Monopolic Jealousic Syndrome



「基之」
静かに名前を呼ばれ、胸の底に予感をそっと忍ばせながら、ベッドに腰掛けている小西の傍に近寄った。小西が腕を伸ばした。
少しだけかさついた唇が、下仲のそれに触れる。小西の口唇とは違い、見たとおりにしっとりしていて、薄く柔らかい唇だった。およそ男とは思えない。
だから下仲とのキスは気持ちよく、長く触れていても自分から離れようとすることは少なかった。大抵は彼に肩を押されて、名残惜しく離れるのだ。
小さな啄ばみは、やがて貪るようなくちづけに変わっていく。すると下仲が、多分際どいところで力が抜けるのを抑えながら、ベッドにへたるようにして腰を下ろした。
同性相手に、どうしてこうも歯止めが利かないのかとは思うが、それよりも大前提として置いてあるのが、好きな奴との行為と言うことだったので、今更どうしようと考えるのはやめた。好きだから触れたい。止まらない。それで良かった。
しかし今日は、いつもより長くキスが続いた。小西が離れないのは勿論だが、何故か下仲が止めるような素振りを見せない。互いの息遣いと触れ合っているシャツの衣擦れの音しか聞こえず、少しだけ触れて離す。それをずっと繰り返している。終わりは、見えない。
目を閉じて柔らかい感触を愉しんでいたら、ふと、自分の唇に温く濡れた物体が当たった。何かと不思議に思う暇も無く、少し開いていた口腔に、ゆっくりと舌が入り込んできた。言うまでもなく下仲の舌だった。
彼が自分からディープキスをしようとするなんて、滅多に無いのだが。先ほど唇を舐められたのは、有無を言わさない「始めの合図」だった。


それからすぐに、水音と、乱れる二人分の吐息が、控えめに部屋に響き始めた。下仲の細い肢体に回した、太い腕にも力が入る。
深い口付けを交わしていると、最初は無かった、白く長い指が、小西の背中にぎゅっと食い込んだ。その微かな痛みさえ今は、心地良い痺れと思えた。
しばらくすると、背中にあった飾り気の無い彼の手は、するりと慣れた所作で、キスの相手の逞しい首に絡みついた。
生ぬるい水音と、熱い口内から聞こえる妖しい吐息と呻き声は、この上ない快楽だと一人頭の中で呟いた。
だが同時に、思考の奥をある疑問が掠めていったが、長く長いキスを繰り返すうちに、そのままそれは意識の波に浚われてしまった。


やはり、大の男二人分の体重は随分な負担らしい。いつものように、ベッドのスプリングが割りと大きな音を立てて軋んだ。二人分の重さだけ、深く沈みこむ。
「は、ぁ、…っ…んんっ…! っ、つ……ふあぁっ…!」
自分ではいっそ煩わしいほどの嬌声が、口から絶えず漏れる。それは不自然な挿入によるものではなく、張り詰めて立ち上がっている下仲の自身に手を使った悪戯が続いているからだ。小西の無骨な指が何か動きを見せるたび、下仲は柳腰を揺らして一層小西を締め付けた。
自分の幹が締め付けられる毎に、小西は快楽と共に襲う圧迫感に顔を歪めた。少し篭った、焼けるような長い息を吐く。
「……っ、ハッ……、…今日は、声、…抑えないんだな……」
「っひあ! あ、ぁ…ッ…ひ、…うあ、ぁ…はぁっ…」
鼻から抜けるような甘ったるい声と息に、下仲の後孔に挿し込まれた目の前の大男の一物が、そのサイズを更に増やした。細い身体が驚いたように跳ねるが、その本人はすぐに落ち着いて、素早く小西にくちづけた。
湿った息遣いを意にも介さず、二人は目線が合えば、どちらともなくキスを交わした。それは触れるだけだったり、舌を絡ませたりと気まぐれなものであったが、互いに、その熱に、頭の芯から酔い痴れた。
その繰り返しの最中、下仲は不意に舌根を吸われ、息苦しくなった。だがそこで、お返しと言わんばかりに、それ以上深く舌で抉るようにされてみれば、小西は更に喜んで、もっと濃密にディープキスをかました。
粘着質ないやらしい水音が聴覚を犯す。次に、様々な熱い感触を、皮膚で、粘膜で、全てで感じ取った。感じ取る、という言い方では足りないことは分かっていた。いっそ狂おしいほどに、ぶつかり合った。
互いの肌を流れる汗の感触すらももどかしく、二人は、―――特に下仲が、自分の目の前に居る相手を抱きしめた。いや、抱きしめたよりも縋りついたと表現するべきだろう。それぐらいきつく腕を回し、しなやかな脚を背に絡め、深く口づけ合った。
腰の動きはそれほど激しくする訳にはいかないが、敏感な部分を弄る指と、雪肌を滑る手の動きだけで、頭がぐらぐらとするような、おかしな快楽は充分に満ちてしまっていた。
「アっ……ぁ、ぅ…ひっ…や…和也っ、さ…、…かずや、さぁ…んっ…」
広い背中に力を込めて爪を立てた。整えられた爪が、血が滲むと思えるくらい、浅黒い肌に強く食い込んだ。先ほどからそれはずっと不定期になされていた為、肩甲骨の辺りには赤い引っかき傷が何本も生々しく残っていた。
小西の行動は、それでも基本的に優しくて、自分の行いの代償だと思い、痛みを咎めることはしなかった。むしろそれを愛しき痛みとして受け止めて、代わりに自分は、下仲の美しい身体のパーツに、物理的に出来うる限りキスを落としていた。たまに肌を吸い上げ、赤い花弁を散らしながら。


