綺麗だ…と睦言のように呟くと、否定の言葉は飛んでこず、少し恥ずかしげに目線を逸らした。さっきから自分でそれ以上のことを言っているはずなのに、正気に戻ったのだろうか。その仕草すら可愛いのだが。
「かず、や……もうっ……っは、ン…」
限界、とは直接言わず、出来る限り遠まわしに意思を伝えた。それを汲み取った小西は腰を動かして、少し浅い位置に自身を移動させた。
「オレもだ…、……中に、出しても平気か……? 嫌なら……」
「だ、…大丈夫、です……だから…、……はや、く……」
最後の方は消え入るような声量になってしまったが、しっかり小西の耳には届いたらしく、唇の端を微かに吊り上げた。ぐち、と接合した部分からまた音が聞こえ、少しずつ腰を動かし始めた。同時に、足りない刺激を補うように、中心にも片手を伸ばしてやる。
「あっ、……っ、あ、うあっ…! ん、んあっ、っ、…っあ……!」
「ッ、……好きだ…、……好きだ、…好きだ……!! …基之、…愛してる……!」
下仲に対する恋慕の情が、とめどなくあふれ出す。好きだ、と、三文字を紡ぐことが、こんなにも幸せだなんて知らなかった。こんなにも切ないなんて、知らなかった。
それに頷いて、何度も頷いて返してくれることが、こんなにも嬉しいなんて、―――嬉しい、なんて。

ぎゅうっと下仲が小西にしがみついた。自分が頼られていることが、必要とされていることが分かり、自分も彼が必要だと、表すように、残った片手でその細い肩を抱いた。



小西は知らなかった。
今日の昼過ぎ、一人の女性がテーブル上の書類とにらみ合いをしている小西に近づいてきた。
「小西主任、お疲れ様です!」
今時の女性らしく、明朗快活で可愛らしい、巷で噂になっている料理会の新人コックだった。短く切りそろえられた茶髪が、清潔感を醸し出している。
「ん? おお、ありがとう。…えっと、確か君は…」
小西は労いの言葉と共に差し出された茶を受け取って、礼を言う。相変わらず、こういうところは律儀な男だった。
「あ、大丈夫ですよ、無理に思い出さなくて。…私がしたかっただけですから」
「いやでも、把握し切れてないって言うのも…、…何か言ったか?」
「…何でもありません。そんなことより、小西主任、無理はしないでくださいね? 私、小西主任に憧れてるんです! でも身体壊しちゃ元も子もないので…」
尊敬している、と言われて嬉しくならない訳が無いのだが、小西としては少し複雑な心境であった。
(少年達に負けたオレに憧れる、か)
微かに苦笑いを浮かべながら、項垂れた彼女に声をかけた。
「無理なんてしてねーよ。…でも、気遣ってくれてありがとうな。オレもまだまだ頑張らないとな」
「…! あ、いえ、そんな…」
自分に向けられた笑顔に、今度は別の理由で少し視線を落とした。小西がいぶかしむ様な顔でそちらを見たのは、彼女は知らなかった。


そのやり取りを、下仲が陰で見ていたことを、小西は知らなかった。


正確に言えば、丁度二人に対して死角のところで、偶然その会話を聞いてしまっただけに過ぎない。だがその偶然は、とてつもなくタイミングが悪かったことは改めて言わなくても良いはずだ。
ひゅ、と息を飲んだ。気がついてしまったのだ。若い女コックのほのかな恋情に。
本来、きっと悟れるものではない。彼女に近い、同性でない限りは。しかし下仲はその表情が見えてしまった。陶酔とも尊敬とも崇拝とも違う、恋する心を、その顔に見たのだ。恋する女性特有の美しさがにじみ出ていて、誰が見てもきっと彼女を可愛いと言っただろう。
だから下仲は、足が止まってしまった。何食わぬ顔で小西の前に出て居ればよかったかもしれない。知らない振りをして話しかければよかったかもしれない。かもしれないは、既に過ぎた時点では出来ないことだった。
下仲には、そんなことは出来なかった。何のことは無い、嫉妬心と、独占欲と、諦めに似た気持ちが、脚に絡みついて動けなくした。

