………っあ………!
また深い場所に触れたらしい。脳味噌の奥にまで響き渡る嬌声は、あまりにも甘美で淫猥だ。鼻先が触れるくらい近い位置に顔があるため、熱っぽい吐息が陣にかかり、更に耳を尖らせた。
―――興奮によって変化したのは、そのバロメーターである耳だけでは無かったが。
自分の中に増えた質量がダイレクトに感じられ、凍矢は驚いて身を強張らせた。
「!!…っじ、ん……何っ…」
「……あ〜…悪いだ…、だって…凍矢全部、色っぺーんだべ……可愛いし…綺麗だし……」
「っ!…い、言わなくて、いい……!」
凍矢は気づいたように、また腕で顔を覆ってしまった。
ああ、折角理性を飛ばしそうだったのに。
清楚で常に禁欲的な凍矢が、自分を感じて乱れる様子がもっと見たくて仕方がなかった。そう思う自分の独占欲を、少し恨んだ。
ちぇっ、と心の中で舌打ちをしたが、不満が表情に思いっきり表れていた。
涙目のままちらと見た凍矢は、恥ずかしげに、やれやれといった風にため息をついた。
顔にあった腕を下ろし、陣の首に廻す。
そして、彼を利用し、少しだけ身体を浮かせて、眼を閉じながら唇に触れた。
素面の場合は、絶対に出来ない。と言うことは、今はある種の酔いの状態なのかもしれない。
とても近く陣の顔を見ても、あまり恥ずかしくなかった。(一切、と言う訳ではない)
陣のほうは、完全に面食らったらしく、数秒固まった。が、すぐ戻ってきて、凍矢の顔をまじまじと見つめた。じろじろと見られて、やるんじゃなかったと、凍矢は少し後悔した。
「っ……!…とう、や……?」
「……う、るさい………アッ……!?」
「わ、るいっ…も、オレが無理だべっ…!」―――可愛すぎるっ…!!――
制止をする凍矢に耳を貸さず、陣は真っ赤になって腰を動かした。何かもう色々と反則じゃないだろうか。ついついまた、調子に乗ってしまう。
「っ、…っはあ!あっ……、ぁ、っく……!」
粘つくような音が響く。凍矢の掠れた声も、響く。スムーズにとは行かないが、先程よりは速く抜き差しした。
彼の中は、熱くて、とても気持ちが良くて。繋がっているのが、一つになったという擬似感覚を見せて、どこまでも近い場所にいると思えるのが、とても好きだった。
「と、やっ……好きだっ…ずっと、ずっと……!」
切羽詰まった表情で凍矢を抱く陣は、凍矢の目から見たら、何故だろう、泣きそうに見えた。
泣かないでほしい。オレはもう、さっきからずっと泣いているのに。――いや、涙を流してくれたほうが、良かったかもしれない。
見せて欲しかった。オマエが何を思って、オレに触れていたのか。
「オレ、もっ……だからっ、ア……!」
「とうやっ……凍矢っ……!」
そのまま陣は、凍矢の名をずっと呼びながら、彼を抱き続けた。凍矢は陣に突き上げられて、色に掠れた声を上げた。何度も口付けを交し合った。どうしようもなく愛しく思いながら、お互いに抱きついて縋った。
そして、意識が酷くぼやけていく寸前に、陣の涙を、一筋だけ見た気がした。
澄み渡る海の色から、一筋の雫が白い頬に落ちるのを。
「凍矢、風呂行くだ。…起きられっぺ?」
汗まみれになった身体のまま、陣と凍矢は抱き締めあっていた。と言うより陣が抱き着いていると言ったほうが正しかった。
陣の周りには心地良い微風が、凍矢の周りにはひんやりとした冷気が常に漂っていたため、そんなに不快さは無かったが、身体自体は疲れきっていて、水なりお湯なり浴びたほうが良いような気がしていた。出来ることなら浸かった方が。
だがつい最近の話で、熱い湯船に浸かった瞬間、疲弊した凍矢はあっという間に意識を手放してしまって、近くで待っていた陣が気づかなかったら溺れるところだったと言うエピソードもあった。
自分が氷系の妖怪であることが関係しているのだと、凍矢は助けられた情けなさとのぼせた熱さで顔を赤らめながら話していた。特に疲れているときは、熱気に酷く弱いらしい。
しかし、冷静な凍矢が、湯を凍らせるということも思いつかないほどとは。陣は、湯船に頭まで沈んでずぶ濡れになった凍矢を横抱きしながら、自分がそこまで彼を疲労させたことに苦笑いをした。
そんなことがまた起こっても困るので、出来ることなら一緒に風呂に入りたかった。
「ん……、…連れて行って、くれないか……?」
「オウッv」
凍矢もそれを分かっていたので、次回からは大人しく陣に身を任せていた。
気絶して湯船に沈み、陣に慌てて救出されると言うのは、普段の自分と比べると、あまりにも間が抜けすぎていて情けなかった。
