壁と川から離れた古城


旧調査兵団本部。
壁と川から離れた古城を改装した施設。サヤ達はそこへ、新しく加わったエレンを連れてやってきた。

「あれが元本部…」

隣で馬に乗るサヤが呟く。
エレンはどこか緊張した面持ちでそれを見上げていた。後ろには怖い顔をしたリヴァイが騎乗している。

監視の為だといえども憧れの上司が新兵に付くのが気に食わないのか、オルオは今しがたエレンへ皮肉を言い過ぎて舌を噛んだばかりだ。

サヤも含め後ろに並ぶオルオ、ペトラ、エルド、グンタ達はリヴァイが直々に構成した調査兵団特別作戦班の班員であり…エレンが"巨人の力"を行使した際の抑止力である。

「乗馬中にべらべら喋ってれば舌も噛むよ」
「最初が肝心だ…。あの新兵ヒビっていやがったぜ」
「オルオがあんまりマヌケだからびっくりしたんだと思うよ。ていうかその喋り方…もし…仮にもし兵長のマネしてるつもりなら本当に…やめてくれない?イヤ全く共通点とかは感じられないけど…」
「……!!フッ…俺を束縛する気かペトラ?俺の女房を気取るには必要な手順をこなしてないぜ?」
「兵長に指名されたからって浮かれ過ぎじゃない?…舌を噛みきって死ねばよかったのに」
「あの、取り込み中ごめんね。みんな二手に分かれて荷物と馬を小屋に仕舞って。エレンは私と一緒に行動するように」
「は、はい!」

皆がサヤの指示にはっとして動き出す。
顔を真っ赤にして馬を小屋に走らせていくペトラを見送って、サヤは苦笑いで溜息をついた。

間近に迫る古びた古城は、如何にもな雰囲気でリヴァイ班を歓迎している。


―――自分がリヴァイ班に配置されることは、とても予想外な事だった。何せエレンに負わされた腕は完治している訳ではなく、立体機動装置を思い通りには動かせない。しかしリヴァイの補佐として班をまとめるようにとエルヴィンに命令されたのだ。
今まで世話をしてきた部下が班員なだけましだが、自分にこの配属は腑に落ちない。まぁ、断る選択肢も無かったのだが。

リヴァイ達が城の散策を始めている間、エレン達は馬小屋で各々休憩を取っていた。

「エレン、調子はどう?馬に乗ってた時から怖い顔してるけど」
「サヤ班長…」
「や、いいよそんな呼び方…慣れないし」
「でもみんなそう呼んでますし」
「会った時みたいに呼んでいいよ。その方がいい」

微笑めば、労働のせいで顔に汗を滲ませるエレンが納得のいかない表情で頷く。

「サヤさんは…兵長に信頼されているんですね」
「……は」

突然の言葉に声が漏れた。
信頼されている…?そんなの、今まで生きてきた中で一度たりとも思ったことはない。

「っどうして?」
「だって、補佐にまで任命されているし…壁を塞いだ時も、サヤさんを助けるために兵長が一目散に壁の奥に行ったってアルミンが…」

ぽかんとして聞いていたらエレンが不思議そうに見つめてきた。我に返ったサヤは否定的に首を振る。
信頼されているのではないのだ。ハンスの一件からずっと怪しまれているではないか。最近はそんな眼で見られることは無いにしろ、疑いが晴れた訳ではないのだし…。

「それは多分違うかな……」

むしろ…そう続けようとしたらグンタが掛けてきた。

「兵長から命令だ!この城を徹底的に掃除しろって!!」
「……」
「……」

そういうことになった。


:::::


煉瓦の隙間の目地を人差し指と雑巾でごしごしと擦っていく。気の遠くなる作業だが、リヴァイがここまでしないと許しを出さないことは今までの経験で分かっているので、隣の部屋を掃除するエレンにも念を押しておいた。口うるさい上司とでも思われただろうか。でも手を抜いたら後が怖い。

「ふう」

首に巻いたタオルで顔を拭い立ち上がる。そこに後ろから声をかけられた。

「サヤ班長、お体大丈夫なんですか」

扉にいるのはエルドだ。
バケツを置いて心配そうに腕を見つめてくる。

「エルド…心配してくれてありがとう。もうお風呂場の掃除終わったの?」
「はい、グンタのやつが以外と熟(こな)すもんで。今から報告に向かうところです」
「お疲れ様。私も下に降りようかな」
「じゃあ俺がバケツ運びます」
「え?いいよ、そんな。これくらい大丈夫…」

しかしサヤの隣に置いてあるバケツを取り上げたエルドは、扉にある自分のバケツをもって振り返った。

「駄目ですよ碌に休めてないんですから。身体ぐらい大事にしてください」
「どっちが上司だか…」

整った顔立ちの男が、善意にしろ優しい台詞を吐くとこうも恥ずかしい気分になるのか。頭を掻きながら俯いたサヤにエルドが笑った。



prev│21│next
back


×
- ナノ -