射抜く眼光と目が合うと


毒々しい煙が、ウォール・ローゼの門から立ち昇っている。辺りは人類最初の勝利に恍惚と、そして沸々と湧きあがる興奮に歓喜していた。所々から息を荒げたままの兵士が安堵の溜息を漏らす。

―――そう、エレンがたった今、任務を成功させたのだ。

「皆…… 死んだ甲斐があったな……」

涙を目に溜めて、リコは唇を震わせる。そのまま真っ直ぐに腕を上げて黄色の煙弾を轟かせた。

精鋭班を救出に兵士たちが増勢されていく。ミカサは急いで巨人の項にいるであろうエレンの元へ飛んだ。
高度の熱が視界を歪める。すでにそこにいたアルミンは汗だくでエレンを引っ張り出そうとしているようだ。


「アルミン!エレンは!?」
「信じられないくらい高熱だ!急いで壁を登らないと…!」

背後を彷徨く巨人たちをちらりと見て、ミカサは緊張の面持ちでエレンの体を項から引っ張る。けれど一体化しかけているせいかなかなか抜ける気配がなかった。
危険な状態に焦れたリコが脚ごと結合部を切断する。

「!!うわ!!………ッ…あ」

反動で落ちたアルミンは痛みに嘆くことも許されず、ただその場で固まった。
真上には、2体の大きく空いた口――。

大きな影がアルミンと抱えられたエレンを覆い尽くす。

「エレン!! アルミン!!」

―――ズシャァァァン。

ミカサの緊迫した叫びにエレンの瞼が開く。それが最悪な状況を呑み込む前に現れたのは、閃光のような鋭い何かと、二体の巨人が横たわった光景で――。

ミカサがやったのかと思っていたアルミンは、隣で呆然と"何か"を見つめるミカサがいることに間抜けな声を上げた。

力を使い切ったエレンが瞳だけで見上げる先…

そこには緑の外套が熱気に揺れている。
その紋章は、盾に重ね翼――間違いない、自由の翼だ。

これ以上ないくらいに目を開けて、三人はゆっくりと此方を振り向くそれを凝視した。

この男を…彼らはよく知っている。
―――リヴァイ。
人類最強と謳われる男。

射抜く暗い眼光と目が合うと、背中にピリピリとした痛みが走る。隈が余計にその男への恐怖を駆り立てるようだ。

「オイ…ガキ共…。これは…どういう状況だ?」

唸るように聞いたそれは辺りを見渡した。
既に蒸発を始めたエレンの巨人の姿は骨を露わにして消えかけている。白い蒸気。熱風。張り付く汗は兵士達の体力をどんどん消費していく。

まだ状況が掴めないのか黙りこくる三人の前に立ったのは、威厳を持ち直したように背筋を伸ばすリコの姿だった。

「ピクシス司令の作戦の元、巨人化したエレンが大岩を門まで抱えて穴を塞いだ。協力感謝する…」
「巨人化だと…?」

リコがリヴァイの名を呼ぼうとしたところで、それは遮るように眉を寄せる。流れるようにその目がエレンを捉えた。

「ほう…?化け物になれる人間がいるとはな。お前たちの秘密兵器か何かか」
「…そんなところだ。調査兵団の介入は遠慮してもらおうか」
「その割には特別待遇じゃねぇか」

リヴァイが視線を投げた先にあるのは、エレンを囲むように剣を構える憲兵団の姿。

「どうやら状況が分かってねぇのはお互い様のようだな…」
「…エレンの身柄を確保しなければ、安全が保証されない。…彼は突然巨人化の力を我々に晒したんだ。本人もまだ状況を掴めていない。当然の措置だ」

これから未知の存在として暫く幽閉されるのだろうエレンを不憫だ思い始めているのか、リコの口調は弱々しい。リヴァイは未だに此方を凝視するそれらを一瞥して、任務に戻ろうと腕を振り上げた。
そこに突然誰かが叫んでくる。動きを止めて振り返れば金髪の青年が立ち上がってリヴァイを見つめていた。

「なんだ」

躊躇いがちな表情に問いかける。
しかし、次に飛んでくる言葉に息を止めた。

「調査兵団より先に、女性の調査兵が僕達の作戦に協力していました。…彼女は遂行中に重症を負ってこの区域の最奥に避難しています…。その、…っ」

リヴァイの顔から血の気が引く。
相手はサヤの救出を頼んでもいい人物なのだろうかと躊躇っていたアルミンだが、その僅かな変化に戸惑ってしまった。しかし言葉を聞き終わらないうちにリヴァイは方向を切り替える。
ガスの噴射とともにその影は瞬く間に小さくなっていった。

リヴァイはありったけの速さでアンカーを突き刺してゆく。とにかく壁の奥へ、奥へ。

確かにサヤは今日この区域で任務を果たしていた筈だ。ナナバに引き継がれた、新兵勧誘式の打ち合わせ――。
巨人の襲撃の情報を聞くのは自分達よりも速かったのは当然だ。そして、あいつなら自分の判断で飛び出してしまう。どうしてそこに気が付かなかったのだろう。

「あの馬鹿…」

鼓動が、嫌なくらい速かった。



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