……発端の発端についての説明は以上だ。事情とは、幽助の屋台のラーメンを食べに行く。それを口実に山を降りたのだ。
だが、やはりそう簡単にたどり着けるはずもなく。やはり鈴木の所為で上手くいかず。
鈴木と死々若は、一緒に行動していた酎、鈴駆、陣、凍矢とはぐれてしまったのだ。その理由が、鈴木があっちへ行こうこっちへ行こうと、そこら中をフラフラ歩きまくっていたらナチュラルに二人だけになってしまっていた。というのだから、死々若の機嫌が悪いのも当たり前の話だった。
大体なぜ、自分とコイツが一緒にいるのだろう。死々若は苛立ちを隠そうとしなかった。人間離れした端正な顔がしかめられている為、無意識に周囲の人間達は彼らから距離を置いていた。

で、今現在。
先ほどから、鈴木と言葉巧みなチャラい格好をした青年は、どこかちぐはぐな会話を繰り広げていた。鈴木がいまいち、スカウトの意図を理解していない所為だが。
他のみんなとはぐれてから数分後に、この男は鈴木に話しかけたのだ。鈴木よりも整った外見の死々若には、鈴木の陰に隠れてしまっていて、よく見えていないようだった。

「お兄さん田舎から来たの? にしては服のセンスもかなり良いみたいだけど……」

「む? これは美しき私の友人達の女性に見立ててもらったのだ。まあ、色々とうっとうしいのだがな。これではいざと言う時に戦いづらい」

「へぇ、お兄さんガールフレンドいるんだ?」

「がー……? ああ、フレンドか。うむ、普通の友人だ」

「きっと彼女さんもカワイイんだろうね〜。まあ今はお兄さんをスカウトしたいんだけどさ」

「私の美しさを認めさせる第一歩だな! 力でといくわけにはいかないが、こういうのもいいものかもしれないな!」

ただでさえイラついているのに、こんなにアホな(に聞こえる)話を傍で聞かされてしまえば、死々若の怒りのゲージだって満タンになるに決まっている。
芸能界は強烈で、個性的なキャラであるほどナンボのもの。だからスカウトは益々この鈴木を気に入り始めていた。が、

「いい加減にしろ、このバカ鈴木! 凍矢たちと合流するんだろうが!」

先ほどから我慢していた死々若が物凄い剣幕でキレた。それは普通の人ならば縮み上がってしまうくらいに恐ろしいのだが、全面的に鈴木に向けられた怒りだったので、スカウトの方は大声に驚いて肩をすくませるくらいに留まった。
その怒鳴り声は同時に、死々若の存在をしっかりと気づかせた。

「あ、あれ!? お兄さんの友達!?」

「ああ、死々若は私の仲間だ」

へぇと興味深そうに頷いて、まじまじと死々若を眺めた。鈴木もその様子を黙って見ている。
死々若はというと、あまりにその行動が無遠慮すぎて、今は縮めてある刀を元のサイズに戻して叩き切ってしまおうかと目をすうっと細めた。が、流石に人間界でそんな行動を取るわけにはいかないので、チッと舌打ちで済ませるしかなかった。

「……いいね、お兄さん!」

ハァ? とあからさまに呆れる死々若だが、スカウトはそんなことお構い無しに死々若について評価した。

「凄く色気のあるカッコよさだね! もうタレントみたいなことは……やってるわけ無いか。やってたら絶対評判になってるもんね」

鈴木の時と同じように、死々若のこともお世辞をふんだんに使って褒めちぎる。だが死々若本人としては、見た目についての賞賛に特に関心はないうえ、現代の人間界についても疎かったため、むしろそのわざとらしい褒め方に嫌気が差していた。
そうとは毛ほども思っていないようで、男は自信ありげにぺらぺらと話し続けている。

「カッコイイっていうよりは、美形って言ったほうが正しいかな? そっちの金髪のお兄さんは服を引き立たせるけど、あなたは逆に服が霞んじゃいそうだなぁ。ああ、そうだ! いっそ二人でタレントとかやってみない?」
鈴木の眉毛がピクリと動いた。
「二人とも絶対ブレイクすると思うんだよね、俺の勘なんだけど。でも割と当たるんだよ。ホラ、この女優さんなんてオレがスカウトしたんだよ……」

