龍也小説

後ろ抱き 龍也編

龍也の部屋に入った瞬間、背後から葵のコートのボタンに手がのびてきた。
龍也によってあっという間に分厚いコートが剥ぎ取られたあと、ついでにマフラーも奪い去られる。

コートの下から出てくる何の飾りもないブレザー。
そこにも龍也の手が伸び、真後ろからあらわれた手が、ひとつずつボタンをひらいていく。
はらりとひらいた葵のブレザーは、袖から一気に剥がれ、あっけなく龍也にうばわれた。

葵はひたすら唖然としたまま。
龍也による、無言の唐突な行動に、葵は抵抗のひとつもできず、されるがままとなる。


うちの学校の制服、重いしかわいくないし、堅苦しくて

と、平静を装いながら葵がぼやこうとすると、龍也の長い腕が、またも背後から葵を支配した。
身体の脇からのびてきた手。
その大きな手が今度はベストに向かう。ぴくりと身をふるわせ、葵の身体に緊張が走った。
3つの大きなボタンが、実に器用に、またたくまにはずされていく。

さきほどとちがって、やや性急な手つき、布が悲鳴を上げるような音をたて、ベストまでもが葵の体から剥ぎ取られた。

そこで手は止まり、葵は、真っ白のブラウスとスカートだけになった。
ブラウスの下には、インナーのキャミソールと、当然だけれど下着だけしかない。下は、生脚にハイソックスにスカート。体感温度が一気にかわり、おもわず葵は自分の腕で自分をかき抱く。なんてことはないふりをしていたつもりが、いまや鼓動は駆け足である。

あまりに無防備な姿に不安が襲い掛かってくる。背後からもう一度せまってくる龍也の大きな気配をさすがに拒もうとすると、
そのまま葵は、龍也に、まるでちいさな子供を抱くようにかかえあげられた。

「り、龍也先輩??」

ベッドにどさりと胡座をかいた龍也のうえに、ちまっと座らされてしまった葵。

「あの、龍也先輩……?」

もう一度名前を呼ぶと

「あ?なんだよ」

いつもの調子で流されてしまった。

龍也は無視して長い腕をのばし、テーブルのうえの雑誌をとる。

そして葵を抱えたまま、淡々とバイク雑誌を読み始めた。
龍也の身体の中心に、葵。一度、雑誌を正面にもってきてはみるものの、やや読みにくいと思った龍也は、斜め前、ベッドに雑誌を直に置いた。
読みにくいならどこう……と、葵が身体をうごかすと、

「動くんじゃねー」

おどろおどろしい低音が葵を貫いた。

以後、葵の身体は龍也の片手でとらえられたままとなった。




雑誌もすっかり飽きて、ほうりだしてしまった。

龍也の至近距離にあるのは、首元から耳まで、真っ赤にして、押し黙っている葵の身体。
部屋に先にいれた恋人のコートとブレザーをまたたくまに剥いで、あげくベストも無理やり脱がし、
そのまま抱き上げて己の足の間におさめたのが、さきほどのこと。どれもこれもサイズが小さかった。

年下の彼女は、ひたすら戸惑いながら、すがるような音で何度か龍也の名を呼んだが、適当に流しておいた。やがてあきらめたのか、龍也の長い脚のあいだに、おとなしくちんまりとおさまった。

龍也の脚の間におさまったままでいるものの、葵はなぜか腰から上体をおこし、ぴんと背筋をのばして、体がこわばっている。

「もたれろ」

倒れ込んだまま甘えてくれればいいものを。

龍也はややいらいらしながらも、そのいらいらは、己の腕には伝えないようにこころがける。

左腕で葵をとらえたまま、右腕を葵の肩にもそっとまわし、ゆっくりと自身の胸元にもたれかけさせた。
ちからを抜いて、ようやく龍也に体をあずけた葵。

しかし、龍也のほうはけしてふりむかず、じっとうつむいたままだ。
耳元の赤さ。黒髪が前方にはらりとおちて、白いうなじも朱色にそまっている。
そして、薄いブラウスごしに、熱い体温がつたわってくる。ブラウス一枚の、無防備な姿。少しだけ自分の身をまもるように、年下の彼女は、彼氏の腕のなかで、かたく緊張している。

何をそんなに緊張しているのだか。

葵の肩にからみついていた右腕をほどき、ポケットからたばこをひっぱりだそうとした。
しかし、葵をこうして抱いたままだと、灰でもかかったり、あまつさえあやまってやけどでもさせれば一大事である。
ほんのちいさな舌打ちをひびかせ、龍也は、手をポケットからぬいた。

「あ、別に、大丈夫です」

葵は、こちらをみないまま、つぶやいた。
背中に目でもあんのか。たばこのけむりには慣れているから大丈夫だと日頃から主張する葵は、ニコチン依存にちかい龍也に気遣いの言葉をかける。

「時々よ、俺が吸ってんの止めんのは何なんだよ」
「あ、あれは、ケガされてるときなので…今は、全然、大丈夫です……」

じゃあ、お言葉に甘えて。
「そーかよ」

葵の身体を左腕で捕えたまま、たばこをひっぱりだし、一本だけ歯でぬきとる。その後同じ手でジッポをひっぱりだしたあと、火をつけた。

そうはいっても、やはり、目の前にいる少女に何かあったら心配で。
ベッドサイドにあるシンプルなブラウンの灰皿に、つけたばかりのたばこを、ぐりぐりとおしつけた。

こちらを気にする気配を漂わせながらも、未だ固い葵の身体。少し強く抱き寄せてみると、やたら初々しく、ぴくりと反応する始末。

さんざんそちらからついてきておいて、いざ手の届きやすい、自分の手で守りやすい間近に葵の身体をおさめさせてもらうと、これである。

「怖がってんのか?」

低い声で、静かにたずねた。

「り、龍也先輩はこわくないです」

なかば無理強いのように呼び方を変えさせたくせに、名前を呼ばれることが、ややくすぐったい。

「まえもこういうことあっただろ」

「……あ、あれとは、ちょっと、違うような……」

「俺が怖ぇか?」

葵が、龍也の腕をほどいて、脚の間で、くるりと体の向きを変えた。

「こわくありません」

おおきな瞳は少し揺れたあと、じっと龍也を見据えた。はっきりと伝えられて満足したのか、葵はややうつむいたあと、口元だけふわっとゆるんで、後ろ向きになり、今度は葵のほうから、ぽすんと龍也にもたれた。

龍也は、片眉をあげたあと、背後から葵の身体をあらためて抱きしめなおす。薄いブラウスから、体温がダイレクトにつたわってくる。生真面目な丈のスカートからのぞく白い脚。すこし葵が体勢をととのえなおした。

葵は、龍也の胸の中で、首をフィットさせるベストポジションをさぐるように、くるくると頭を動かす。
龍也の胸元ですうっと息を吸い込んで、満足そうにひとりほほえんでいるのを龍也に目撃されたので、葵は恥ずかしそうに俯いた。

「たばこくせーだろ?」
「龍也先輩のにおいです」
好きです、このにおい。

小さな声でぽつりとつぶやいて、あまつさえ目をとじて、陶然とした表情で龍也に抱かれる葵。座っている場所がどこか、この子はわかっているのか。そのまま一気に押し倒して覆いかぶさりたいのを耐えるように、龍也はやや腕にちからをこめた。

「龍也先輩に、こーしてもらうことが、ゆめだったので……」

なら言えよ。いつでもしてやったのに。

そう思いながら、龍也は、
「前もやっただろ?」
もう一度たずねる。

「いや、あれは、ちょっとちがう……。龍也先輩、あのとき、どうしてああいうことをしたんですか?」

さあなと真顔で龍也ははぐらかす。

あれもわるくなかったけれど。
葵は、こうして、穏やかな龍也に抱かれているほうが安心できると、こころから思った。

龍也は、くせのように、ポケットのたばこに手が伸びるが、今度はおさえた。

「あ、あの、吸ってください。ほんとに。気にせず」

だから目がついてやがんのかと。龍也がからかうように、葵の耳元を指でくすぐると、葵は思い切りからだをすくめて嫌がった。悪くない反応だ。龍也は、今後の参考のために、この反応をしっかりと頭に刻みつけた。

葵の、肩までのさらさらの黒髪をかき分けると、見えるのは白くて細い首筋。かきわけ、ふれるだけで、葵が初々しい反応をみせた。そのままそっと龍也はくちびるをあてた。吸うのはやめておいて、ふれただけで離れる。葵ののどから、かすかな息の音がしただけで、龍也は満足した。

「あの、どうしてわたし服を脱がされたんですか……」
胸元に寄りかかったまま、葵がたずねる。

「こうしたほうがあったけーだろ」
葵の頭を撫でながら、龍也はしれっとこたえた。

「??あ、はい、あったかいですね。コート着てるより、龍也先輩にくっついてるほうが、あったかいです」

すっかり後ろから抱かれることに慣れた葵が、龍也の胸元に、あらためて体をあずけた。
龍也の言葉を疑うことなく、素直に受け止め、葵は安心しきって龍也に抱かれている。
ぴったりと龍也にくっついたまま、静かに目を閉じた。

わがままひとついわない。今迄も、たった今も、じっと黙って龍也のそばにいる、年下の少女。

そんなに安心してもらっては困るのだが。

真意を隠して、まだしばらくは、この少女のペースに合わせることを、龍也は誓った。

prev / next

- ナノ -