美しい魔闘家鈴木はマッドサイエンティストだ。言い換えれば天才でもある。が、天才は一歩外れれば気違いだ。鈴木はおよそ常習的に一歩外れるのだ。
おまけに美しさに対して異常なまでの執着があった。確かに素顔はそれなりに見れないことは無い。が、鈴木の場合桁が違ううえ、以前は他人にそう思うよう押し付けまくっていた。

前者に関しては磨きが掛かりすぎて周囲は大迷惑しているのだが、後者の場合今は少し収まりを見せてきている。それでもやっぱり、鈴木は迷惑で騒がしくて、よほど心が広いやつでなければ受け入れられないのだ。
現在、鈴木は5人の妖怪と共に暮らしている。そのお陰で先ほど言った美に対する執着心は薄らいでいるのだが、何とかと天才は紙一重であることはやはり変わらない、むしろ暴走している。

具体例を挙げてみればキリがない。「みなを美しくしてみようではないか!」と顔がまるで一昔前の少女マンガ風になる薬をいつの間にか飲まされていたり(お前の美しさの基準はそこか? とか、厨房には絶対立ち入り厳禁なのにどうやったテメェとか、むしろ聞きたいことのほうが多かった)、「こうゆうことをしてみれば面白いデータが取れそうだな、ふむ(ふむじゃない)」とその時に遊びに来ていた闘神の息子や心身ともに最凶に近い妖狐をも巻き込んで、自身も含め8人の心をごちゃ混ぜに入れ替えてしまったり等々、本当に、挙げてしまえばキリがなくなる。根元から絶たない限り無数に出てくる憎き黒い使者と同じである。(妖怪であろうと人間であろうと、憎いもんは憎い。嫌いなもんは嫌いなのである)
そんな訳で、5人や周囲の仲間、ライバル達は、鈴木を同じく仲間、そしてまた好敵手と認めながらも、疎ましく迷惑に思ってもいるのだ。しかも、あいつは懲りないからそこがまたウザイ。未だに飛影にはピエロと呼ばれているくらいだ。

そんな鈴木が、そんなマッドサイエンティストが、そんな「ピエロ」と評された男が―――

「そこのお兄さん、ちょっと話聞いてもらっていいかな?」

「私のことか?」

「そうそう! お兄さんさ、モデルとか興味ない?」

どうして芸能スカウトなんかに声をかけられているのだろうか。と、死々若は頭を抱えたくなった。


―――It's So Beauty!―――


「もでる? 私から藻は出んぞ?」

「アハハッ、お兄さん面白いね〜! 違うよ、モデルだよ、モーデール! こうやってホラ、色んな服着て雑誌に載るんだよ。お兄さんカッコイイからね、ピッタリでしょ?」

「お前は私をカッコイイと言うのだな!? そうだろう、そうだろう。やはり私は美しいに決まっているのだ!」

「お兄さん、ほんっとに面白いね! そうだよ、カッコイイんだって。それに面白いし! どう? やってみたくない?」

どこがかっこいいんだ目ェ腐ってんのかテメェ。ホラすぐ調子に乗りやがったこのアホは。
……と、死々若丸が自分のキャラ崩壊もお構い無しに心中罵りまくっている、そのほんの数分前。発端はそこからだった。

鈴木と死々若はある都会の街に来ていた。人、人、人がとにかくたくさんいて、賑やかで活気に溢れている。歩きながら、たまに僅かな妖気を感じることもあった。人の世界に紛れている者か、それとは関係無しに陰に生きる者のどちらかだ。一応、こちらの気配も悟られているようだが、こんな場所にいるのなら、こんな場所で喧嘩を売るような奴ではないだろう。
呆れるくらいに人が多い。自分たちが生活している場所とは大違いだ。
普段ならばこんなところには絶対に来ないが、今日はちょっとした事情があった。

話は三日前に遡る。


『たまには皆さんも外に出てみたらどうですか? ホラ、もう妖気を人間に影響が起こらない程度にはコントロールできるようになったんでしょう?』

発端の発端はその一言であった。
幽助や蔵馬がたまたま、六人とも随分と親交が深くなった、女子群を連れてきていたのだ。鍛錬前の談笑を楽しんでいると、ふと螢子がそう漏らした。

その発言にやんわりと制止をかける蔵馬とは対照的に、幽助と桑原が面白がって螢子に賛同した。
だがしかし、そこでそうすんなりとはいく訳もなく。屋敷に住む六人の内の、良心と呼べる存在の呪氷使い凍矢が待ったをかけた。

『ちょっと待ってくれ。いくらコントロールが出来るとは言っても、感受性が強く、そのうえ敏感で、妖気に慣れていない人間には悪影響が出てしまうかもしれない。螢子や、静流の場合は、既に耐性が出来ているから多少ならばどうってことないだろうが……』

『それに、オレらみてに魔性を使うもんは、体質ってか、それ自体が既に周囲に漂ってるんだべ。オレの周りに風があるのと、凍矢の身体が冷たくて、周りがいつもひいやりしてんのは、それが理由だ。だからオレと凍矢の場合、余計に何か起こるかもしんねぇだ』

凍矢の台詞に、風使い陣がフォローを入れた。確かに彼らの言う通りかもしれない、と螢子が残念そうに呟いたが、鈴駆がそれにちょっと異議を唱えた。

『でもさぁ、オイラとか酎とかって、それ考えると割と平気なんじゃない? オイラなんかは元々人間界にいたし、酎だってそうだし。確かにこっちへ来てからは随分強くなったけど、結構馴染めるとは思うよ』

それにね、と鈴駆は楽しそうに笑ってこう付け足した。

『武術会に出る前は、こんな風にのんびりしてらんなかったから。妖怪っぽくないかもしんないけどさ、何だか楽しそうじゃない? 人間の文化とかさ!』

『まぁ、お前さんの武器は元々こっちの玩具がイメージだもんなァ。そりゃ興味も沸くって話だ。かくいうオレも、人間界の酒は飲んでみてぇけどな。それに、棗さんも是非お誘いしてェ!』

『あ、やっぱ酎は外出しちゃダメだ。酒臭すぎて妖気より不快だもん』

鼻を摘まんで、手をパタパタと振る仕草に、酎の頭に血が上った。「あんだとコラくそ餓鬼ィ!」と怒鳴りながら、逃げ出した鈴駆を追いかけていった。
二人の追いかけっこを横目に見つつ、幽助がからりと笑った。

『陣や凍矢の言ってることにも一理あっけどな。でもよ、他の妖怪たちだって人間界の都会にフツーに来てたりするんだぜ? お前らだけが引っ込まなきゃいけないって事ぁ、オレはないと思うけどな』

『雪菜さんだって現にオレの家に住んでるしな! むしろお前たちみてぇに、ちゃんと自分の妖気をコントロール出来るやつじゃなくて、出来ないやつが来てるほうが恐ろしいわ』

幽助の言葉に、桑原もまた賛同の意見を述べた。螢子や雪菜、それに静流も、それぞれ口々に賛成する。最終的に蔵馬も、『言われてみると、確かにそうですよね』と、考えを改めたようだ。
ここで和やかに「じゃあいつ頃街に出てみるか」などと、話に花が咲いていけばよかったのだが、この面子ではそう上手くいくはずも無く。

というか鈴木の所為で上手くいくはずも無く。

『ではようやく、私の美しさを人間界中に広めることが出来るのだな! うむ、いっそこれから山を下りるとするか? 悪は急げと言うからな!』

ハッハッハ! と、高笑いする鈴木へ、いつの間にか戻ってきていた鈴駆と酎、それとその場にいた男性陣は、あからさま過ぎるくらいに“げんなり”と言った風に眼をやった。女性陣は苦笑いで鈴木を見る。

悪じゃなくて、善だ。そう蔵馬がやんわりと目が笑っていない笑顔で訂正するが、やはり聞き耳を持つわけも無い。このピエロは一人勝手に暴走を始めた。
と、そこで一人、刀を鞘に入れたまま構えた妖怪がいた。

『ごふぁっ!』

派手な打撃音が響いて、ついでに鈴木も派手に縁側へ吹っ飛んだ。
これがまたとてつもなく的確で、吹っ飛ばす際には割合近くに座っていた螢子に、指の先も掠ることなく鈴木は華麗に飛んでいった。
きゃっと悲鳴を上げた螢子を一瞥し、死々若丸はフンと鼻を鳴らした。美しい顔立ちは怒っているように見えるが、いちおう死々若は人間である螢子に配慮をしたのだ。だから刀を抜かなかった。
……しかし、今まで散々幽助の死闘を見てきている螢子に、配慮だ何だなぞ必要無いようにも思えるのだが、そこは見ぬ振りをするとしよう。
とにかく死々若は、鈴木を渾身の力で殴り飛ばした。理由は、不機嫌そうに寄せられた柳眉を見れば分かるであろう。

『黙れ、この気違いが。オレは下りんぞ、面倒だ』

言ったあと、死々若はその場を去ろうとした。が、痙攣状態から瞬時に回復してきた鈴木の一言で足を止めた。

『む、何だ死々若。怖いのか?』

血管が浮き上がった。勢いよく振り向くと、鈴木がフツーの顔して茶を啜っている。
はぁ、と一息ついて、金髪のマッドサイエンティストは明るく笑った。

『今まではこの私よりも散々に他者の目線を浴びてきたお前だ。人間界くらい、どうってことないだろうに』

鈴木は変わらず、笑ったままそう言った。変わらず、普段見せる笑顔のままで。
それはつまり、この発言にはそれ以外の他意が一切含まれていないことを示していた。死々若をけしかけようとも、からかおうとも思っていない。天然100%だ。
だがこの一言は、やはり死々若の神経を逆立てた。

『怖気つく訳がないだろうが! そこまで言うなら行ってやろうじゃないか。オレは、断じて怖がってなどいないからな!』

『ならば共に行こうではないか! 私達の美しさを多くの人間達に見せてやるのだ!』

ハーッハッハッハ! と再度高笑いする鈴木と、その胸倉を掴んで目くじらを立てる死々若に、場にいた一同はやれやれと溜息をついた。
狭いから外で暴れてくれないかなぁ。と、鈴駆はぼやいてから、なおもこう呟いた。

『てゆーかさ、鈴木も馬鹿だけど、死々若も大概子供だよね。二人してアレを素でやってるんだもん』

勘弁して欲しいよ……、と呆れ顔を作った。
あの美しい青年の本来の姿を知っている所為もあるが、如何せん、本来の中身自体が子供っぽいのだ。と、鈴駆は言いたかった。
見た目的には一番若いのに、その実は彼を含めた6人の中で比較的いちばんの常識人の苦労を考え、女性陣は慰めに入り、男性陣は苦笑を労いの代わりに彼に送った。
言い争っている二人は(と言うよりも死々若が一方的に突っかかり、鈴木はそれをものともせず受け流しているのだが)そんなこともお構い無しに、やいのやいの騒いでいた。

『死ね! この変態科学者!』

『生きる!!』

『どこで覚えたんだそんな屁理屈!!』


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