++始まりはキスからで?++




少ない洗い物を片付ける背中を見ていたら、ふと悪戯心が湧き上がった。


「…下仲」

名前を呼んで、ソファーから立ち上がった。この家は、リビングからキッチンが見えるようになっている。一種の吹き抜けのようなものだろうか。流しやコンロの前に立つ後姿がハッキリと見て取れる。
オレが呼んだ当の本人は、手際のいい動き方で泡まみれになった食器を水に流していっている。だが、彼は生憎と言っては何だが、耳が良い。
捲った袖を下ろして振り向こうとした時には、オレはそのすぐ後ろに歩み寄っていた。

「何です、―――っ、」

下仲が振り返った瞬間を狙って、唇に触れた。相変わらず、薄くて柔らかい。だから気持ち良いし、やみつきになるんだ、コイツとのキスは。
でも今は、少し触れるだけ。すぐに離れた。ただし、背中と腰に回した手で、そのままホールド状態だけど。

「……本当に、何です、か……」

目を開けると、下仲は微かに赤らんだ顔で目線を逸らしていた。微かとは言っても、元の色が男とは思えないほど白いから、充分分かりやすいものだった。
ただ、耳だけが正直に赤く染まりあがっていた。

「お前の後姿見てたら、すげーキスしたくなった。…可愛いよな、やっぱりお前って。」

好きだ。
耳元に顔を寄せて言うと、僅かに、肩が跳ねる。下仲が息を詰まらせたのが分かって、思わず口元に笑みが浮かんだ。
可愛いだけでも、何回言ったって足りない。男相手に?関係無いと言い切れるほど、下仲は可愛かった。しかもそれはオレにしか見せないんだから、余計に。

「……馬鹿」

ぽす、と体重が身体に預けられた。普段なら憎まれ口よりも先に、「可愛いを同性相手に言わないで下さい」と、至極まともな言葉が飛んでくるのだが、今日はどうやら違うようだ。
表情は見えないけれど、オレはどうしようもないくらいに下仲を可愛いと思った。自分の顔がだらしなく緩んでいく。ほんと可愛いなもう、と言いながら細い金糸を掻き混ぜると、うるさい、と呻くけれど抵抗はしなかった。


こうして、たまに下仲はオレを甘えさせてくれる。その割合が特に多いのは、二人とも地方に行って、久しぶりに会えた時。
オレは勿論人恋しくて、下仲も口には出さなくても、きっと会いたかった筈だ。…とは思いたい。
だからこうやって、オレは目一杯甘えるし、下仲も何も言わないで、――ホラ、抱きしめ返してくれる。この時間が、幸福なんだと思いたい。




「なあ、好きだって言ってくれよ」


「……、…あと、で」

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