鎖に繋がれた拳は震えて


まずエレンの生死を問う裁判の打ち合わせに行くから と別れたハンジ達に言われて、サヤは先回りしてエレンの居る地下牢へと足を運んでいた。そこにいた彼は両手を鎖で拘束され、暗闇の中自由を奪われていたせいか目が虚ろで、あの時の姿とはかけ離れてみえる。

だからエレンを少しでも勇気付けようと励ましたサヤだったが、青年は何も言わないまま呆けた顔でこちらを見つめていた。いい加減この沈黙を破ってほしい。

(ハンジさんたち遅いなぁ…)

「ありがとう、ございます」
「へ?」

あまりに唐突なものだったので、サヤは間の抜けた反応をしてしまった。
一瞬なんに対しての礼なのか分からなかったが、恐らく励ましたことに対してなのだろう。沈黙を感じ過ぎてもうその話は終わったのかと思っていた。

「そんな。礼を言われるようなこと」
「オレ…自分でもこの状況、いまいち把握出来てません。オレが化物だって思われてることぐらいしか…」
「エレンのことを英雄だって思う人もいるよ。ここから出ればきっと実感する」
「出れ、ますかね…。リヴァイ兵長達が来てからもう何日経ったんだ……外がどうなっているのかも分からない。オレ、一生ここでこのままなんじゃ…」
「そんなことないわ。エレンにはやりたいことがあるんじゃないの…?」

思いつめたように呟くエレンに呼び掛ける。
実際サヤには彼の調査兵団志望の動機など知りもしないが、あの時人類の為に巨人の力を扱おうとした瞳に確信を持っていた。

「やりたいこと…ですか」

読めない表情で俯いたエレンに、なにか暗くて苛辣な気配を察知する。

「ごめんなさい、知ったような口をきいて…。でも調査兵団なんて一番悪評なところ、半端な覚悟で志願するわけないと思って」

慌てて付け加えたがその声がエレンに届いているようには見えなかった。鎖に繋がれた拳は震えて、何か頭に迫る恐ろしいものに堪えようとしている。声がかけられなかった。不味いことを思い出させたのだろうか。
ふいにエレンが顔を上げた。
サヤは固まってしまう。青年にしてはあまりにも張り詰めた顔をしていた。大きな瞳がサヤを呑み込んで、暗闇へと引っ張られそうになる。

「巨人に復讐したい。外に行きたい。ただそれだけです。…サヤさんは違うんですか……」

苦しそうに呻く声に、同意することも否定することも出来なかった。睨むように見上げるそれと向き合ったまま、サヤは困ったように柵から手を離す。

何故だろう。
自分も外を望んでいた筈なのに、頷けない。

「――ごめんねエレン、待たせてしまって」

そこに鉄の軋む音を立ててハンジたちが現れた。


::::

ヒヤリとする廊下を付きの監視兵とハンジ、ミケ、エレンと共に歩く。エレンはミケに後ろから首の匂いを嗅がれ参った顔をしていた。彼は初対面の人の匂いを嗅いで鼻で笑う趣味があるのだ。サヤも入団した頃に経験した。深い意味は無いのだろうが…。

「私は調査兵団で分隊長をやってるハンジ・ゾエ。で、もう顔見知りだと思うけれど隣の女の子はサヤ・アンドレアね。私の貴重な相談相手さ」
「はぁ…」
「…」

相談相手といっても滾って巨人を語りだすハンジの相手をしてやっているだけだ。他の犠牲者の代わりに。
心の中でそう思いながら歩いている間に、ミケの紹介も済み、ハンジは鼻で笑われた後のエレンに適当なフォローを入れている。

「…サヤさん、オレ、一体どこへ連れて行かれているんですか」
「、それは――」
「あ!」

後ろ手を拘束されたまま歩くエレンが不安げに見下ろしてきたところで、ハンジが我に返ったような声で叫んだ。

「ごめん、無駄話しすぎた」

申し訳なさ気に指差すのは、両開きの大きな扉。
この先が審議所なのだろうか。ぽかんとするエレンを横目にサヤは真剣な目つきになった。ここで彼の生死が決められてしまうのだ。今日此処へやって来た目的を再確認して深呼吸する。自分には何も出来ないかもしれないが、気は引き締めておきたい。

「もう着いちゃったけど…大丈夫!むしろ説明なんか無い方がいい」
「え?」
「エレンが思っていることをそのまま言えばいいよ」

エレンを見つめながらハンジが扉を開ける。

「勝手だけど私達は…君を盲信するしかないんだ」

証言台と思われる空間を中心に、大勢の人間が席を埋め尽くす。
扉の先に現れた突然の光景に、エレンは惘然と立ち尽くした。



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