You're The Top 7


杏のモーヴなくちびるは、真志井の枯れたくちびるのそばにうまれつつある赤黒いあざをそっと吸い上げて、くすりにもならぬ看護をそっと施すつもりでしかなかった。
ブラックシャツに覆われた厚い肩に、恵まれた大きさの手をそっと添えて、くちびるが真志井のことをよぶ。

そして真志井雄彦は、こどもじみたくちびるひとつで満たされ、杏の幼いケアひとつでただですむ男では、

なかった。



「まって!!流れでなだれ込まないで!」

押し倒さない!

杏のそげたように痩せた体はあっけなく男のいいなりとなり、反発にすぐれたスプリングは、ベッドの上によじのぼってきた黒く大きな男を招き入れる。ネイビーのベストで守られた体は、清潔なシーツの上に容易に押さえ込まれて、杏を組み敷いたその男、真志井雄彦は、杏の色気に欠けた叫び声をよそに、ブラックシャツの第一ボタンを親指ではじき、続いて第二ボタンも華麗にはじいた。

ネイビーのベストの下に、荒れ果てた大地のような手の平がしのびこむ。シャツ越しの柔らかい胸に、無駄な脂肪ひとつない下腹部を雑に味わう。

「だめー……!!」

スカートの中にがさがさとした手がしのびこみ、綿菓子のような太ももに触れた。栗色の髪のなかにかくれた白い耳に、荒廃したくちびるが寄せられた。

「最近杏をさわってなかった。だからおれは今回のケンカで苦戦したんだわけだな。原因がわかったわ」
「さわってなかった、じゃなくない!?マーシーの最近ってなに!?よ、四日前にやったでしょ…?ちょっと、シャツ脱ごうとしないで!」
「なんでだよ。おれはあちこちいたいし、なによりさむいんだ」
「いたくて寒いのにぬぐってなに!?き、着て!手当は、下、あったかいとこでやるから!今日はだめだよ…!」
「冷たいよ杏。さ、話したいことは話しただろ。」
「もう冷たくない!今日はこれじゃないから…!やるべきこと、やって…」
「やるべきこと?これだよ」

もやだーマーシーとぎろんするのやだーまけるー

悠々とした仕草で、杏のベッドを支配する。顔を覆って白旗をあげ、真志井の言葉に耳をまっかに染めた杏の肢体を、真志井はまたいだままだ。
指の隙間から真志井をのぞく。杏に覆い被さる真志井は、再び杏の首筋にくちびるをすべらせた。整った顔をあらわにした杏は、真志井の広い背中をぎゅっと抱きしめる。

「言いたいことはわかるけど…。カムイがいなくて私とマーシーだけのとき、結局こうなっちゃうからねー……」
「そうだよ。はい」
「はいじゃない!あのね、そういうのだって、いつも、私は…」

厚い胸はいつもより体温を持っていて、杏のやわらかな胸に甘え始めた真志井の背中に、いつものように強く爪をたてることはできない。きっと、カムイや仲間たちをかばって深い傷を負っていることはわかりきっているからだ。
真志井はいつもこうして、自らのきずをそのままに、勝手に傷ついている杏のことを守ってくれる。

こんな行動の正体も、所詮それにすぎなかった。

杏は真志井を守っているつもりで、いつも真志井に守られていた。

真志井の治癒に貢献しているつもりで、いつも杏を治してくれるのは、この男だった。


「そういうの、繰り返して……。私、こうなったんだよ……?もちろん、マーシーがちゃんと、考えて行動してることもわかってて……。だけど……いつも、こうやって。マーシーは傷を見せてるようで、見せてくれないじゃない」
「そう?おれそうなの?」
「結局自分でやっちゃうじゃない」
「これがそうなのか」
「ちゃんと頼って。ちゃんと甘えて…私じゃ頼りないかもしれないけど、頼りになるように成長するから」
「今やってますけど」
「ちゃんと見て」
「おまえを?」
「も、ほんと、やめて?そういうの?マーシー自身を!見てって言ってる!!」

わかったら下行く!あったかいとこで手当!そのあとごはん!!

