赫う宝石の探し物


 夕焼けが高専の建造物に色を落とす。
 面白みもない座学の授業に飽きが来てグラウンドで夏油と組み合いをしていた五条は、その朱にふと顔を上げた。

 もうすぐ任務から瀬亜が帰ってくる頃だ。
 そう無意識に階段を見つめる五条へ、夏油は打ち出していた拳の勢いを殺す。

「犬耳が見えるぞ、悟」

 首を長くしてクラスメイトの帰りを待つ親友にぶんぶんと揺れる尻尾が見えたような気がして、呆れ顔で目頭を押さえ付けた。

「何の話だよ」

 攻撃を止め心なしか憐れむ目で見てくる夏油に、五条が声を荒げる。

「気付いてないのか?お前、瀬亜の帰りを待つ忠犬みたいだって言ってるんだよ。恋愛に現を抜かすのは構わないが手合い中は勘弁してくれ」
「ンで俺がアイツを気にしなきゃなんねーんだよ。てか、瀬亜を意識してんのはお前の方だろ」
「…なに?」
「神社で言ってたろ、同情だか哀愍だかで勘違いしやがって。お前は傷の舐め合いがしたいだけ」

 お仲間ごっこなら勝手にやってろ、と中指を突き出す五条に、仏顔を貼り付けていた夏油が青筋を立てる。
 怒りを具現化するように濃い呪霊の気配が滲んで、五条の目の前に立ち塞がった。

「盗み聞きはよくないね」
「図星か?安心しろよ、あんな貧相な女に興味ねぇから」

 意地の悪い笑みをたたえて呪霊を祓う男に、夏油の眉間の皺が深まる。
 確かに五条の趣味は非常に分かりやすく、派手で顔や体が良い女、立場上面倒のない女を選り好んで抱いていた。そこに性格や下心は関係無かったし、むしろ五条が億劫に思っていたことは何となく察していたが。

「…今回もそれで済ますつもりね。哀れだな」
「ア?」

 呟いた言葉に五条が噛み付いた。
 サングラス越しに睨んでくるそれを冷たい目で受け止めた夏油は、低い声で先を続ける。

「勘違いじゃないよ」

 やけに澄んだその音に、五条は僅かに眉を顰めた。

「恋愛に正解の情があるのか?嫉妬でも快楽でも、誰かに執着する意思が在ればそれは呪いだ。立派な恋慕だよ」
「…」
「それが私にとっての同情や憐みだったとしても、だ。だから悟に正される謂れはない」

 氷のように冷めた感情が、鋭さを失うことなくぶつけられる。
 何歩も先を見透かしたような笑みが不快で視線を外せば、日が沈み全てが闇を纏おうとしていて。

「また喧嘩してんの?お前等。傑、呪霊出しただろ。アラートなってたぞ」

 煙草を咥えながら軽い足取りで近づいてくるクラスメイトに、二人は絡めていた視線を逸らして硝子に向き直った。

「お怒りの夜蛾先生に2人の様子見てこいって言われてさ。こんなことだろうと思ったよ。何の喧嘩?」
「関係ねぇ」
「瀬亜のことだよ。悟もあの子が帰ってくるの待ちきれないみたいでさ」
「オイ…」

 半ば呆れながら夏油を睨めば、硝子もノリ気なのか大袈裟に反応してみせた。

「珍しいな、悟ああいう大人しいタイプに手出さないだろ」
「だから勝手に話を進めんなよ」
「…いいのか、硝子?自分の親友の話してるのに手を出す云々の会話して」

 ガヤガヤと煩い男達の間をすり抜けた硝子は、校舎の柵に腰掛けふーっ、と煙を吐く。

「別に。健気に呪霊の不味い血ばかり摂取する瀬亜にも、そろそろ王子様が必要だと思って」
「あ?」

 独りごちたそれへ五条が訳が分からないと言いたげに身を屈めた。煙草の火を靴底ですり潰した硝子は、切り替えるように口角を上げる。

「何でもない。瀬亜は浮ついてるくらいが丁度いいって話」
「浮ついた話が無かったみたいな言い草だね。瀬亜とは小学校からの付き合いだろ?あの雰囲気じゃ相当好かれたんじゃないのかい」
「無かったよ。あの子は人と極端に距離を取りたがるから」