「悪いが、やっぱりこの話は断らせてもらおう」

「……えっ!?」

死々若に向かってまくし立てていた男が、驚いて鈴木のほうに振り返った。

「な、何で? いきなりどうしたの?」

「今からはぐれてしまった仲間達と会わなければいけないのだ。それから友人のラーメンを食べに行くんだ。早くしなければ更に迷ってしまうのでな。さらばだ!」

唐突すぎるくらい唐突に話を打ち切って、鈴木は目を丸くする死々若の手首を掴んで歩き出した。その場に残されたスカウトマンは、ぽかんとした顔で立ち尽くすしかなかった。


その後、お互いの妖気を探して何とか合流して、6人で連れ立って幽助の屋台にたどり着くことが出来た。
鈴木は先ほどの出来事をやや誇大表現しながら、いつもの鈴木らしく喋っていた。それを他のみんなは笑いながら聴いていた。
だが、死々若はラーメンを満更でもない顔で食べながらも、突然の鈴木の行動がずっと腑に落ちていなかった。


相変わらず、この辺りは空気がいい。夜空は澄み切っていて、星が良く見えた。
死々若はついさっき風呂から上がったばかりだった。着流しで、白い手ぬぐいで乱暴に頭を拭いている。
いつもならば小鬼の姿に戻るのだが、今日は何となく変身しなかった。別にあの小さい姿になっても、青年の時と比べても何ら支障はない。飛べるからだ。
だからもしかして便利なのはあちらの方なのかもしれないが―――こうやって、大きい姿で風を切るのも、悪くは無いと思っていた。長くこの姿でいたせいで、こちらの方が少々しっくりくるのもある。
彼には珍しく和やかな表情で長い廊下を歩いていた。すると、曲がり角を曲がった先に、金髪の逆立った頭が見えた。

「ん、死々若か? ……そうかそうか、風呂上りか」

妖気を敏感に察知したらしく、鈴木が座ったままそちらを向いた。死々若は鼻を鳴らして、一応鈴木の隣に立った。
鈴木が座り込んでいたのは、この屋敷の縁側だった。障子を開け放っているので、涼しい風が絶えず吹き込んでいる。陣がこの周辺の風を好む理由がわかる気がした。優しい風は、火照った頬に心地良かった。

「お前も入るんだろうが。……今は多分、陣達が入ってるだろうからお前は最後だな」

「ハッハッハ、オレが一番風呂に入れたのは一回しかないな」

当たり前だと死々若はまた鼻で息をついた。
前に、鈴木を先に風呂に入れさせた時、後から入った凍矢と死々若が酷い目に遭ったのだ。冷凍マグロになった後切り刻まれて、それからは鈴木も懲りたらしく、風呂に関しては何も仕掛けることはなくなった。
それ以後、鈴木を最初に風呂に入らせることはなくなったのだ。

「今度また薬を混ぜたら本気で殺す」

「科学者と言うのはな、実験結果を試す実験体がいて初めて成功するのだ」

「オレ達を実験体にするな!」

全く……と頭を抱える死々若に、鈴木はからからと笑った。その態度にまた血管が浮き出たが、諦めたように溜息をついた。
死々若が立ったまま、柱に背をもたれる。鈴木も胡坐を掻いて気持ち良さそうに伸びをした。
少しの間、二人は黙ったまま外を見ていた。割合長い付き合いなのだが、鈴木がこうやって黙ることもあると知ったのは、暗黒武術会が終わってからであった。

