いのはどうしてなんだろう。

「熱いヨ、ハジメの身体」
「お前もじゃ」
「……のどが渇くネ」
「取りに行くか?」
「―――いいヨ」

熱い、熱い、欲しい。
言い訳も理屈も本当はいらない。
結局あるのは、好きだから欲しいっていう渇きだけ。


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