意味がないから何もしないのか、意味があるから何かするのか。


不明瞭的ラバーズ


「おい、コンビニ寄ろうぜ」
「何買うん?」
小腹が空いていると答えた二宮に、それならば俺もと何を買おうか考える。
くぁ、と大きな欠伸をこぼす。眠い、と呟けば、辟易したように溜息をつかれた。
「練習中もよく寝てたくせによ」
サボり癖、もとい瞑想練習のことを言われている。通常練習に顔を出す頻度があまり高くない九十九への苦言だった。
それに対し、失礼なと九十九はいつもと同じ緩い口調で答える。
「今日はちゃんと練習出とったで? 比較的」
「普段と比較してんじゃねえよ。ていうか普段から出ろよ、このサボり魔」
「ひっどいわあ」
瑞穂のイケズ、とくねらせたようなわざとらしい声に鳥肌が立つ。つんと二の腕を指で突いてきたのが、なお気色悪い。
更に二宮の機嫌を悪くさせるのは、その呼び方だった。下の名前で、またはもじった愛称で、呼ばれることが何より嫌いだというのは、知っている筈で。
こめかみに青筋を立てながら怒鳴りつける。その様子を雷様だと、チームメイトの八嶋が言い捨てて逃げ出したのを、捕まえられず息も絶え絶えに舌打ちをしたのは少し前の話。
「名前やめろ! つーかキショイんだよ!」
「ええやんええやん、ホンマ頭かたいやっちゃなぁ」
知っているからこそ、からかっている。二宮が血管をぶち切りそうになりながら激昂する様子が楽しくて、とは、本人には言わない。流石に殴られるだけでは済まないだろうから。

可愛い、とは、お世辞でも言わない。というか言えない。こんな強肩で、ヤンキーで、目つきが悪くて、荒々しくて、以下省略。可愛いという形容詞が当てはまる要素はどこにもないし当てはめたら失礼にすら当たるのではないか。形容詞に。

けれど。
好きなのだなあと、思っては頭をぽりと掻いて、一先ずそこで決着させる。

けったいなものだな。感情が事実としてあることが、奇妙で。とりあえず誤魔化すために、コーヒーを買おうと声に出さず決める。無糖で。


ありがとうございましたー、と店員の高い声を聞きながらコンビニを出る。冷えた指先に、紙コップに入ったコーヒーの温かさが染みる。黒い水面を波立たせ、適度に冷ましながら飲んでいく。
隣の二宮が持っているのは袋に5個入りの唐揚げ。一つ一つが結構大きめのサイズで、野球部に限らず多くの運動部が買っていくものだ。齧った中から湯気が溢れ出る。あふいと中途半端な声を出しながら肉を咀嚼している。
「一口くれや」
「お前これで一口とか……ん」
諦めたように、爪楊枝に刺した一つを差し出す。おおきに、と言ってかじりつく。そのまま楊枝から唐揚げを引っこ抜くと、「一口じゃなかったのかよ」とぼやきながらまた一つに突き刺す。

麻痺している。普通のことのように思えて。普通と言えば、普通なのだけれど。
食いかけのまま返そうとしなかったのも、その食いかけを二宮が食べることになる、ということをなんとなく、誤魔化してしまいたかったから。

最初から楊枝ごと手で受け取れば良かった。そう思っても遅いので、もぐもぐと唐揚げを味わう。香ばしさと弾力と鼻を抜ける香辛料のにおいが一息つかせる。
「美味いなあ」
「味わって食えよ」
適当に返事をして、ゆっくりと飲み込む。そしてそのまま、何も入れていないコーヒーを口元へ運んだ。純然たる苦みと風味があれこれを流し込んでいく。温かさに内側から満たされていくようだった。
そしてまた、だらだらとくだらないことを駄弁りながら歩いている。監督はおっかない人やなあ、と言えば、そう思うなら少しでも機嫌を損ねないように練習に出ろ、と返され、まあぼちぼち、と笑えば、お前なあとやはり溜息。


強いて言うなら、何の意味があるのか。感情も、この時間も。
隣にいることでさえ、意味というのを求めたら、色よい答えを出せるだろうか。
日々適当人間として生きている。適当でないことはもちろんあるが、自由人とはよく言われ、自分なりにスタンスのようなものはある。
その上でふと、考える。悪態つかれて、それを流して、ふざけて笑い合って、―――触れて。意味があるのか。小さく疑問に思い続けるのは、何に許されたいからなのだろうか。
どことなく違和感を覚えながら―――こんなことを思う自分に、時折その肌をなぞる指先に―――彼に接する。それを閉じ込めるとか、表に出さないとか、そんなことは意識する必要もあまりなく、流れていく。たまにこうして、流れて戻ってくるだけの話だ。

難儀なようでいて自分の基本スタイルのようなものでもあるから、やめるやめないの話ではまたない。
九十九がまたへらりと笑う。二宮がふくらはぎを蹴っ飛ばすが、それをひょいと片足を上げて避ける。「避けんな」「無茶言うな」お前より非力なんやから、と言うと「確かにな」としれっとした二宮に、九十九の口の端が引きつる。それを見た二宮が、少し得意になったような表情で笑った。
餓鬼みたいに笑う。お互い餓鬼であることに、変わりはないのだけれど。

それがどうにも、好きで。色々と思考の水に揺蕩わせてはみるけれど、彼が好きで。
空いた片手で、なければ落ち着かない口元の小枝を取る。こちらを向いたその瞬間、視線と唇がぶつかった。
すぐに離れると、次第に目を見開いていき、暗いこの時間にも分かるほど、髪の色に負けないほど、二宮は顔を赤くした。
「おま、え、ここ、外だろ!」
「すまんつい」
「すまんじゃねえよボゲ!」
「謝っとんのに」
その一言で堪忍袋の緒がブチ切れたらしい二宮が、それを予測して少し離れていた九十九と距離を詰めようと駆け出した。
元々走力は九十九に分があるが、このあまり長くない帰路の途ではあまり関係ないだろう。暫くダッシュしたところで、二宮が九十九の長くなびく髪をふん掴んだ。

いっ、と痛そうに声を上げて、後ろに体が反る九十九。乱暴に髪を打ち捨てるように離す二宮。その顔が、先ほどと同じように近づいた。
痺れるような感覚。食い込む硬質。熱と湿り気とほんのわずかの痛みを、耳に感じて。

「……バーカッ」

言い捨てて、今度は少し遅く駆け出す二宮。他に、言うことはないのか。妙に子供臭いところがあるのは、知って、いたが。
足が自然と、止まる。ぎこちなく手を、耳へと持っていく。噛みつかれた熱に感化されたように、熱い。そしてそれは、耳だけでなく、顔、頭へと、蔓延しているような予感がした。

「……せやから、反則やって」

照れ笑い、言い表すならそんな表情が、自分の顔面に浮かぶのが分かった。
頬の熱さを誤魔化すように、しょうがねえなあとでも言うように笑うことしか、今は出来ない。


許されなくても、意味があっても、なくても、とりあえずは。
事実は事実。キスをしたことも、噛みつかれたことも、触れ合うだけ許されていることも、全て。わざわざ否定してやることは、どこにもない。

無駄に追うことはせず、やがて九十九は足を進める。明日は何て言ってやろうか。そんなことを考えると、小枝をくわえ直した口元に、ふっと笑いが浮かんでいた。

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