Can you show me your true pupil?


†††黄昏刻イリテイト†††


隠された裏の顔、とまで大それたものではないのだけれど。

日光が眩しいからと、他に問題児がいるから風紀委員に突っ込まれないまま、入学当初からずっと掛けられている黒いサングラス。

「え?」

外さないのか、っテ?

ああ、と頷けば、彼はその頷いた相手の顔を少し見上げたまま、ほんのちょっと小首をかしげた。
表情も隠すほど濃いプラスチックだから、口元より上は察することができなかった。

「……迷惑かナ?」

「いや、そういうことじゃなくてだな。ただ、気になっただけなんじゃ」

「ンー……」

(恐らく)上目遣いだった彼は、今度はまた少し頭を動かして、下向きの明後日な方をむいた。
些細な動きが読めないことは、実は結構もどかしいものだと知ったのは、彼と親しくなってからだ。

さっきコンビニに寄り道して買ったアイスを片手に、七井は三本松とは違うところを見るように、頭を傾けていた。
目にも爽やかな空色が、彼の唇に触れて、ガラスの砕けるような音を立てながら口の中に消えていく。

「買い食い、って言うのかナ? いいよな、やっぱリ」

氷をほおばりながら笑う七井。またこっちを向いた。ごくりと飲み込んで、顔をほころばせた。
楽しそうなのは声で分かる。口元でも分かる。付き合いもそれなりにあるから、そういうので分かるといえば分かる。
けれど、それでも物足りないと思うのは。

「何で、外さないんじゃ?」

入部した時。最初だけ取り除かれた、黒い障害物。開かれた目は、憧れて、いっそ焦がれて忘れられなかった青で。

一度しか見られたことのない、あの蒼い目が、―――かつての自分の原点が。

笑っていて欲しいと、笑っているのを見たいと、思うからで。
自分の手に持ったアイスが、溶けるような気がした。本当は、そんなに時間が経っていないのかもしれないのに。

「……大した理由じゃないヨ」

あ、と顎を大きく開いて、もう一口。しばらく口を開かずにいたら、喉が大きく一回上下した。

「日除けもあるけど、オレ、とっても目つき悪いかラ。それニ、ブルーの目は、歓迎されないんだよネ」

外さなくてもあんまり言われないシ。だから外さないノ。
それだけだと七井は言って、最後の一欠片を、溶けるギリギリのところで口の中に放り込んだ。
そして裸になった木の棒を咥える。何も無くなったにも係わらず、それを噛んでいた。

―――た、と濃色の滴が落ちた。

それだけ。それだけのことは、彼から、感情を伝える最良の手段も、諦めさせてしまうほどのことだったのか。
ただの推測にしか過ぎないことではあるけれど。推測じゃなくて本当を聞くために踏み込めない、自分が恨めしいのだけれど。
それでも、

「―――ワシは外してほしいな」

何の気なしに、という風に見せかけて、発した言葉。アイスの棒を齧っていた七井が、それを歯から抜いて、三本松を仰いだ。

不透明な壁は、彼の真意を隠す。そう、それがたとえどんなに、微かな心持の変化であったとしても。
取るに足らないような、疑問や戸惑いや呆れや驚きや、笑顔を。

彼自身が歓迎しない、少し吊り上がった目許からでなければ、確信を持てないような表情がたくさんあるのに。

“瞳”が見えないのなら、心だって、分からないんだ。

「……何デ?」

足を止めず、静かに言葉を交わしながら歩いている。

「何でもだ。……いや」

いつもと比べればとても静かなのに、部活の後の気だるくて、一緒にいて快い空気はいつもと同じく流れたままで。

たまに寄り道をすることも、雑談しながら駅までの道を辿ることも、笑い合うことも当たり前になっていたのだ。

―――贅沢者になっていた。その『当たり前』を、もっと、特別にしたものを、欲しがっていた。

「お前と目を見て、話したい」

空のような青碧を、受け入れなかった奴と一度話がしてみたい。
あんなに綺麗な色が、まっすぐに視線を向けてくるのを、良くは思わなかったのはどこのどいつだ?

