逃げるように消えていく


蹄を鳴らす音が山道に木霊する。山奥の元本部から身支度を済ませて下山するリヴァイ班は、調査兵団の新兵勧誘式のため本部へと帰着していた。

「結局、無許可で立体起動装置を使った兵士は見つからなかったようだ」

何者かが貴重な被験体である巨人を殺したことについて、エルドとグンタが顔を付き合わせている。先日訓練兵を含め全ての組織に緊急調査命令が下されたが、無意味に終わったようだった。

「こんな後先考えないこと、一体誰が…」

馬に揺られながらペトラが思案する。

「さあな…。無断で南区養成所の装置を借りてウォール・ローゼ最端まで飛んで行った阿呆なら心当たりがあるが…」
「!」

振り向いて暗鬱たる視線を向けてきたリヴァイにヒクリと肩が跳ねた。恐らくキース教官のいる養成所から、巨人が出現した知らせを受け飛び出した日のことだろう。

「あの後ちゃんと報告書は出しましたよ…」

不満そうに身を縮めるサヤを見つめて愕然とするのは横を並走するエレン。

「え、サヤさんキース教官の元から俺達のところに…?しかも無断で立体起動装置を…?」

まるで命知らずを見るような表情に、やめてと目で訴えた。
あの後こってりと上官に絞られ、病室のベッドの上で始末書を書かされたことを思い出し気分が沈んでいく。もちろん、忙しい時間を縫って見舞いに来てくれていたペトラ達のお陰でちっとも寂しくはなかったが。

「しかし今はこの後の新兵勧誘式の方も気になります」
「果たして調査兵団に入団する酔狂な新兵がどれほどいるのか…」
「なぁエレン、お前の同期にウチを志願する奴はいるのか?」
「いますよ……。いえ…いましたが、今はどうかわかりません」

僅かに眉を寄せてそういうエレンに、エルド達は俯いた。兵団を決める前から巨人を目の当たりにした新兵の中に、それでもなお調査兵団を目指す者などいるのだろうか。訓練兵ながらかつて例がない程の犠牲を経験し、巨人の恐怖も、己の力の限界も知ってしまった今。

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敷地内の壇上正面には、訓練課程を終了した総勢218名の兵士が整列していた。
かつてサヤが着用していた、盾に違い剣の紋章の隊服に埋め尽くされた広場を壇上裏から覗き見る。教壇の上ではエルヴィンが勧誘の演説を行い、兵士達は彼の現実的で過酷な現状に憂いを露わにしていた。

「――え…?」

ふとみえたのは、懐かしい幻影。
茶髪を風に揺られ直立する青年が、真剣な眼差しでエルヴィンを捉えている。その隣には、肩までの金髪を靡かせ壇上を見上げる少女の姿――。

(エイデル…ノーラ……?)

しかし思わず名前を呟いた途端、二人の姿は消え失せ重々しい空気が再び訪れる。

「班長?どうかしましたか」
「ううん、なんでも」
「にしても必要以上に脅し過ぎでは…」

そんな兵士の声に目の前のエルヴィンに注目する。

「――シガンシナ区内の一室をじっくり調べ上げるためには、ウォールマリアの奪還が必須となる。しかしトロスト区の扉が使えなくなった今、4年かけて作った大部隊の行路も全てが無駄になったのだ。――その4年で調査兵団の9割以上が死んだ。4年で9割だ」

…たしかに、事実だが威し過ぎな気がする。
心配になって正面の新兵達を覗き見たが、さてこそ皆が恐怖を露わにしていた。
さらにエルヴィンは続ける。

「少なく見積もって我々が再びウォール・マリアに大部隊を送るには、その5倍の犠牲者と20年の歳月が必要になる…現実的でない数字だ」

依然、調査兵団は常に人材を求めている。それは誰もが知っての通り、毎回多数の死者が出ることによって慢性的に人員が不足しているからだ。
しかし今の彼の発言で、一体誰が調査兵団を志願するのだろうか。新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率は五割。さらに入団した暁には、一月後の壁外調査を強制される。

「…この惨状を知った上で自分の命を賭してもやるという者はこの場に残ってくれ。以上だ」

解散の命令に、慌しい靴音が遠のいていく。皆が競うように走り去り、逃げるように消えていく。瞬く間に地面を埋め尽くしていた影が無くなると、重々しかった空気とは一転して、閑寂な風が頬に触れた。
残った者は――。

「君達は、死ねと言ったら死ねるのか?」

その言葉にサヤはパッと顔を上げた。

僅かだが、いる。真っ青な顔で敬礼している兵士たちが…。その中には奪還作戦に参加したミカサやアルミンの姿も見て取れた。

「君達は勇敢な兵士だ。…心より尊敬する」

情を孕んだ静かな声が通る。
恐怖に耐え調査兵団入団を果たした兵士は、震えながら敬礼をする総勢21名の訓練兵達であった。



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