 橙色の光を発して煙る香りが鼻を擽る。なるほど、と納得する夏油を他所に、五条は出会った当時の瀬亜を思い出していた。

 "人と極端に距離を取りたがる"。
 確かに彼女は幼馴染の硝子以外と決して馴染もうとせず、口癖のように敬語を使っていた。
 任務が終わればリセットされたかのように他人行儀に戻り、他の女達がしていたような媚びすら売らない――そんな瀬亜が視界にチラつき出したのは、あの怯えるような表情を目にしてからだった。

 まるで自分から強烈な悪臭でも放たれているかのような、苦悶の顔。それが近づけば近づくほど汗を滲ませ…五条にとって時に不愉快に、時に扇情的に歪む。
 そんな今までにない反応に、単純に興味が湧いたのは確かで。

 “プルルルル…”

 そこへ突然硝子の携帯が鳴った。
 光っているのは、瀬亜が受け持っている任務の補助監督の名前で、不思議がって隣に腰掛けた二人は次の言葉に目を丸くする。

「瀬亜が任務から戻らない?」

 その瞬間、五条はずさりと砂を蹴り立ち上がった。向かいで同様に目を鋭くする夏油は、硝子の電話へ冷静に耳を傾けている。

「何て言ってた」
「瀬亜の帳が降りてから数十分経っても車に戻って来ないらしい。携帯も繋がらないって」

 電話を切るなり問いただした五条に、硝子は曇った声でそう言った。

 何故だ。
 帳が消えたということは敵を祓ったか、術師が力尽きたかのどちらかなのだ。しかし現場には瀬亜の姿すら無く、周りに異種の呪力もなかったという。
 つまりこの事態では呪いと無関係の人間の関与の可能性まで出てくる訳で。

「っ、私も電話だ」

 悶々と考える五条の隣で、今度は夏油が携帯を取った。

『夏油さん…っ、瀬亜知りませんか?連絡が取れなくて』
「落ち着いてリコちゃん。実は今、私達も彼女を探しているんだ。何か知ってるのかい?」

 スピーカーから漏れてくる先日会った女子高校生の震えた声に、すかさず顔を近付ける。

『っ、やっぱり居ないんですね。瀬亜が学校に戻ってから怪しい車が遠くで後を追うのが見えて…。ソイツの顔、私知ってる気がして』
「"知ってる"って?」
『その、ストーカーです…。前から男性に付けられてる感じがして、ミヅキと瀬亜には相談してたんですけど』
「その男の顔は分かるかい」
『分かります。けど、車の人の顔はハッキリ見えませんでした。…それで不安になって瀬亜に電話したら出てくれなくて……。でも、何で?どうして私じゃなくて瀬亜に危害を――』

 自責の念で上擦るそれを、夏油が優しい声で宥める。鼻を啜る音が静かな空間に響き渡り、五条は分厚い黒雲を睨んだ。

 車で移動したと考えると、非術師の痕跡を追うのは至難の業だ。同じことを考えているのか顔を曇らせる硝子と夏油と目を合わせ、舌打ちをする。

(クソッ…)

 取り乱しノイズが混じる携帯を夏油から奪い取った五条は、弱々しい嗚咽に被せるように口調を強めた。

「よく聞け、瀬亜は俺達が必ず探し出す。この周辺の何処かには居るんだ。だからアンタは安全な場所で大人しく待ってろ」

 車で移動したとしてもそこまで遠くには行っていない筈。
 「いいな」と釘を刺す低い声に圧されたリコの返事を聞くや否や、五条は天高く地形が見渡せる場所で滞空する。

 街を一望する大きな瞳が、全てを燃やし尽くさんとばかりに碧く煌めいた。


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