「ワシと話すのは、嫌か?」

糸目が笑う。寝てるのかとよく言われる三本松の眼だったが、それでも見えた。
七井が、瞬く間に顔を逸らして、直ぐにもう一度こちらを見て、ゆっくりと白い指で黒いサングラスに触れたのを。

「……嫌じゃない、ネ」

外された邪魔を片手に、はにかんだ彼。照れくさそうに細められた青い目に心が高鳴った。
初めて、ちゃんと彼と向き合えたような気がした。向き合った己の目は、眠たそうに見える笑い目ではあるけれど。

「やっぱり、外した方がいいぞ。笑っているのもよく分かる」

三本松は笑顔でそう言った。同じように笑い返す七井の眦に朱が射しているのは、夕日の所為だけではなかったかもしれない。
ぽん、と頭に置かれた大きな掌が、そのまま金色の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。何だヨ、と文句を言われたけれど、小動物をあやすような手つきは止めない。

「やめろっテ」

「サングラス取ってくれたからな、良い子は撫でてやらないと」

「子ども扱いかヨ!」

しかし七井も、口ではやめろとは言うものの、本心から嫌がっているようには見えなかった。
三本松はそれを分かっていたから、まだ撫で回すのをやめていない。
でも、肝心なところで空気を読めるのがあかつきの4番バッターであり。
程よい頃合を見て、武骨な指はするりと髪の毛から離れていった。

「何すんだヨ。ボサボサになっちまっただロ」

「ハハ、もう一回梳かしてやろうか?」

「いらないヨ」

全ク…と呟きながら七井の指が髪型を整える。左手にアイスの棒とサングラスを器用に持って、眉毛の下がった呆れ顔だ。

「そういえば、明日の数学で小テストあるらしいぞ?」

「Really!? オウ、今日は最後の方寝てたネ……」

目を見開き、しまったと大げさにポーズをとる七井。たまに出るオーバーリアクションを見ると、自分との違いが分かって楽しくなることがよくあった。
三本松はスマンなと苦笑しながら、言葉を続ける。

「教えてやればよかったんじゃが、うっかり忘れとってな。今思い出したんじゃ」

「いいヨ、むしろアリガト。範囲は言ってタ?」

「教科書の60ページから70まで」

「ウー……相変わらず、小テストなのに範囲とっても広いネ」

「まあ、それは仕方ないことだな。文武両道が基本だし」

「こういう時だケ、あかつきに来たこと後悔するヨ。現国、未だに出来ないってのもあるシ……」

「良かったら、また教えるぞ。ワシに分かる範囲でよければな」

「助かるネ!」

のんびりと時間が過ぎていく。楽しい時間を少しでも遅らせるために、二人とも無意識で、歩く速度を遅らせていた。
笑い合って流れていく黄昏時。片言混じりの日本語と、大らかな声が交錯する。時折肩を叩いたり、小突いたり、目をやったりしながら、ちょっとずつ『また明日』に近づいていく。

でも、今日は、それだけで終わらなかった。
初めて、ちゃんと一緒に笑えた。
誰かの笑顔を見られるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。


「あ、電車来たネ。三本松、コレに乗るんだロ?」

「そうだな。……じゃあ、また明日な」

「あァ、また明日」

立ち上がった三本松に、七井はヒラヒラと手を振った。三本松は振り返り、片手を上げてそれに応えた。
七井は、電車のドアが閉まり、そして彼の姿が見えなくなるまで、持ち上げた手を下ろさなかった。

最後尾の車両が目の前を行き過ぎた。それを目で追ってから、安っぽいプラスチックの背もたれに背を預けた。
身体から力を抜いた。一息つけば、壁にゴンと後頭部がぶつかった。

「……何であんなこと言ったのかナ」

視界の端に映る、傍に置かれた黒色の眼鏡。
手を伸ばそうとして、やめた。


『お前と目を見て話したい』

『ワシと話すのは嫌か?』

『―――笑っているのもよく分かる』


「どーゆう、意味だロ」

分からないのはお前の方じゃないカ。

―――到着の合図に、小さなひとりごとは、自分の耳にも届かずに掻き消された。


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