じりじりと焦がす熱。グラウンドから既に水分は全て吹っ飛んでいて、もれなく部員たちの身体からも水分が吹っ飛びかけていたので、今はつかの間の休憩時間だ。
一軍も二軍も関係なく、暑さに茹だっていた。彼の目を覆うそれも、日陰では暑いだけなので今は取り除かれていた。
「あっ……つい、ネ……」
ユニフォームを脱ぎ捨てて水を掛け合う一年レギュラーたちが目に入る。冷たい水を浴びたいのは山々だが、生憎やる気が出てこない。
動けない訳でも疲れすぎてる訳でもないが、暑さというのには色々とやる気を奪われる。ああしてはしゃぐことも、今の七井にはちょっと難しかった。
日本に来て驚いたことは様々だ。夏がとても蒸し暑いということもそれに含まれた。
カラカラになりそうな暑さと共に、嫌な湿気が一面に存在するのだ。自分が住んでいた地域では、夏は暑くとも比較的からりとした気候で、存外過ごしやすいものだったのだが。
日本の夏はそれも風流に変えてしまう手段が無いわけではない。が、それは野球部に適応されることはほとんど無くて。
うーうー唸るしか今の七井に出来ることはなかった。
と、そんな彼の隣に大きな影が一つ。それはぬうっと腕を伸ばして、七井の頬に何かをぴたりと当てた。
「オイ、七井」
「ワッ!?」
当てられたものの冷たさに一気に意識が明確になる。確かめるように触れた頬には水滴がついていて、七井はスポドリのボトルを当てた人物を見上げた。
「さ、んぼんまつ……」
「具合でも悪いのか?」
ほれ、と差し出されたボトルを、まだ驚いたまま受け取る。
そういえば、休憩に入ってから貰いにいってなかった気がする。すぐに屋根のあるこのベンチに座りに来たのだった。
「…No,大丈夫。心配してくれてアリガト」
「なら良いが……本当に暑さに弱いなあ、お前は」
「慣れたけど、得意にはならないネ。ユデダコに、なりそうだヨ……」
「ハハッ、確かにな。でも、あんまり暑くなれば、監督だって早く繰り上げるだろう」
「ン……」
会話の受け答えも覚束ない七井に、ふと、そよそよと風が吹いてきた。
風が来る方を向いてみれば、もう一度三本松と視線がぶつかった。どうやら、マネージャーが置いていったファイルで扇いでいるようだ。
「そ、Sorry。そんなコトしなくてモ……」
「なぁに、遠慮するな。こういう時は、黙って甘えておけばそれでいいんじゃ」
な? と見せた穏やかな笑顔に、申し訳なくなると同時に、毒気を抜かれる。
ゴメン、アリガト、と呟いてから、七井はそっと目を伏せた。
扇いでくれるのを受け入れても、少しいたたまれなくなるのは拭いきれなくて。目を合わせなければ、その居心地の悪さも軽減された。
「七井、寝るのはいいが、先に飲んでからにしておけ。脱水症状でぶっ倒れるぞ」
「わ、かっタ」
三本松に促され、手に持ったままだったボトルの蓋を開ける。冷たさが、握っている手に染みる。
そして口をつければ、喉を落ちる氷のような液体が、身体に染みこむのが分かった。
一度味わえば火がついたように勢いは強くなり、七井はあっという間にそれを空にしてしまった。
「ッ、ハ……生き返っタ……」
「早いな。まあ、今日はそれくらい暑いんだけれど……」
からからと笑いながらも、汗が三本松のこめかみを滴り落ちる。七井の頬も同様だった。
グラウンドにはかげろうが見える。練習、中止にならないかな。ふっと考えてしまった七井を、誰が責められるだろうか。
まだ休憩する時間は、あるのだろうか、それともないのだろうか。
送られる風を甘んじて受けながら、目だけ動かして周りを探る。黒いサングラスはすぐ隣にあった。

眼鏡に触れる彼を見て、北風と太陽の話を、ふと思い出した。

「外していいのか? ソレ」
「いいノ。どうせ、日陰に引っ込んだかラ」
「そうか」
「……ウン、いいノ」

傍にいるのが、君だから。

心地良い風が吹き始めて約5分後。不意にそれは止んでしまった。
「もう、休憩は終わりみたいじゃな」
「え、モウ?」
顔を上げると、思い思いの場所で休んでいた部員たちが、続々と集まり始めているのが見えた。
と、こちらにマネージャーが小走りに駆けてきていた。恐らく、目当ては三本松の手にあるファイルだろう。
「これも返さないとな。……本当に大丈夫か?」
「平気だヨ。結構、カホゴだネ」
「お前だからな」
「三本松先輩、そのファイル返してもらってもいいですか?」
ああ、と彼は言ってキャプテンの四条の妹である澄香の手に、うちわ代わりにしていたそれを渡した。
「スマンな、置いてあったから勝手にうちわにしてた」
「別に構いませんけど……七井先輩?」
「……エッ」
「大丈夫ですか?」
ボーっとしてたみたいですけど。
後輩の言葉に、何ともないと慌てて取り繕って、七井はゆっくりと立ち上がった。
眩暈なしに立ち上がれたのでホッとする。それから、置き去りにしていた色眼鏡を手に取った。
いつもと同じ彼の姿。肌に赤みが差しているのは、強い日の光のためなのだろう。
「行こうゼ」
「ああ。それじゃあな、マネージャー」
「はい」

ベンチに座った彼女が見たのは、大きな手で金髪を柔らかく叩いて、それを何だと笑いながら掃おうとする二人の姿だった。
(あんなに距離が近かったかしら?)

じりじりと刺す熱光線。二人の間の“あと少し”も、じりじりと焦がして焼いていく。
いつか焼き切れてしまうことを、声に出さず待っている。


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