「どうして今日は、あの男の話を断ったんだ?」

「む?」

む、じゃない。死々若がしかめ面になり、会話を仕切りなおした。
「人間の社会についてはよく分からんが……あの男が話していたのは、お前の目標を正当に果たすためには一番良い手段だったんじゃないか?」
「ふむ、そうかもしれないな」
「カルトとやらも妖怪達だし、お前だって、その中身を直せば、良かったんじゃないのか」
「お前は相変わらず無礼だな、死々若。オレはこの中身も揃っているからこそ美しいんじゃないか!」
お前に無礼とは言われたくない。と返すと、鈴木は笑って「まあみんな似たようなものだ」と気にも留めない。
「じゃあ、何で断ったんだ?」
別に、ここまで鈴木の事を気に掛けるような深い理由も無かった。
しかし、あまりにも突然だった。コイツが意味の無い行動を取る時は何度も何度もあったが、それはあくまで自分達に意味が無い行動で、鈴木の中ではちゃんとした理由だったのだ。(もっともその理由も、『面白そうだったから』とか『興味深かったから』などと随分漠然としたものなのだが)
今日のあれは、「他の仲間と合流するため」に断ったと言った。が、そうだとしてもバッサリ全部を断ることは無かったはずだ。せめて連絡先を聞いておくとか、他にも。
そこまで考えて死々若はハッとした。鈴木なんかの為に、自分は一体何を考えているのか。
チッと忌々しげに舌打ちをすると、鈴木がうーんと唸った。
「それがなぁ、私にもぼんやりとしか理由が分からないんだよ」
その一言に死々若がズルッと滑りかけた。
「お前はバカか。何で分からないんだ」
「分からんものは分からん。ただなぁ……強いて言うんなら、」
何だ、と死々若が返答を待っていたら、鈴木が不意にこっちの顔を見上げた。
じいっと見つめられ、微かに不快感が生じた。見慣れてるだろうに、そんなにじろじろ見るものではない。そう口を開こうとした途端、鈴木の言葉の方が先だった。
「死々若も一緒にもでるとやらをやろうと言った瞬間、嫌な気分になったのだ。オレだけだったら喜んで引き受けたのだが、死々若とはどうかと言われて、何と言うかこう……もやっとしたのだ」
それは自分が一緒だから、気に食わなくて嫌だったという意味なのだろうか。だが、どうも鈴木の言葉は、そんなニュアンスは含まれていない気がしてならない。
「どうせ死々若はやるつもりは無かっただろうと、今考えると分かるのだが……」
そこまで言って鈴木は、もう一度死々若を見た。薄い藤色の長髪は、今は解かれて肩に掛かっている。布から覗く手足は陶器のように白い。不思議そうに鈴木を見ている顔は、そこらの俳優よりよっぽど整っていた。
そして、あ、と何か思いついたらしい。
「そうだ、分かったぞ。私は、死々若の美しさを広めたくは無かったのだ」
「……ハァ?」
納得納得、と一人頷いている鈴木が憎たらしい。自分にちゃんと説明しろと睨みつけてやった。
「死々若といると私の美しさは引き立つ! 死々若も美しいからな! だが、その美しさは、私の美しさと違って、何と言うかこう、とにかく広めたくなかったのだ。……んー、上手く説明できん」
広めたくなかった。それはつまり、一体どういう意味なのか。
広めたくないと言うことは、知られたくない。多くの人に、自分が美しい(らしい)と言うことを、知られたくなかった。とは、どういうことか。
そしてそれが、―――答えも明確に出ていないのに、表現できない安堵感に包まれたのはどういうことなのか。
鈴木も死々若も、あとちょっとで答えが出るところで詰まっていた。二人とも戦い以外は経験不足で、こういった感情には疎かった。
「まあ私も美しくて、死々若も美しい。今はそれが分かってれば充分な気がしてな。仕方ないから人間界進出はまたの機会にすることにしよう!」
「二度と行くか、あんな弱い奴らがたくさんいるところ」
「人間だって鍛えれば強くなる。オレ達を強くしたのは人間だぞ?」
「……」
「黙るなー、死々若ー」
死々若は鈴木の言葉を無視して、スッと立った。そして鈴木を尻目に、また廊下を歩き出した。
そう遅い時間ではないが、今日は何だか考えることが多くて疲れた気がする。早めに寝ようと、自分の部屋に向かった。
「もう寝るのか?」
「寝る」
「オヤスミ、また明日な」
「……ああ」
元美しい魔闘家現マッドサイエンティスト鈴木と、自らの美しさとは裏腹に中身は凶暴極まりない死々若丸。この二人がちゃんと自分の気持ちに気づくのは、いつになることやら。





- 58 -




しおりを挿む



戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -