Novel
不良彼氏と優等生彼女
隣のクラスの桜宮に「ベッゴリ モロ」やられ、情けなくへこんだ顔面の中央。妙に自分のスタイルをもっている不敵なヤツだとは思っていたが、ここまでやるヤローだとは。もちろん、これは、不意打ちであるし、あいつはトルコ石に彩られたゴツいブレスレットを武器としてつかった。そう言い訳を並べ立て、ひとまず、己の心に平静さを取り戻そうと努力する。
あの子に会う前に、この昂ぶった気持ちを、沈静化しなければ。
トイレで身なりを整えて向かいたかったが、このままでは待ち合わせ時間に遅れてしまう。
フルカウルのVFRを駆って、内海雄太、"ゆーた"は、目的の場所へ急いでいる。
そこは、中学生や高校生も、気軽に使いやすいカフェ。
単車を駐め、店の中をのぞくと、その姿はすぐ見つかる。
読書に夢中なのか。やや丸くなった背中。きちんと着こなされた、清潔感にあふれた地味な制服。そのスカートは、まじめな膝丈。黒髪のロングヘアは、前髪をピンできっちりととめられ、おさげ髪にむすばれている。少しだけ目が悪く、時折めがねを使っていること。本が好きで、暇さえあれば読んでいること。カフェでは必ずアールグレイを頼むこと。じゅうぶん痩せているのに、体型を気にして甘いものはあまり食べないこと。
ゆーたは、すべて知っている。
あの子は、ゆーたの彼女。あすか。
情けないことに、少しだけ待たせてしまった。約束の時間から5分だけ遅れている。
ゆーたとあすかは、非常によく似た名前の高校に通っているが、名が似ているだけで、己は私立。彼女は県立。あすかは、神奈川県下で三本の指に入る、超名門高校に在籍しているのだ。小学校高学年で同じクラスになったことが、友人になったきっかけ。そのまま、二人とも同じ学区の公立中学に進学。中学三年間を通してあすかは常に学年で三本の指にはいる成績を保ちつづけ、生徒会長もつとめたうえ、見事、超名門高校に推薦でいち早く合格してみせた。翻って己は、体育や図工だけが取り柄の、小学生の頃からの、いっぱしの不良少年。出席番号が近かったり、修学旅行でなぜか同じグループになったり。「美女と野獣」だ「ロミオとジュリエット」だと、おおげさなものではない。理由はない。なんとなく、気が合ったのだ。浮ついた性格でもなければ、重苦しい性格でもなく、頭の良さを鼻にかけず、いつも心が落ち着いているあすかに、ゆーたはいつのまにか惹かれていた。
べこべこになってしまった顔面中央部が気になるが、しかたがない。あすかが待っているテーブルに近づき、精一杯キメてみた声色で、ゆーたはあすかの背後から、意気揚々と呼びかけた。
「よ、よぉ!」
その声は見事にうらがえった。
あすかとゆーたは、付き合いはじめて、およそ一年たつ。勉強も生徒会活動も忙しいあすかは、ゆーたとなかなか遊べない。当のゆーたも、心より敬う人物に出会えて、彼と行動をともにすることも多く、おまけに県下最大レベルの「族」に属している。あすかはあすかの世界。ゆーたはゆーたの世界。それぞれの世界を尊重した結果、さほど頻繁に遊んでいるわけではない。
「……うん」
読んでいた文庫本から顔をあげ、振り向き、声をかけてきた彼氏を見上げたあすか。ゆーたの姿をじっと眺めたあと、そのあいさつに、短く答えた。
「ん、んだよ、んな遅れてねーべな」
「五分くらいだしね」
「急いだんだぜ、これでもよ」
「見たらわかるよ?焦らせちゃったのね、ありがと」
あすかが、ゆーたに、とりあえず座りなさいと言わんばかりに、向かいの座席を手でうながす。
ゆーたは、わざとふんぞりかえり、音をたててすわりこもうとしたが、その衝撃は、座り心地のいいソファに吸収された。
「五分だから何も言わないけど、そうだなー……、二十分くらい遅れたら、どうして遅れたかちゃんと聞くよ」
「へーへー」
水の入ったグラスをゆーたの前に丁寧に置いたあと、流れるように注文をとる店員に、コーヒーを命じた。暴走りつかれたゆーたはグラスを一気にあおった。
「で、そのケガどうしたの」
あすかが、スクエアなめがねをそっとはずし、テーブルにことりとおいた。化粧っ気の一切ない顔。ぬけるような白肌とまではいかないものの、無頓着な自分に比べ、その肌はよっぽど白く、きりっと引き締まった表情だ。いつか、退屈な国語の授業でおそわった俳句にでてきた、植物。なんだったか。あすかをみていると、ゆーたは時々それを思いだす。
「どこでつくってきたの」
向かいの席にすわっていたあすかが、しゃなりとたちあがった。ほんの少しだけ歩き、あすかは、ゆーたの隣にすとんと腰をおろしたあと、おもいきり顔を近づける。
短いうなり声をのどの奥から漏らし、ゆーたは窓際へあとずさった。
あすかの唇に今にもかぶりついてしまえそうな距離だが、ゆーたにその度胸はない。キスも、実は数回かわした程度。それ以降なんて、とてもではないが。
「あーーー、これは……」
めがねをとったあすかのすずしげな目元、さっぱりした眉間に、彼女らしくないしわがよる。ゆーたは目をそらし、これしきどうってことない言わんばかりの面持を思い切りつくりあげ、ポケットに手を突っ込んだ。
あすかは、切実な表情でゆーたの顔をひとにらみしたあと、
「冷やしとけば、治りそーだね」
あっさりとあすかは診断した。そして、あすかが飲んでいた紅茶のとなりに丸められていたおしぼりをひきよせて、ゆーたの患部に思い切りあてた。う、とも、あ、とも聞こえるようなうめき声を、ゆーたが発した。
「歯医者には行きなさいよ?」
私のおしぼりつめたくなってるから、これ使って。
「オメーにいわれなくても行くよ」
ゆーたがそのおしぼりを己の手でおさえなおしたことを確認して、あすかは、すっと立ち上がり、もとの席に戻る。置かれていためがねを、ゆーたよりずいぶん華奢な指でとりあげ、かけなおした。めがねをかけているあすかは、すこしクールに見える。めがねをはずしたあすかは、どこか憂いのある表情になる。どちらのあすかも、ゆーたにとって、可愛くて、いとしい。そうあすかにまっすぐつたえたことは、数えるばかりだ。
ゆーたのコーヒーが運ばれてくる。おしぼりをぽいと放り出し、無理してコーヒーをブラックで飲むゆーたが、あすかにとって、なんだか愛らしく思えてしまう。これも、ゆーたに伝えたことは、ない。
「何読んでんだ?」
ゆーたが、テーブルにおかれていたあすかの文庫本をとりあげた。しおりをはさんで閉じられていた本をぱらぱらとめくってみる。
「アガサ・クリスティー」
杉の柩。あすかはタイトルを律儀に告げる。
「こんな字ばっかりの本よく読めんな?むずかしそー」
一気にめくり終えた本をぱたんと閉じ、あすかに突き返した。
「べつにむずかしくないよ?」
小花模様やチェック柄がコラージュされた布のブックカバーが、文庫本にかけられている。これは、ゆーたがあすかにプレゼントしたものだ。
「おめー、こむずかしい本ばっか読んでっからよ」と、雑貨店で買ってきてくれたのだろうか、ささやかなラッピングにくるまれて、その包み紙の中から、ブックカバーがでてきたこと。
県立高校の推薦入試を終えた2月、バレンタインに乗じ、「ヤンキー」と「優等生」の壁をこえて小学校からの友人関係が続いていたゆーたに、思い切って告白しようとした。弱い者いじめをしない。嘘をつかない。自分が間違っていれば素直にあやまる。ゆーたのいいところを、あすかはいくつも知っていた。そして結局、逆にゆーたから気持ちを伝えられた。生徒仲が良い小学校だったから、「ゆーた」「あすか」と呼び合う仲は幼いころから。今もあの頃と、さほど変わらない。そして、3月、卒業式直後のホワイトデー間近の日。はじめて二人で出かけたときに、このブックカバーをプレゼントしてもらったのだ。そのラッピング資材ごととってあることは、あすかはゆーたには伝えていない。
「つか、オメー疲れてねえ?」
「昨日まで期末だったもん。そりゃ疲れるよ」
「疲れてんのにんなもん読むんかよ」
「……そうだね?そうだわ、疲れてるときに読書するってねー」
ゆーたにもらったブックカバーを、つねに手元においていると、なんだか妙に安心するし、守られている気もする。目の前にいる、バカだけど嘘のつけない、素直な彼氏に、あすかは確かに支えられている。
「オメーのことだからよ、高校でもてっぺんとってんだろ」
てっぺんとは、この場合、成績、テストの順位のことをさす。
「中学までは、そうでもね。高校はね……」
超進学校で簡単にてっぺんはとれない。それでもなんとか保っている成績のことをはなすと、ゆーたは、真正直に、目をまるくした。
テスト開けの少し腑抜けた気分。目の前の試験に対し、こころから満足のゆく努力ができたのか、いまひとつ手応えのない気持ち。そういった中途半端なストレスがみるみるうちに消えてゆくようで、あすかは、ゆーたとともに、ケラケラと笑った。
あすかの話を聞きながら、ゆーたはコーヒーに手をのばす。そのさきには灰皿。ちらりと目をおくり、癖のようにポケットに手を突っ込むも、あわてて手をひっぱりだすゆーたの姿にあすかは気づいていた。
たばこ、なるべく、外で吸わないで。
一度、正面切ってそう願ったことがある。
その、正当すぎる忠告であり願いに、感情的に怒るわけでもなく、図星をつかれて拗ねるわけでもなく、小さな子供が叱られたときのように決まりが悪そうな表情で、黙って彼女の願いを受けいれたゆーたは、以後、まじめに約束を守り続けてくれている。あれはよけいなお世話だったか。それでも、自分の思ったことをはっきりとゆーたにつたえたことは、たぶん、間違いではなかったはずだ。あすかの見ていないところでは吸っているのだろう。それをとがめ続けるつもりもない。それでも、二人で外にいるとき、ゆーたは、あすかの目の前でたばこを吸うことはない。ゆーたの部屋で二人で過ごす時、彼は我慢できずに吸っているけれど。若いうちからこんなことをするなんて、ゆーたの身体にいいはずがないのだけれど。でも、ゆーたのやりたいことをすべて自分の思い通りにできるはずもなく、あすかは、最低限の願いだけ、ゆーたに送ったのだ。
ゆーたは、カフェの外にとめてある己のバイク、VFRを、気づけば、じっと眺めている。いきいきとしたあたたかい目。その満足そうな姿に気づいたあすかは、いちかばちか、ずっと伝えようと思案していた言葉をきりだしてみた。
「ゆーたのバイク、今度はどこをカスタムするの?」
その言葉をきくやいなや、ゆーたが、あすかに驚愕の目線を送る。あすかにとって、その視線は、咎めているようにも、余計なことをいうなと伝えているようにも思えてしまう。あすかは、下唇をかみ、ばつの悪い表情で、おそるおそるたずねた。
「……間違ってた?」
「い、いや、オメーが単車の話するなんてよ?」
ちっとビっただけ。
「勉強してみよーって思ったんだけど……、やっぱ、ぜんぜんわかんなかった」
あすかは、鞄から、バイク雑誌をとりだす。
「知ったよーなこと言っちゃって、ごめんね?」
書店にいくつかならぶバイク雑誌。そのなかから、もっとも立派な紙質の雑誌を選んで買ってはみたものの、表紙にとびかっている言葉すら、何を書いているのだか、あすかには結局さっぱりわからなかった。
「ゆーたはさっき、クリスティーが難しいって言ったけど、私はこの雑誌が難しいよ」
だってこれ何書いてるかわかるんでしょ?
これはどーいう意味?
あすかが表紙に飛び交っている太文字を指さし尋ねると、ゆーたが世にも幸福そうな笑顔で、解説を開始した。要領をえなくて、あのだのそのだの指示語が多くて、だけれど、ゆーたは、自分の言葉でいきいきと語りはじめる。
結局、いまひとつ、なにがなんだかあすかにはわからないけれど、ゆーたの好きなものを語り聞かされる時間は、なんだか心地よいのだ。あいづちをうちながら、質問をかさねてゆく。ゆーたの、やや鼻にかかったテノールは、あすかにとって、なんともここちよい。疲労がふわふわとはがれ落ちていくような気持ちをあじわい、ひじをついたまま、ぼんやりとゆーたの講釈に耳を傾けていると、ゆーたの声がいつしかまじめになった。
「おめー、やっぱ、なんか疲れてんべ?」
どっか体調わりーんかよ?
「だから、テスト後なの」
「それだけか?」
「……わかる?じつはね……」
あすかは、生徒会で起きた、くだらないもめ事を、ぽつぽつと語り始める。ティーポットからさめた紅茶をそそぎながら、さっきまで穏やかだったあすかの顔は、不機嫌そうな表情にゆるやかに変貌し、スプーンで紅茶をかきまぜながら話を続ける。
スケールの小さないざこざ、おおげさにはならないけれどせせこましい精神的重圧となっていつまでものしかかるできごと。
そのひとつひとつに、ゆーたが、やっちまえだの、のしちまえだの、ラフで、ばかばかしい合いの手ばかりいれるものだから。
いつしか、あすかも、どこか気持ちが晴れ始めていた。
カフェにさしこむ西日がややつよくなり、建物の外には、家路をいそぐ人々の姿もめだつ。どちらからともなく立ち上がり、ゆーたが伝票をつかんだ。
「今度ライブあんだよ、オメーも来っかよ?」
「ライブ?ゆーた、音楽詳しかったっけ」
「お、おー、おれなんかよーあれよー」
覚えたばかりのバンド名や洋楽アーティスト名を得意げに列挙するゆーたの話を、うなずきながら、あすかは耳を傾ける。ゆーたによって挙げられるタイトルを和訳してあげたり、そのアーティストの代表曲をたずねたり。豊かなリアクションをとるゆーたの話を、あすかは興味深く聞き入った。
世界史で教わることと、意外に密接な関係があったりするのね。あすかがそうコメントすると、ゆーたがなにがおもしろいのか、笑い飛ばした。
わずかに開いた距離。お互い、そっとくっつきたいけれど、友達でいたころにくらべると少しだけ近い距離のまま、これ以上は、お互い踏み出せずにいる。
割り勘で会計をすませ、ゆーたのバイクのもとへ、ふたりはほどなく到着した。
「後ろ、乗らねーのかよ」
「ゆーたがメットかぶるなら、乗る。私だけかぶるなら、乗らない」
てか、まだ、免許とって一年たってないでしょ?
きっぱりと伝えたあすかに、なるべく聞こえないように舌打ちをし、ゆーたは、バイクを押し始めた。
何度もあすかに打診してきた。そのたび、こうして、社会のルールを盾に毅然と断られる。その決然とした姿は、彼女らしいうえ、彼女は何一つ間違ったことを言っていない。
「そのライブいつあるの?」
「あーー、……っと、教えねーよ……」
「……怒った?」
「あ?なんでだよ」
「私が、バイク乗らないって言ったから」
「ちげーよ、まーよ、なんつーかよ、パーティーなわけよ」
「ぱーてぃー?」
「オメーつれてくとあぶねーかもしんねーからよー、今度、あぶなくねーのいこーぜ」
「デートに誘われてんのね?私」
「わ、わりーかよ」
つーかこれもデートだべ!
「わたしが好きなの、ゆーたと違うかもよ?」
あすかがよく聴いているガールズバンドの名前をあげると、ゆーたがきつねにつままれたような表情になったのち、首をかしげた。
「ま、今度きかせてあげよう」
あすかは、バイクを両手で押しているゆーたのそばを歩いているから、当然、手はつなげない。何度かつないだこともあるけれど、数えるほどだ。
「もーすぐ一年たつしよ、次ぁよ、二人ぶんもってくっからよ」
あすかが、ゆーたのほうを向き、しどろもどろに語り続ける彼氏の姿をじっと見つめながら歩く。
「そん時ぁ、後ろに乗れよ」
ゆーたは、あすかの方を、とてもではないが見られない。正面を向いたまま、びしっときめたつもりの顔で、視線をあさっての方向に送りながら、ぽつりとつぶやいた。
「うん。ありがと」
あすかは、ゆーたの横顔をしっかりとみつめて返事した。あすかより少しだけ高い身長。ゆーたのきっちり固められた金髪が、夕日にきらきらとひかる。
「ね、バイクの後ろにのせてもらう時って、コツとかある?」
「オメーは俺の後ろに乗ってりゃいんだよ」
「私、自転車の二人乗りも下手なんだよ」
「おれに抱きついてろ」
「え、あ、はい」
「ち、ちげーよ。それが一番安全なんだよ」
「わかりました、そうします」
「んで敬語だよ!」
「まあ、そのまえに、そのケガ、早くなおしてね」
ふたりして、わざとゆっくり歩いたところで、いずれは駅に到着してしまうのだ。JRの、大きな駅前で、ゆーたとあすかは、すこし気恥ずかしそうに向きあう。ゆーたは、バイクを支えたまま。立ち止まったふたりをすりぬけて、人々は駅にすいこまれていく。
「中まで、おくってくべ?」
「えー、大事なバイク、どうするの」
あすかがころころと笑った。
「何かあっかもしんねーだろ、俺みたいなモンと一緒にいてよ」
あすかの朗らかな笑い声はますます大きくなる。
「マンガじゃないんだから、何かあるわけないでしょ!」
「だ、だけどよ」
「一年付き合ってきて、何かあったことないじゃん。別に何も起きないよー、ここまで押してくれて、ありがとうね」
あすかが、きっぱりと断ると、ゆーたがやむをえずその断りを承諾したあと、それでも気遣いの言葉をかけた。
「けーったら、TELいれろよ?」
「うん。じゃーね?」
ゆーたが、切羽詰まった声で、あすかを呼びとめた。
「ちっと待てよ」
「なに?」
ゆーたは、指だけであすかをよびよせる。その指に気がついたあすかは、バイクの周囲をぐるりとまわって、ゆーたのそばにたどり着いた。
ゆーたが、あすかの手をぎゅっと握った。
さすがのあすかも、これには狼狽するしかない。
夕方の駅前。ごったがえす人々。瞬きの回数が多くなり、うつむいてしまったあすかは、ちらりとゆーたをぬすみみるも、手を捕まれたまま、そのままなにもおこらない。
「……ゆ」
「気、気ーつけて、けーれよ」
「……。うん、ありがと。電話するね?」
そっと放された手を、自分の手ですこし覆ったあと、あすかは、穏やかにほほえんで、改札まで向かう。
「今日もゆーたと話せて、よかった。またどっかいこうね」
もう一度ふりかえって手を振った。
あすかはそのまま、あっさりと改札に消えてゆく。
ゆーたはバイクにまたがる。どうにも、絵に描いたような粋なことはできない。己の尊敬する、あの総会長。そのとなりに寄り添う、美しい年上女性。まだまだ、あんなふうにはなれないけれど。
我慢していたたばこ。あすかと別れてからも、まだ吸うつもりはない。
あすかが試験期間中だからと、お互い制限していた電話。おおよそ、7時くらいか。ゆーたの家に気を遣った時間に、あすかから、必ずかかってくるだろう。
とりあえず今晩の電話で、頭がよくてしっかりした彼女と、少しだけ、長く話せるのを楽しみに。ゆーたは、夕暮れの町へ、VFRで走り出していく。