「あはは、美味しいですね〜」
「それで終わりにしろよ、ったく……」


††罪作りにも程がある††


酒臭い。今オレがいるのは、下仲の家のリビングだ。普段は綺麗に片付いていて、およそ独り暮らしの男性の部屋とは思えないくらい整理されているのだが…。

「お前…一体何本空けてんだよ!」

「えぇ?そんなにおおくないれすよ?だってホラぁ」

「…嘘つけ、この酔っ払い……」

ほらと指で示されたのはここに二つあるうちの一つ、テレビと、彼が座っているソファーの間においてあるテーブルの上。多くない、とはどの口が言っているのだろうか。
ビール瓶が2本、ワインが入っていた濃い紫のビンが1本、日本酒と思われるものの空瓶が大小合わせて4本ほど。

…何をどう見てどうしたら、そんなに多くないと言えるのか。オレが溜息をついているのを下仲は気にもせず、楽しそうに笑いながらまだ残った酒をグラスに注いでいた。

「こにしさん、飲まないんですかぁ?」と言って、オレにグラスを差し出してくる。

「だぁっ!さっきので終わりにしろって言っただろうが!」

「らって、別に二日酔いとかなりませんもん…」

酒が大量に入った所為で赤くなった顔と、潤んで零れそうな青い目、普段ならば絶対にしない、あからさまなくらいに唇を尖らせて拗ねた顔で見上げられる。
…お前はオレの理性がそんなに長く保つと思ってんのか!そんな顔して上目遣いでグラス銜えて見るな!舌足らずな喋り方な上に、もんって何だ、可愛いんだよ!!

…違う、待て、落ち着け。話がズレた、全力で。
確かに、下仲が次の日に酔いを引きずると言うことは見たことが無い。そこら辺は恐らく、半分フランス人だからだろう。日本人や中国人などの黄色人と比べると、白人達はアルコールを分解する酵素が多いらしい。だからと言って、ここまで一晩で酒を飲み干すのも心底どうかと思う。
いくら明日が休日だからって、オレがここに来た頃には既にこうやって出来上がった状態になっていた。早すぎる。ペースも早いが、飲み出した時間帯も早い。味皇ビルから帰って、ここに来たのが9時だぞ?仕事が終わったのが8時頃だったから、約一時間。
明らかにおかしい。酒に弱い人間なら死んだっておかしくないようなハイペースだ。オレはさっきから、身体の調子も心配してこうやって言ってるのに、彼はとんとお構い無しだ。
下仲は酒が好きで、かなり耐性がある(ただし基本趣向は日本酒寄りだ)。ただ、ある一定の量を超えると、あっという間にこうして泥酔状態だ。意識もはっきりしてるし、どこか痙攣が起きると言うことも無いから、泥酔と言うのもやや違う気はするが、いつもの下仲からは全くの別人にしか見えないのだから、言いたくもなる。
笑い上戸になって、通常からは考えられないような素直な態度、一気に若返ってしまったような、むしろ子供みたいに感情を表す。一応、大人だと言う自覚はあるらしく、オレに敬語を使ったりはするのだが…現状こんな感じなので、説得力は殆ど無い。

以前にも、一度こういうことがあった。そして、下仲がこうなるまで酒を飲んだ理由を、きっと彼は無意識に話していた。



『…ったく、何でそんなに飲んでるんだよ…。あーあ、これも空けちまったのか』

スマートな形をした瓶を逆さにする。少し前に、下仲が地方に行って買ってきた、随分値の張る銘酒だった。あの時オレは、下仲が思考回路すらあやふやで、この酒を空けてしまったのかと思っていた。だがそれは違っていた。
ソファーに微妙にうつ伏せになっている下仲に話しかけた。オレの声に応えるように、下仲が仰向けになり、自分の腕を顔に乗せて、隠してしまった。

『お前なぁ…明日酔い醒めたらどうするんだよ。後悔すんぞ?』

『……後悔なんて、しないです……』

オレが来たときには既に目もとろんとしていて、如何にも眠る寸前ですと言いたげな顔をしていた。だからオレは、普段は見せないような行動に、半分呆れて半分不思議に思いながら、下仲が占領していて座れないソファーの下に座った。そのまま手を伸ばして、そっと髪を撫でてやった。それに小さく唸ってから、下仲は両腕でまた顔を覆った。

『……どうした』

耳に顔を近づけて、トーンを落として囁く。ピクッと身体が反応したのを確認して、また金糸を弄る指を動かす。安心したように、瞼を下ろしたのが腕と腕の隙間から見えた。

『…小西さん、が、悪いんですよ』

『…何で』

正直、下仲のその答えは、予想していなかった訳ではなかった。きっとそれ以外の理由だったら、彼のことだ、もっと別のもので憂さを晴らす。または直接それを跳ね除けに行く。でもオレが対象だったら、まず本人には相談しないだろう。…酒に向かうとは予想していなかったが。

『だって、小西さん、優しくなっちゃったから…』

『…んだよ、お前に優しくしたら嫌なのか?もっと乱暴に扱われたいのか?』

『違う…、…僕に、もっと優しくして欲しい…。他の人にもしていいけど、それ以上に、僕に……』

目を見開いた。そして、やっと、漸く、彼がこんだけ酒を煽ったのかが分かった。

これは、こいつの甘えだ。

嫉妬心とはちょっと違うと思う。違うと言うか、それ以上に、甘えてきていると言った方が正しいと思ったからだ。
だから下仲は、羽目を外すくらい酒を飲んだのだ。頭の良い彼のことだ、自分がどれくらい飲んだらこういう状態になるか、知らないはずも無い。そしてオレが、そんな風になった自分に、きっと世話を焼いてくれると思って。普段の一人称すら使わないで。