よっ、と凍矢をシーツに包めてそっと横に抱き、陣はふわりと浮いた。本当はこの、俗に言うお姫様抱っこも、自分が小さいことが分かるのと、色々恥ずかしかったが、文句は言っていられなかった。
……まあ、格好が恥ずかしいことを除けば、陣の体温が感じられるので、そんなに嫌いではなかったのだが。
なお、陣がこのやり方を一番気に入っていることは、凍矢の知る由も無かった。
「…………陣」二人以外誰もいない、広い屋敷の廊下を飛翔しながら、凍矢は陣の腕の中で風使いの名前を呼んだ。
「んんー?何だべ?」陣は上機嫌ですいっと飛んでいた。だが、その明るい表情は、次の声を聞いて一変した。
「……オレの傍には、お前がいるんだよな」
「―――!」
凍矢の言葉は、確認のようにも聞こえた。が、それは実に、陣の胸中を的確に察した言葉だったことを、凍矢も何となくだが、分かっていた。
独りが、嫌だった。
正確に言ってしまうと、凍矢がいないことが、この上なく嫌だった。もしも凍矢がいなくなってしまったら、自分が壊れることが、分かりきっていた程に。
身勝手だとも何とでも罵ればいいと思う。でも凍矢は、自分のものだった。同時に自分も、凍矢のものだった。
それはトーナメントが終わり、六人で日常を過ごすようになってから、もっと強い気持ちになっていった。
勿論、と言うか無論、みんなで過ごす修行の日々、家族のような平穏な日々は大好きだ。ずっとずっと、続いていて欲しいと思う。
魔忍のときは、こんなことを思い浮かべることも無かった。
だから、この平和な時間が崩れないことを切に願っている。自分が笑っていられるのも、何より凍矢の屈託の無い微笑みがあるのも、ここがあるからだ。
でも何よりも、凍矢が傍にいることを望んだ。むしろ一つになれれば、とも望んだ。だがそんなのは不可能だと分かっていた。(…もしかしたら鈴木辺りに頼めば、実現できるような気もするが、それはまた別の話だ)
それに、今の凍矢が大好きだった。ほっそりしてて冷たくて、冷静で母親みたいで、でも心の底は優しくて。―――最初から魔忍なんて、似合わなくて。
独りが、嫌だった。
凍矢が消えてしまうことが、一番、一番恐ろしかった。
時折、消えてしまいそうだから。春先の雪のように、光に溶けてゆきそうで。
消えないで。傍にいて。キミの存在を確かめさせて。
「――……凍矢も、オレのいっっちばん近くにいるんだべ!オレも凍矢のずっと隣にいるだ!」
天真爛漫な笑顔を顔一杯に広げ、凍矢に見せた。先程見せた戸惑いなんて、微塵も感じさせないような、輝いた笑顔だった。
「…ああ。ずっとな」
凍矢もそんな陣を見て、柔らかく微笑んだ。泣きそうな位、陣のことを愛しく思った。――行為の前の陣の心が、ふっと分かった気がした。それを改めて口に出すことは、しないけれど。
「ずっと、ずーっとだ!」
「……とりあえず、早く風呂に入ろう。死々若達も、帰ってくるんじゃないか?」
「あっ、…やっべ、そーだっただ。…って何で凍矢知ってんだ!?」
「知らなかったらしようとするわけが無い。し、陣が来ることも無いだろ」
「……む〜…とりあえず、行くべっ」
馬鹿だな、陣は。凍矢は気づかれないように、喉の奥でクッと笑った。口元には淡い笑みが浮かんでいた。
陣だけは失いたくないのは、オレも同じなのに。変わらない存在で、隣で煌いてて欲しいのに。
「……凍矢の涙ってキレイだべな〜。凍矢みたいに綺麗で、透き通った宝石だべ」
「…どうしてオレだけこうなるのか、甚だ疑問だがな。仲間だった奴らの泣くところなんか…見たことはないが、こういうのは氷女だけだと思っていたのに…」
「えー、オレは好きだべ?ほんとに凍矢みたいな石だっ」
「……褒めてるのか、それは」
「全力で褒めてるだ!!」
「……それはそれで、何て言うか…(…照れくさい)……」
「あ、赤くなっただ。可愛いな〜っ!」
「いや…だから……」
「もう、凍矢が一番好きだ!オレのお嫁さんにしたいのに〜っ!」
「無理を言うな!!……っ〜……」
「あ、大声出しちゃダメだ!もうすぐ着くだよっ」
「…ハァ、この痛みは何とかしたい……(一応冷気で何とかしてはいるが…)」
「にしてもここは本当広いべ〜。あ、着いただ!」
「…なあ、陣」
「んん?あ、今下ろすだな。―――、え、」
「……愛してる。昔から、…これからもずっと、な」
「……!!!」
『『心底嬉しそうなはにかみも、幸せそうな微笑も、やっと、オレが手に入れたから』』
「……ずーっと、な!」
「……ああ」
(ずっとずっと、隣にいて)
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