音の檻 | ナノ








榊原さんに付きっきりで指導をうけ、今日、残るはあと窓拭きのみとなった。
指紋をつけないように、一枚一枚丁寧に拭きあげる。素早く綺麗に拭くコツも教わって、ようやくすべて拭き終わったころにはもう夕方近くになっていた。

もうそろそろ夕食の準備を始める時間らしい。
いきなり入ってもうまく立ち回れなくて皆の邪魔になってしまうので、今日はとりあえず、どういう様子なのか見学をさせてもらうことに。
時間まで少しの間だけど休憩していていいと言われたので、覚えるためにもお屋敷の中を歩き回ってみることにした。


(……あ)

ポロン、と響くピアノの音。
弾き始めのようで、何度か単音を響かせると、徐々に音が増え重なってひとつのメロディとなっていった。

フラフラと引き寄せられるように音の近くへと向かう。

聖司さまの部屋の扉が開いていて、少し遠くからでもその姿が見えた。邪魔にならないような位置から、そっと覗き見る。
ものすごく真剣な顔つき。鍵盤を滑る、すらっとした長い指。その指から紡がれる透明な旋律。


思わず息をのんだ。


その姿に、音に、釘づけになる。
指が止まった、と思った瞬間、赤い瞳が鋭くわたしを貫いた。

聖司さまがスツールから立ち上がり部屋を出て、目の前までやってくる。あごに手を当て、眉間に深くしわを寄せてじっと睨まれた。


「…はぁ…扉開けたままだったのか」

「聖司さま…申し訳ございません、わたし、邪魔して…」

「ああ。気が散るからやめろ」

「…すいません」

扉が開いてるくらいは気にならなくても、さすがにじっと見られたら気になるよね。ちょっとだけって思ってたのに、素敵な演奏だったから思わず…。邪魔しちゃったんだ。申し訳なくて、もう一度謝って深く頭を下げる。

「ああもう…仕事あるんだろ。はやく行け」

「あ…はい!あの、本当にすいませんでした。失礼いたします!」

最後に一礼し、何歩か後ろに下がる。呆れたようなため息を一つついて、聖司さまはそのままどこかへと行ってしまった。






朝、廊下を歩いていると、まだ眠そうに目をこすりながら歩いている聖司さまと目があった。
髪の毛、まだセットしてないのかな。昨日と少し雰囲気が違う。

「おはようございます、聖司さま」

頭を下げ、にこりと笑う。聖司さまはなぜか意外そうに目を丸く見開いた。

「ああ…おはよう」

少し不思議そうな目で見つめられる。何か変なことでもあったのかと思って、あの、と小さく声をかけると、すぐに視線をそらされた。聖司さまは、何でもないとだけ呟くと、そのまま振り向くこともなく自分の部屋へと戻っていってしまった。

確かに、睨まれるとちょっと怖いけど…みんなが言うほど怖い人じゃなさそう、かな?

また、聖司さまのピアノ…あの曲聴きたいな。今度は絶対邪魔しないように、あらかじめどこか静かに聴ける場所でも探しておこう。

あと、少しでいいから、お話もしてみたいな…、…なんて。





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