『……バカ』

オレが考えている間に、夢の世界へ旅立った下仲に、小さく言った。
甘えたいなら、優しくされたいなら、素直に言えばいいじゃねぇか。

まあそういうところが彼らしいし、可愛いところでもあるのだが、こちらとしてはやっぱり、そんなに頼りないのかと少し情けなくもなってしまった。
だから、今度からはこういった態度にキチンと気がつけるように。赤らんだ寝顔を見ながら、密かにオレはそう心に誓った。



…のだが、どうしてこうなってしまったのか。
別に不快なわけではない。むしろ嬉しいのだが、割と細かく注意を払っていたのに、結局原因が分からず、彼はこうして酔っていた。複雑な気分だ。

下仲はこれだけ酒が回っても、記憶が飛ぶということは全く無いらしい。銘酒を空けて、翌日にその空瓶を見せても動じず、飲みたかったから開けたんですと言い切ってくれた。顔には後悔の色が微塵も見えなかったので、本当なのだろう。ちなみに、オレに言ったことを憶えているかどうかとは聞かなかった。下仲も自分からは言わなかった。

やっぱり、オレが何かに気がつけなかったのか、
それとも下仲はまったく別の理由で飲みだしたのか、
それともただの気まぐれからなのか…。

自分が情けなくなり、空き瓶を適当に片しながら小さく溜息をついた。それを、いつの間にかソファーに寝転がっていた下仲が聞いていたのは露知らず。オレは惚れた弱みかなとか何とか思いながら、一応空き瓶を全てキッチンに持っていき、戻ってから前回と同じようにカーペットの上に座り込んだ。

「……また、オレ、何かしたか…?」

「なんかって、なにがですか?」

「………」

まるで鸚鵡返しだ。からかわれているようにも、怒っているようにも見えてしまって、オレは言葉に詰まった。当の本人は、未だ手に持ってる空っぽなグラスの縁を、誘うように赤い舌でなぞっている。
普段の彼とは違う、だらしない、どちらかと言えば厭らしい様子。別に、それが嫌なわけじゃない。けれど、…やっぱり自分が、分かることのできない自分が、情けなかった。これが本当に誘っていたとしても、それすら判断できないのだ、所詮。
あー、とか気の抜けた声を出しながら、ソファーの座る部分に寄りかかる。首を後ろに回すと、自分の顔のすぐ近くで、下仲がどことなくぼんやりとした顔でにんまり笑っていた。
ああ畜生、可愛いな。そう思いながら、悔しくて目を瞑ったら名前を呼ばれた。

「かずやさん、」

何処か幼くなって、上手く舌を使えない呼び方で、そんな風に言われたら目を開けざるを得ない。どうしてもコイツには弱いよなオレ、と思いながら目を開いた。

視界に広がったのは、彼の整いすぎた顔立ちだけだった。
睫毛が長いとか、綺麗とか、そんな事をパニくった頭で考えている間も、濡れた柔らかい唇は、自分のそれに押し付けられていた。

ちゅっ、と水音が響いて、下仲が離れた。オレはしばらく呆然とした後、

「……っっっ!?」

と、声にもできない声を出してもう一度パニックに陥った。そんなオレを下仲は指で差しながらからからと笑っている。そうさせたのはお前だろうが。
何を今更こんなことで動揺してるのかとは、自分でも思う。自分から不意打ちでする場合もあるし、コイツからされたことだって数は多くないがあることにはある。だが、しかし、今この状況でされるとは、誰が思うのか。

自分の唇に触れれば、熱が、アルコールの苦味と甘さが、残っているのが分かった。眉を顰めて、息を呑む。下仲がこれ見よがしに唇を一舐めした。挑発してるのか、誘ってるのか。―――両方、かもしれないが。

「…基之、」

ここまでされて、煽られないわけがない。余計に怒られるかもしれないが、後で土下座でも何でもしてやる。そう思っていたのだが、

「ダメ、待って、ちがいます、」

いきなり出鼻を挫かれた。文すらも上手く組み立てられていないのに、何が違うだ。しかし、はっきり駄目だと言われてしまえば、何かするわけにもいかなくなる。

「……じゃあ、何なんだよ」

オレにどうしろと。そんな言外に含ませた言葉が聞こえたかどうかは知らないが、下仲はオレの顔に手を伸ばしてきた。

まるで猫がじゃれるように、オレの髪の毛に手を差し込んだ。そのまま指で梳かれる。アルコールの所為で熱い指先が、髪を弄りながら時々肌に当たり、むず痒くて、じれったい。

下仲の顔を見ると、娼婦のように淫らで美しかった表情は、初めて恋をする少女のような可愛らしくはにかんだ笑顔に変わっていた。おかしいよな、男なのに綺麗すぎて可愛すぎるコイツが悪いんだ。
彼は、ふにゃりと、本当に幸せそうに笑っていた。


「だいすき」



―――要すれば要すると、結論として言えば、前回と答えは、同じだったようで。
(こいつにとって、甘えたいってのは素直になりたいってことと同義語らしい)


…オレもだよ。と、茹で上がった顔のまま、もう一度キスをしなおした。

あ、間違えた。きっとオレの方がもっと好きだな。お前が言ったから、余計にそう思っちまったんだよ。
あーもう、全くもって、



罪作りにも程がある
(どこまでオレを惚れさせれば気が済むんだ、このど天然たらしが!)
(…もしかしたら確信犯かもしれないけれど!)


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