音の檻 | ナノ







そしてその夜。

仕事が終わった後、使用人たちが寝泊まりしている建物の中の説明と、まだ会ったことのなかった先輩たちが一通り自己紹介をしてくれた。

そしてそのあと、榊原さんにこれから生活する使用人寮の案内、ここの規則や作法、お仕事の内容などの説明も受ける。大事なところはメモを取りながら。

仕事のだいたいはお屋敷の掃除。それから食事の手筈を整えたりなど、仕事範囲がかなり広い。数日ですべて覚えるのはとてもじゃないけど無理なので、数週間は付きっきりで徹底的に指導されることになった。




明日からは本格的にお仕事が始まるので、ゆっくり体を休めないと。
就寝のために部屋へと向かっていると、後ろからぽんっと肩をたたかれた。

「陽菜ちゃん、お疲れ様!」

唯一の同い年の紗世さん。先ほど、聖司さまの部屋に行く前に地図をくれた女の子。
身長はわたしより少し高い。こげ茶色の髪は綺麗にまとめられている。目がくりっとしていて、笑うと八重歯がみえるのが印象的な子だ。
そういえばさっき説明受けた時にちょっと聞いたけれど、就寝部屋は紗世さんと同じだった気がする。

「お疲れ様です!」

「やぁだ、同い年じゃない!敬語じゃなくていいよぉ」

顔の前で手をひらひらと振って笑う。
元気で明るい子だ。これから仲良くしていけるといいなぁ。
こういう経験は少ないのでちょっと照れつつ、名前で呼ぶ。

「ふふ、ありがとう。じゃあ…紗世ちゃんでいいかな?」

「うん!さ、部屋にいこ!」


ふたりで話ながら就寝部屋へと向かう。彼女も数か月前にここに来たばっかりだとか。新人同士ふたりで頑張ろうね、などと話していると、思い出したように声を上げた。


「そうだ!聖司様、どうだった?大丈夫だった?」

「聖司さま?睨まれるとちょっと怖いけど、平気だったよ」

「そっか…私、まだちょっと怖くてさー」


最初に挨拶したときが絶賛不機嫌中だったらしい。一番最初に怖いって思っちゃうと、なかなかうまく切り替えられないんだよなぁ。
本当は怖がってちゃいけないんだけどね、とペロッと舌を出して笑った。



部屋について、まずは使い方とか荷物のこととかの説明を一通り聞いた。
寝間着に着替えて、寝る準備をして、ベッドで並んで話す。こうやってお友達と話すのは初めてで、なんだかとても嬉しくて楽しかった。紗世ちゃんも同い年の子と同室なのは初めてみたい。お仕事でここはこうした方がいい、とか、ちょっと覚えておいた方がいいコツとか、いろいろ教えてもらった。

あとは、聖司さまのこと。
年は一つ上の、16歳だった。
そして詳しくはわからないけれど…聖司さまはいま、活動休止中なのだとか。二年前までは宮廷にも出向いてピアノを弾いていたのに、ある日を境にぱったり弾くのをやめてしまった。理由は、聖司さまが両親以外の誰にも話してないからわからないらしい。最近になって、ようやく家のピアノに少しずつ触るようになってきた、と。


『…俺は弾けば弾くほど嫌いになる』


聖司さまのあの言葉を思い出す。

二年前に何があったのかはわからない。
けれど、それにはこちらからは絶対に触れない方がいい、ということだけはわかった。




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