ようやくリヴァイは本来の目的を果たす気になったらしく、サヤの前を歩き部屋までの階段を上り始めた。
一体なんの目的があって回り道をしたのか知らないが、お陰でサヤの精神は疲れてしまっている。げっそりした気分だ。

「部屋はどこだ」

ふいにリヴァイが尋ねてきた。事前にメイドから告げられた言葉を思い出しながら答える。

「3階です」

その言葉にリヴァイが眉を顰めたのが見えた。暫くじっと見つめられたかと思うと、訝しげに問うてくる。

「…上階は馬鹿でけぇ広さだろうが。わざわざ一人部屋じゃない所を借りたのか」
「兄と同室らしいので…」
「は…」

リヴァイの言わんとしていることは前世の庶民感覚が抜けないサヤにもよくわかる。
今夜借りている部屋は二人だけでも有り余るほど広いのだ。空間やお金の無駄としか言いようがない。

「兵長は、貴族が嫌いですか」

思わず苦笑いでそう聞いてしまった。
男はへら、と笑うサヤを無表情で眺める。

「それを聞いてどうする」
「軽蔑されているみたいだと、前々から思っていたので」
「弁解したいのか。俺に謝らせたいか」
「謝罪なんていりません。弁解もない。貴方の思う通りだと思う」

傲慢で、優雅で、卑しくて、無駄を貪り続ける彼らなら小さい頃から見てきた。アンドレア家だけはそうではないとも言い切れない。他と理由がましであるとしても、地位と権力の為に餌を撒くような真似をしてきたのだ。

「…ならば何か言いたい。お前のいう事は突発的で無計画だ。理解できない」

サヤの予想外の返答に益々疑心を抱いたのだろう、リヴァイの眉間の皺がぐっと深まっている。
確かに、自分のいう事は案外感情的なのかもしれない。変に納得して頷いてしまったサヤからは、自然な笑みが零れた。

「…私は違う、とか、そんな事を言いたいんじゃないんです。兵長なら同じ感覚なのかもしれないと思ったんです」
「…同じ感覚だと?」
「はい。貴族というよりは、私は…この世界の人達に違和感を感じています」

それは小さい頃からずっと拭い切れなかった小さな熱りだった。

何故、人々は外を望まないのだろう。
満足なのか。狭い世界で妬み合い、見栄を張り合って、優越感に浸って…或いはそれを羨むだけで。もちろんそんな人間ばかりではない事も知っている。ただサヤにとっては、外を望まない貴族や人々が気持ち悪くて仕方なかった。

当たり前な筈だ。

海も、砂漠も、南極や宇宙も。

「どうして文明の進化を禁じるんですか。飛行機が発明されれば巨人の影響を受けることなく外に出られます。それが無理でも気球なら今の技術から―――」
「よせ!」
「ッ、」

突然弾かれるように大きな手で口を塞がれた。ごつごつしていて、所々に肉刺が出来ているリヴァイのそれ。顔いっぱいに覆われた掌の感覚を肌越しに感じながら、サヤは痛みに顔を歪めた。

「チッ、誰かいやがった……」

階段の下の方を睨むリヴァイ。確かに音に集中すると、誰かが階段を下っていく足音がした。
リヴァイの行動の意味に気付いて、さぁっと顔が青くなる。

「すみません…」

つい、興奮して周りを気に出来なかった。

「今のを聞いていたのが憲兵団だったら、お前は間違いなく豚小屋行きだろうな」

冷たい目で見下されながら、押し付けられていた手が離れていく。そうだ、この世界では文明の進歩が罪とされているのだ。人々はそんな不筋に目を瞑り、牽強に従っている。
離れたリヴァイは再び前を歩き出した。お礼を言う気分にもなれず、黙って後を追う。そんなに大した物を食べていないのに、息が苦しくなってきた。今すぐ狭苦しいドレスを脱ぎ去って、遠く懐かしい自分の部屋のベッドで眠りたい。それだけで幸せなのに。



幻想に囚われたまま

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