「はーぁ……暇っつーか…、…つっまんねぇなぁ……」

 ノートをめくる手を止めて呟いた。こんなゴチャゴチャした数式なんて、本当は見るのも嫌なのに。力なくもう一度溜息をついた。

 定期テスト。それは学生に等しく襲ってくる悲劇だ。一部を除き、苦行をしても何も返って来るものが無い。あるのは阿鼻叫喚だけだ。
何せ大体の成績が、このテストで測られてしまうのだから、遊びたい盛りの学生にとってたまったものではない。
 
それは陣にとっても同じことだった。
いつもなら外に出て、級友たちとそこら中を飛び回ってくるのに、勉強机の前に座ってテキストを捲る姿があまりにも似合っていなかった。黒のパーカーが心なしか褪せているようにも見えた。

 …本当は、真面目に勉強する気なんてさらさら無かった。今までもそれでどうにかなっていたし、今回もギリギリ大丈夫だろうとたかをくくっていた。だが、恋人の凍矢にぴしゃりと言われてしまった。

 『期末テストを甘く見るな!赤点一つでもとったら、しばらく連絡取らないからな!』

 ………もしも他の相手だったら、それでも構わないような気がしていたが、彼女に言われてしまうとぐうの音も出なかった。

 先に言っておくが自覚している。自分は凍矢にべた惚れだ。そんな事態に陥ってしまえば寂しくて死んでしまうかもしれない。オマエはウサギかと幽助にツッコまれたが、ウサギは構いすぎると却っていけないと聞いたことがあったなと放心していた頭でぼんやり考えた。

 話が逸れたが、とにかく陣は黙々と勉強を続けているのだ。まあそれ以外にも、凍矢の期待に応えたいという男としてのプライドがあったことも、陣がうだうだ言いながらも勉強できている要因の一つだった。


 「…………凍矢、何してっかなぁ〜……」
 
 愛しくて恋しくて仕方の無い彼女の顔を思い浮かべる。きっと自分と同じように勉強中なんだろうなと考えた。しかも、真面目な凍矢のことだ。自分と違い真剣に効率よく勉強していることだろう。…いや、もしかしたら普段の復習をしてさっさと寝てしまったのかもしれない。テスト前に一夜漬けのようなことをするなんて、凍矢がやるとは思えなかった。

 そこで、ハタと思ってしまった。
 
 「…会いてぇな……」

 思い出すんじゃなかった。と、後悔したときにはもう遅かった。ふらっと頭を揺らし、ゴン、と机に突っ伏す。あまりにも勢いよくいった為、予想していたより痛かった。
 凍矢に会いたい。会って、「大好き」って言って、抱きしめたい。欲望が堰を切ったようになだれ込んできた。
 ごろんと頭を転がしながら、ノートの右上に置いてある携帯電話を見た。

 今、電話を掛けてみようかな。

 「………………」

 そう思っても、実行しようとはしなかった。現時刻は午後11時半。既に寝ているか、起きていたとしても、受話器越しに怒られることが目に見えたからだ。電話をするくらいなら勉強しろ、と。

 はぁ、と息をついて、もう一度ペンを持った。その瞬間、頭の中にパッと閃いたことがあった。

 「……そうだべ!」

 バッと携帯を掴み、濃い目のオレンジのボディを開く。そして、さっきとは打って変わって、楽しげに文字を打ち始めた。
 部屋の前を通った母親が、陣の鼻歌を聞いて訝しげな目線をドアに送った。
 
 
 
 凍矢が風呂から上がったのは、ちょうど陣がメールを送信した直後だった。

 「フゥ……、…ん?」

 髪の毛を拭きながら、自分の部屋のドアを開けると、勉強用の机に放ってあった携帯電話が、チカチカと光を発していたのが見えた。メールが入ったときに起こる機能だった。
 こんな時間にメールなんて…。一体誰だと思い、白く細い指が、同じく真っ白な機体に触れた。
 疑問符を浮かべながら操作すると、凍矢は目を少し丸くした。

 「………陣………」

 画面に映っていたのは、大好きな恋人の名前だった。が、今はメールなんてしている暇なんて無いのではないだろうか。
 自分が持ち掛けた罰ゲームから逃れるために、必死になって勉強をしていると思ったのに…。

 憤慨と言うかちょっと残念に思いながら、メールを開いた。読み進め、今度こそ凍矢は、目を大きく見開いた。

 「!!」

 かぁ、と音が出そうなほど、赤くなった。言葉にならない言葉を呻いて、へたり込むようにしてベッドに座る。そのまま、後ろに引っくり返り、真っ赤になった顔を抑えた。

 「……もう…ッ………」

 再びメールを見て、誰が見ているわけでもないのに、赤い顔を隠した。

 「馬鹿…………」


From :陣
Subject :勉強やってる!
――――――――――――― 

電話しても怒られっから一言だけ言いたくなった!





大好き!!




オレは頑張ってマス!
凍矢と話せなくなんの、絶対嫌だ!

寝てたらゴメンだべ。
オヤスミ!また明日!(あれ、今日かな?)


――――――――――――― 
 

 「……っ〜…………」

 ぎゅうっと枕を抱える。シーツが濡れた髪のせいでしっとりとしてきたが、そんなことを気にするほどの余裕は、凍矢には微塵も無かった。

 何で、何で!うっかり、じわりと涙が目に滲んだ気がした。痛いわけでも悲しいわけでも無いのだが、よく分からなかった。嫌な感情でないのだけが分かった。

 「……ほんとに、馬鹿…………」

 茹で上がりそうな頭のまま、先程から何回も呟いた罵り言葉を、もう一度、消え入りそうな声で呟いた。そして、

 「…………出る、よな………」

 番号を打ち終わって、そっと耳に電話を当てた。心臓がさっきからずっと、ドキドキと痛いほどにうるさい。体の内側からじゃなくて、もう外から聞こえそうだった。

 呼び出し音が耳の中に入ってくる。胸が、彼を想って痛くなりながら、電話に出るのを待った。

 『凍矢!?』

 待つ時間は長くなく、2コールですぐに陣の声が聞こえてきた。

 「…陣」

 『起きてたべ!?…え、もしかして起こしちまったか…?』

 「違う。……あのメールは……」

 『へ?…あー、ちょっと、我慢できなくなりそうだったから、メールにしただ。勉強してたら、凍矢のこと思い出しちまって…大好きって思ったら、ちょっと、集中できなくなったから…。…あ〜、ダメだったべ?てゆーか、何で凍矢が電話してきて…』

 「陣」

 『っ、…ハイっ』


 「…………き…………」

 『…え?と…凍矢……?』


 凍矢は、今の声量で聞こえていなかったかと、困ったような、照れているような顔で、もう一度、言った。



   大好き



ラブコール 
(恐ろしく自分の顔が間抜けになったことはよく分かった)
(その後の頬の緩みがどうしたって抑えられそうになかったことも)




- 11 -




しおりを挿む



戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -