「―――開門30秒前!!」

息もできない程の空気が、周りに張り詰める。
ついに今日は壁外調査当日となった。サヤ達は予備の馬を各々に連れ沈黙を被っている。とても喋れるような雰囲気ではなかった。
左には嫌な汗を滲ませるノーラの横顔、右には何時もよりも真剣で、思い詰めたような顔のエイデルがいる。サヤは奥の巨大な門を見つめた。...あと五秒、四、三―――。

「開門始め!!前進せよ!!!」

その合図で一斉に馬が走り出した。合同練習で行った通りに駐屯兵団がウォール・マリア内の巨人の掃討をする。

「街がボロボロだな…」

エイデルが呆気に取られた声で呟いた。活気で溢れていたマリアの地は、一つ内側のローゼの街並みと比べたら別世界に成り果てている。
サヤは前を見据えた。迫るのは壁外とを隔てるウォール・マリアの壁。謎の巨人が開けたという穴が大きく開いている。

「いよいよ私達、外の世界に…」

視界が壁の穴に差し掛かり暗くなった。そして次の瞬間、痛いくらいの光が目を刺激する。

「うっわあ、すげえ!!サヤ!外だ…!!!」

鼻の奥が、ツンとした。

(綺麗…だ)

"懐かしい"と言うよりは、記憶の中のものよりもずっと美しい世界だった故に感動したのだ。こんなに壮大で澄んだ空気に触れるのは初めてだ。

しかし、そんな気分に浸っている暇は無い。

「っおい!!あの建物の裏に何かいないか!?」

エイデルの声に二人は前方の崩壊した建物へと首を捻る。もぞり、動いたそれが一気に此方へ突進するまで、三人は固まったままだった。

「走って!!」

ノーラが叫び馬を全力疾走させる。急いで後を追った。サヤは、腰に掛けているケースの中を冷静に見下ろす。そして素早く赤い信煙弾を打ち上げた。

「どうする!?このままじゃ陣形を崩されるわ」
「今この煙弾を見た班が、運が良ければ助けに来てくれる」
「それまで持ち堪えられるのか!?ほら、もう後ろまで…ッ」

振り返ったエイデルが息を詰める。サヤも首だけで振り返れば、後列を担当する先輩兵がまさに巨人の背中にワイヤーを突き刺すところだった。
早い援護に安堵したのも束の間、巨人は項を狙ったそれに反応して手を伸ばす。思わず前に向き直った
。後ろから聞こえる咀嚼音に、三人は真っ青になる。
次狙われるのは自分たちだ。なのに頭が真っ白で何も考えられない。このままでは死ぬ。そう思えば思う程、冷静ではいられなくなる。

「っとにかく、何とか…。陣形を護らなきゃ…」

でも、どうする?
こんなに開けた草原では装置を思うように操れない。直接巨人にワイヤーを刺すのはかなり危険だ。

「エイデル!ノーラ!森へ入ろう」
「森だって!?」
「危険よ!!ここから見える森へ行くには陣形を無視することになる!!」

右斜め前の遠くを指さして、ノーラが首を降る。それでもサヤは譲らなかった。

「…もう、右翼側の一部は、機能してないわ」
「……どうしてそんなこと」

そう言ったノーラも、声は弱々しい。彼女も薄々気付いていた。さっきから周りに同行する筈の班が見当たらないのだ。範囲を広げるため最大限にまで距離を離しているせいかチラチラと点のようにしか見えないのだが、それが今は全く見えない。そんな壊滅的状況の伝達が来ないということも、"最悪"の自体を意味していた。

「ノーラ、今やれることをやらなきゃ。ほんの少しの望みに賭けるの」

真剣に訴え、進行方向を切り替える。

「…あーもう!!やるっきゃねーな」

意を決してサヤに倣ったエイデル。ノーラは不安に押し潰された表情のまま、方向を切り替えた。
後ろからは、案の定先輩兵を捕食した巨人が無表情で追い掛けてくる。

森まで辿り着いた。
此処からは立体機動で巨人を倒すしか選択肢がない。

「サヤ、私が囮を担当するわ!二人は役割を分担して巨人を仕留めて!!」
「了解!!俺が項を削ぐ!サヤはアイツの動きを封じてくれ!!」
「分かった!」

馬から立体機動で飛び立ち、巨大樹の太い枝に乗り移る。そこから巨人が来るのを待ち伏せし、自分達を通過するのを待つ。次の瞬間、サヤは巨人膝裏目掛けてアンカーを放った。
鋭い風が肌を撃つ。狙いはすぐ目の前に―――。

「サヤっ、」
「え?……ッ」

気付けなかった。巨人は膝裏を狙うサヤに気付いていたらしい。そのことが解らず一気に接近して、諸に巨人からの腕の攻撃に当たってしまう。そのまま地面に叩きつけられ何度も転がった。
ぐらぐらと視界が回る。平衡感覚が失われ立ち上がることが出来ない…。

「―――!――――…!!!」
「――!」

声が聞こえる。
何を叫んでいるようだ。なにを叫んでいるのだろうか、それは絶え間なく耳に反響して…やがてクリアになってくる。

「…っあ……」

意識がはっきりとしたサヤの目に映ったのは、自分を見下ろす大きな顔だった。



逃げられない漆黒

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