小西はふと、事に及ぶ前に浮かんだ疑問を、また意識の中に浮上させた。どうして彼は今日、こんなにも積極的なのだろうか。
確かに、最初は自分のキスから始まった。しかし、もっと深い行為を望んできたのは、下仲からだった。舌を絡ませてきたのもそうだし、何より今日は、普段のような憎まれ口や拒否になっていない拒否の言葉が出てきていないのだ。
正直に言うと、下仲がこうして抵抗をしないことなんて、今までに見たことが無かった。いつもは、自分が恥ずかしいのと、少しでも小西に負担にならないよう、声を出さないようにしたり、故に自分の唇や指を噛んだりしている様子が見て取れるのに、むしろ今は、決して口では強請らないが、自分からせがんできているようにも思える。思えるどころじゃなく、明らかに欲しがっている。少なくとも、小西の身体に傷をつけようとするくらいには、遠慮が無かった。―――あくまで、良い意味で。


「ひゃっ、う…んあっ…かず、や、さ…、…っかずやぁ…! …、あっン…!」
考え事をしながらも下仲を嬲ることを止めずにいたら、淫らな声と共に真名を呼ばれた。しかも二回目には、舌足らずの、甘えるような呼び捨て。彼がこうなるのはよっぽど思考がかき乱されているか、自らの意思で、小西の名前を呼び捨てにしようとするかのどちらかだった。
それは今の小西には分からなかった。と言うか考える暇もあまり無いほど、名を口にした下仲の全てが、とてつもなく艶めかしく、扇情的であったからだ。
どうしても生じてしまう痛みで、海の色によく似た深い紺碧の瞳はゆらゆらと潤み、それに耐えるよう瞼を強く閉じれば、透明な雫が恍惚と上気した頬を伝った。だが目を開ければ、同時に沸き起こる興奮でとろんと目尻が下がっていた。その顔もまた、少女のように可愛らしいが美しすぎる故に背徳的で、背筋を冷たく熱い何かが駈け抜けていった。
瞳だけではなく、表情自体、元からの艶っぽさと美しさも加わり、異性であろうと同性であろうと情欲を感じない者がいるわけが無い。そう言い切っても良いほど、下仲は全てが妖艶だった。
事実、小西はこの蕩けそうな顔を見ると、なけなしの理性が粉々に砕かれるかどうかの瀬戸際に毎回立たされている。大人、そして彼よりも年上と言うプライドが常にギリギリのところでそれを防いではいるが、いつ決壊しても何らおかしくは無かった。

……まあ、下仲がこういった顔をすることは自分の前以外では有り得ない。むしろさせているのは自分だ。それが優越感として胸の奥からこみ上げてくるのは、許されることだと思いたい。

「……っ、……ほん、とに、…珍しいな……ッ…、…名前、呼び捨てか……」
「ッ、あ、アッ! ……ひ、っつ……んっ……!」
既に一度吐き出した欲と、なおも溢れ出す無色の液で、下仲の脚の間は濡れそぼっていた。もう限界も近いはずだ。
胸の突起にも舌を這わす。つんと膨れる飾りを舌で押しつぶし、律儀に華奢な体つきが跳ねると、小西はやや薄い胸板から顔を上げて、そこから徐々に熱くなった舌で首元へ舐め上げていった。
夜色の眼下にさらけ出された白い喉笛は、なるべく目立たない位置にと配慮したキスマークが二、三個つけられていた。それらを愛おしそうに再度舐めると、そのまままた下仲にくちづける。自分が舌を入れなくても、彼から深く望んでくるので、小西は快くそれを受け入れた。
自分も絶頂を迎えるまでそう間が無いことは分かっていた。ほぼ一緒のタイミングで唇を離すと、銀糸が重力に逆らえず、下仲の口元に落ちる。それを、ぼうっとした表情で唇を舐める仕草が、酷く淫猥だったため、もう一歩絶頂に近づいたのが分かった。
「んんっ、ん! ……っ…あ、ぅ…」
力の抜けかけた膝裏を抱えて、繋がりを更に深いものにすると、先端が掠ったのか一際高い声を出した。同時に中の肉壁が一瞬強く締まり、その窮屈さに顔をしかめる。だがそれも、次の彼の一言で、一切がどうでも良くなるとは予想もしていなかった。


鼻先が触れるほど顔が近い。涙と汗と、受け止め切れなかった唾液とで濡れた顔が、小西の肩口に寄せられた。
ぎり、と肌が吸い上げられる。ついでにその痕が噛まれる。瞬間の痛みに少し眉を顰めると、下仲が小西の目を真正面に見据えて言った。
「……か、ずや、…ぁ…、…もっと、…もっと……して……?」
悩ましげに下げられた目つきが、その底に宿る光が、言葉を本心だと伝える。小西が生唾を飲み込んだのを悟ってか知らずか、下仲はなおも言葉を続けた。
「キ、スも、……ハッ…全部…、僕に、……っして……」


貴方を、ッ僕に…、…全てを……、……下さい……


普段、そしていつもの情事時とは、今日の彼は全くの別人と言えた。いつもならば、普段ならば、己から欲しがるなんてことは、口が裂けても言わないはずなのだ。
今、下仲が言ったことが、快感を求めてなのかそれとも、―――自分自身を欲しいと言ったのかは、分からない。正確に言えば、答えを悟りつつも、普段の彼と同じように、口には出さないだけだった。
ただ、
「んっ! ッ……ふ……」
彼のお望みの、キスを。深く、濃厚な、たっぷりと愛情が込められたくちづけを。呼吸をすることすら忘れるほどに、唾液で濡れた唇を己のものだと塞ぎこむように。
「……オレは、お前に全てを、捧げる。言われなくたって、…いつも、そのつもりなんだがなッ……!」
言いながら、やや桃色に近い彼の中心を握りこんだ。わざと音を立てるように扱いてやると、下仲の身体がその刺激によって弓なりに反った。
「ふあっ…! あ、ッ、…わ、分かっ、てる……でも、っあ!」
下仲の言葉を邪魔するかのように、特に感じる部分への刺激を続ける。何度も身体を重ねたため、自分が触られることにも慣れた身体は、いつも何やかや言いながらも律儀な反応を示した。
しかし今日は、やはりその何やかやが、全くと言って相違ないぐらいに、下仲の口から発せられることは無かった。
「……知ってるさ……、…でも、……オレにも、言わせろよ…」
熱く震える自身から手を離し、付着した蜜を手早く舐め取って、下仲のことを抱えるようにして抱きしめた。形の良い耳元に口を近づけた。

愛してる……

それを聞いた瞬間、思わず身震いが起きた。身体の奥に、じくじくとした熱がこみ上げてくるのを感じる。愛しくて、切なくて、それこそ、どうしようもないほどに。
目許を伝う涙が僅かに量を増やした。自分の上に乗っている大きな体躯に、思い切り抱きつく。小西は何も言わず、もう一度抱きしめ返した。元々、そう口が達者な方ではない。伝えたい言葉が伝われば、それで充分だ。
「……可愛いな、本当……」
口から本音が零れる。それに対しても、下仲は何も言わなかった。いつもなら、異性に対する言葉だと言って突っぱねられるのだが、今は本心を言っても、怒られないことが嬉しかった。
目尻を濡らす雫を舐め取る。今度は逆に、目許から下へ口づけを降らせていく。


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