女々しいにも程がある、とは何度も心の中で呟いた。呟きはたまに怒鳴り声となって、頭の底に響く。受け止める側に回ってしまった時点で、思考回路すらも女らしくなってしまったのだろうか。
それでも、それでも止まらなかった。ぐるぐると渦巻く、どす黒い感情。それをひっそりと留めさせたのは、どうしたって覆せない、性別に対する切ないぐらいの劣等感だった。
いつからこんなにも彼を必要とするようになったのだろう。執着と言った方が正しいだろうか。彼が自分を見ていないわけが無いのは、分かっている。彼から言ってきたのだから。
しかし、それはいつか変わってしまうかもしれない。元々、同性を求めるのは、本能に丸っきり逆行しているのだ。種の保存という名の、太古から刻まれ続けてきた生物の本能に。
そのいつかは、きっとまだ今じゃない。それぐらいは確信できるほど、小西和也という男の事を知ることは出来た。不器用で大雑把だけれど、面倒見がよくて、誰よりも一本筋が通っている。何より、ぶっきらぼうな優しさが、下仲は好きだった。
“いつか”がずっと来なければ良いのに。触れられた時、愛を囁かれた時、子供のような寝顔を見た時、その考えは突然に頭の中をよぎった。下仲はそれに頭を振って追い出し、素直じゃない態度で返すのだ。こういった態度を取るのは自分の前でだけだと、小西が分かっているから出来ることで。そして彼は下仲とは真逆に、それはそれは真っ直ぐな愛でまた返す。もしくは受け止める。お陰で下仲の考えは、多分、今の今まで感づかれてはいない。
もしも感づいたら、あの人はどうするだろうか。
『オレがお前を女の代わりにしてるとでも言うのか!?』
きっと、細部は違くともこう言ってくれるはずだ。そこまで予想できている、――そう言ってくれるのを願っているのは、自分が人よりも少しばかり賢いからだ。下仲は度の過ぎた謙遜はしない。だって賢いだけでなく、考えすぎる質であることも知っていたからだ。
人はこれをただの、予想と呼ぶ。もしくは妄想。あるいは想像。いっそ願望。いずれにせよ、事実でないことには代わりが無いのは明らかだった。


女だったら良かったかもしれないな。
普段は決して口に出すことが無い言葉。それを声にならない息で口にする自分の顔は、誰が見ても不器用に歪み、自嘲もしきれていなかった。
爪が突き刺さって痕が残るくらい、拳を握った。そしてその場を後にした。


今日は、金曜日。明日明後日は週末で、自分たちも休みになることには変わりは無い。料理人ではあるが、それ以前に味皇料理会という管理職の幹部なのだ。
今日も小西は自分に尋ねてくるはずだ。家に行って良いか、か、ウチに来ないか、とは分からないが、とにかく一緒に過ごそうと。その問いに自分は、良いですよと微笑む。



いつもなら妙な勘繰りをされたくなくて、なるべく痕は残さない。残してしまえば、くっきりと目に見えて、誰かの所有物という証になってしまう。だから残したくなかった。
だが今日は違う。もしも彼女が小西に告白したとしても、自分が泥棒猫と罵らない代わりに(大体盗られてもいないのに泥棒猫もおかしいし、自分がその台詞を言うのが似合わなさすぎて笑いがこみ上げた)、彼は自分のもの。それを証明する爪あとを、残したくなった。たまには素直になったって、求めたって、罰は当たるまい。目に見えて小西は、いつも以上に興奮するさまを見せた。非常に分かりやすかったが、こうも喜んでくれるのかとも思い、こちらまで嬉し恥ずかしい気持ちになった。
これからはもう少し、素直になっても良いかなと思いながら、たくさん、たくさん痕をつけた。
だれに見られることも無い醜い独占欲を、どうか彼も同じだけ持っていますようにと消えかける理性で願いながら。






今日、どうしたんだ?
どうしたか、言わなければいけませんか?
…言いたくないなら、いい。オレももう聞かない。
(優しいな、)貴方が好きだと、改めて思っただけの話です。
……酔ってないよな。お前、今。
失礼な人ですね。酒なんて、ほとんど入れてないでしょうが。
だよな、オレの勘違いじゃないな。……好きって、言ったよな。
………言ってはいけませんでしたか?
だってお前、結局ヤってる途中では言ってくれなかったし……。
あれはあれ、今は今、です。…ダメ、でしたか?
……逆だ。もっと言ってくれよ。そしたらオレ、まだ…
重い、です。…どうせなら、腕枕じゃダメですか?
…分かったよ。コレでどーだ、お姫様。
……誰が姫ですか。気色悪い。
案外そういう顔してねーけどな、お前。
枕は大人しく、枕になっててください。途中で腕抜いたら怒りますからね。
分かりましたよ。……オヤスミ、基之。
…おやすみなさい、和也さん。


(やっぱり、貴方が好きです) (それはもう、いざとなれば形振り構っていられなくなるくらいには)


fin.

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