ティアドロップ




向かい合わさったまま、噛み付くようなキスをする。凍矢の眼から零れ落ちた雫が、透明な宝石となった。高位の氷系妖怪、いや、氷女以外では彼特有の涙であった。
「…ハッ…、ぁ、あっ…!じ、ん…陣っ…!」
「凍矢…凍矢っ…愛してるだ…っ…!」
頭の芯から蕩けそうになりながら、互いの名前を呼び合う。
他の妖怪たちに比べ、かなり低い彼の体温は、この瞬間だけ人間程の熱に上がる。自分の興奮よりも温く、だがいつもよりも熱い凍矢の肌に触れるのが、陣は愛しくてたまらなかった。

声を出さないように抑えてはいるものの、快楽からどうしても控えめな甘い声が漏れてしまう。凍矢は自分の声を聞くたびに、ただでさえのぼせたような顔を、もっと赤くして、陣からバッと眼を逸らした。
「凍矢……、こっち…向くだ……――綺麗、だなぁ……」
熱い片頬に手を添えながら、心底惚れ惚れした表情で囁いた。凍矢の雪肌の顔は、熱と羞恥で普通よりも赤く染まり、美しく艶やかで、欲望を酷く煽った。シアンブルーの瞳から、涙がこぼれそうでこぼれない。彼の眼こそが、宝石のように見えた。

「っや…、み、るなっ……ぁ、…ッ、陣……!」
また一粒、結晶が零れ落ちた。氷の瞳が、溶け出しそうに、揺らいだ。

「…っ…!!凍矢っ…とうや…っ…!」
背筋に寒気が走り、侵入を再開した。熱いような温いような体温の差が、風も氷も思考回路をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。
凍矢はまた甘く呻いて、うわごとのように陣の名前を呼んだ。
「陣…じ、ん…じんっ…ひっ、あ……!」
がり、と肉を削る音が聞こえた。陣の広い背中に廻した腕の、白く細い指で爪を立ててしまった。快感に耐えるよう、力一杯。
「づっ……!」
その痛みに、陣は顔を歪めた。凍矢もそれに気づいたが、謝罪の言葉を口にする前に唇を塞がれた。
「―――とうやが、噛むくれ、なら…、…オレに、爪立てれ……?」
その身体に傷をつけて我慢するくらいなら、傷つけている自分に痛みを与えて欲しかった。それで、少しでも負担が軽くなるのなら。気が済むのなら。



半月が高く上り詰めようかとしたとき、鈴木と死々若は夜空を見上げながら家を後にしていた。
それを黙って見送った陣は部屋に戻り、布団の上で本を読みふける凍矢に、後ろから勢いよく抱きついた。凍矢は驚いている様子は見せたが、陣が楽しげにそうしてくるのがいつものことでもあったので、特にどうしようとも思わなかった。

だから凍矢は、陣の胸中によぎる想いに気づくことが出来なかった。

「凍矢の身体はやっぱり冷てーだなっ。オレの体温よりずっと低いべ」
「それはそうだろう。前から、そんなことは分かっているだろ。いきなり何を言い出して、っ!」
今更過ぎることをわざわざ口に出したのを不審に思い、振り返った瞬間に唇を奪われた。互いに目は開けたままで、近すぎるくらい顔がよく見えた。それが恥ずかしくて、凍矢は陣の顔からすぐに離れた。
「じ、陣っ!急に何…っ…っぅ、ン…っ…!」
無理やり顔をそちらに向けられ、キスの続きをされる。唇を押し付けて、離して。有無を言わさず、と言うような強引さだった。
「…………凍、矢」
だがそれは案外素っ気無く終わり、陣は呟くように凍矢の名前を呼んで、スッと離れた。その顔が、酷く寂しそうだったのが、ぼんやりとした頭で覚えていた。
何かあったのか。急にどうしたんだ。聞きたいことはあった。だが、それを今の陣に聞くのはためらわれてしまった。陣も話そうとは思っているはずだ。だから、言い出してくれるのを待つことにした。
待っている、とは口に出さなかった。きっと、陣も察している。その程度のことで、言葉は要らなかった。
「……陣、欲情してるのか」
「…凍矢が、欲しいだ。ダメだか?」
「…………いや。……陣の、好きにすればいい」
凍矢は陣の腕の中で身体を動かして、向かい合った。そのまま陣の胸に寄りかかる。自分より数度高い体温の心地良さに、瞼を閉じた。
陣は、凍矢が自分を受け入れてくれているのが、少ない言葉の中でしっかり分かっていた。だから、凍矢のことが大切すぎてどうしようもなくなる。でも今、自ら凍矢を傷つけようとして。
例えそれが、甘さを伴う痛みだとしても。
「――――凍矢」
ギュウッと細い肢体を抱きしめた。大好き、大好き。凍矢は、自分を一番分かっている。とても有難く、愛おしくて仕方が無かった。



深く、口づけた。我ながら酷い有様だ。理性も何もない。ボロボロの状態だ。
―――それでもいい、それがいいと考えてしまう時点で、もう駄目かもしれないと思った。さっき思っていたことと混ざり合ってしまった。

欲の赴くままに貪りたい――でも――愛しすぎて、傷つけたくない

「んっ…んんっ…!ア、…っじ、ふあっ、あ…!」
しなやかな身体が弓なりに跳ねる。その反応がもっと見たくて、透明な蜜が滴り落ちる中心にまた触れた。折り曲げた細い脚が、ビクンと揺れる。指を絡ませ、扱くと、生々しい水音がした。
凍矢も、理性が壊れかけているのだろう。先程まで結んでいた口は開きっぱなしになり、興奮から増えた唾液が、溢れ出して顎を伝う。潤んだ瞳は、もっと欲しいと言っているのが伝わってきた。中の肉壁が陣の熱を感じようと、抜くのが出来ないと思うくらい締め付ける。締め付けて、奥へ奥へと咥えこんでいく。元々小さめな身体だから、余計に。
それがキツイような、気持ちいいようなで、陣はまた凍矢に口づけた。



舌を這わせば、小さく身体が揺れた。短く息を吐いて、時々詰まらせる。その様子が分かるたびに、陣は嬉しそうに微笑んでいた。
「…っ…ん、っ…陣…」
「凍矢、……とう、や…」
とっくに衣服は全て脱がし、陣のほうも全裸で凍矢の身体を触っていた。その為、凍矢と自分の肌の色の差がよく分かった。抜けるように、白すぎるほどに、白い。絹のように滑らかで、戦士としては柔らかい凍矢の肌が、大好きだった。
初めて触れた日、凍矢が思っていたよりも大分細いことが分かった。今まで自分が抱きしめて、折れたり、砕けたりしなかったほうが、不思議に思えるくらいに。

傷つかないで、欲しかった。それはもう、過去の話で。

魔忍としての戦いの日々の中、陣も凍矢も己の身など省みることは無かった。容姿が優れていようがいまいが、任務には全く関係が無い。
凍矢の心には、次第に迷いが生まれた。何も知らない命を殺めていくことが、言いなりとして生き続けていくことが、疑問に思えるようになっていた。そんな時、暗黒武術会に出ないかと、画魔に誘われたのだった。
陣は、自分もそうだが、凍矢が迷い始めたのを知っていたから、喜んでその話に乗った。これ以上、迷いながら他人も自分も傷つける凍矢を、見たくなかったから。
そんな凍矢は、泣いてないにも関わらず、誰よりも泣きそうだったから。だがそれは、陣しか感じ取れない風だった。悲しい迷い、そして、――透明な硝子細工が、脆く砕けていくような、壊れてしまいかけていた、凍矢の心だった。





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