真志井に捕らわれかけていた両の手首を振りほどき、ブラックデニムシャツごしの分厚い体を力任せに押す。どだい杏の頼りない力では引き剥がすことのできない大きな質量のからだは、杏からあっけなく離れてくれた。


「今日は杏が厳しいぞ」
「厳しくすることにしたの。じゃないとマーシーがほんとうに頼れる女になれないよ」
「頼ってんだけどなあ」
「ほんとうは、そうじゃないってこと。今のでわかった!」

早くいくよー、寒いでしょ。

真志井を勇ましく先導する杏の痩せた体に、長い腕がのび、杏を捕らえる。186センチに及ぶ巨体をずるずると引きずりながら、杏は自室をあとにする。


いたずらにじゃれる恋人を器用にふりほどきながら、温かい大気と適度な湿度で満たされる自宅の一階へ戻れば、カムイは、ダイニングからぶちぬいたリビングの奥の、イタリア製のソファの上で、狩りを終えてやすむ山猫のように、175センチの体をまるめて、くつろいでいる。
なぜか身を縮め、ソファにひっかけてあったブランケットにくるまってスマートフォンをあやつり、電子書籍リーダーで、真志井に買ってもらった漫画を読みふけっていたところだ。


「カムイ、あ、そこにいた。休めてる?お腹すいたね、ごはんにしようか。だけどさきにマーシーの手当させてね」
「おまえは杏の気もしらねーで」
「……真志井さん、なんでボタン、はずれてんすか。杏センパイも…ソックス、さがって……」
「こ、これはね、マーシーが思いっきり肩掴んだからだよ!」
「肩とソックス関係なくないすか。それと、おれも、はんせいしてたんすよ」
「その態度で!はんせい!器用だなカムイは」


杏の与えたアイスノンは、くつろぎきっていたゆえ、ソファの下に落ちている。それをひろいあげたカムイは、痩身を起こし、マイペースにあぐらをかいて、患部を確かめようとそばに寄り添ってくれた杏のことを一心に見つめた。



「おれ、杏せんぱいの気、ちゃんと、……しってます」
「カムイ、わかってくれてるの?」
「ましいさんは、わかってません」
「おい」
「今話し合ってきたんだけどね、わかってくれたよ」
「おれも……、杏せんぱいのぺぺろんちーのくいてーとかおもってすみません。だって、ぺぺろんちーのも、めんどくさいじゃないすか」
「ペペロンチーノ?そんな簡単なごはんでいいの?コロッケとか筑前煮とかいわれたら今から!?って思うけどそれなら全然いいよ。すぐできるよ。じゃペペロンチーノにしよ。マーシーも食べてってね」
「おれはおまえのパスタだとナポリタンがうまかったな」
「もっとかんたんじゃん。ゆでて、ピーマンにベーコン、あとケチャップでぐるぐるするだけ…ゆで汁かけて……」

おれくったことないす。そっちのがいいです。カムイがそう甘えれば、杏が、ピーマン三人分ないからだめと伝えてぴしゃりと釘をさした。ピーマンいらないす。そう甘え続ける少年に、それはナポリタンじゃないと伝えて毅然と拒むと、少年はあからさまにしゅんとしてみせた。カムイ、俺が使うからどけ。真志井がひんやりとした言葉で命じると、少年は鈴蘭に生きる男の顔に戻り、敬愛する上級生へ素直に席をゆずる。そして、ソファの倍ほどの値段のリビングチェアに、大人しく腰を下ろした。彼らのそんなやりとりに、杏は介入しない。ふたりのやりとりを見守った杏が、恋人にそっとつげた。


「ちゃんと手当するね」
「頼む」
「任せて」


心のやさしい女生徒が、自信を取り戻してくれた。

カムイが愛した女が、真志井がもっと愛した女が、愛されてもかまわないことを思い出してくれた。

杏こそが真志井とカムイの頼るべきたったひとりの存在であることを、思い出してくれた。

それを確信した伊東カムイは、穏やかに笑う。そして、スマートフォンの漫画の世界へもどった。


「脱いで、マーシー」
「けんこーこつのあいだくらいだろ」
「わ…これ、この手当で大丈夫かな」
「いつもそれでなんとかなってる」
「じゃあそうする。ひどくなったら、ちゃんとプロに頼ってね?」
「そうするよ。おまえの治療よりキくもんはないけどな」


もーー、そんなことないよー。

杏の願いにすなおに答えた真志井は、ブラックデニムシャツを分厚い体からはぎとり、鍛えられた上半身をあらわにした。汗と血と体液にまみれたシャツを杏に手渡し、杏はしばしそれを膝のうえで守る。
ソファのそばに常備してある救急箱をひきよせて、適切な道具をえらびとり、深い傷の手当をはじめた。

スマートフォンの中におさまっている漫画にすぐに飽きたカムイは、熱い瞳を、愛すべき先輩たちに向けた。

こころより信頼し合っている二人が、お互いを守り合うようすを、熱い瞳で見守る。


「カムイ、ごはんたべたいよね。ちょっとだけまってね」
「せんぱい、器用すよね、医療系にいくんすか?」
「ちがうよ。数学がどうしても克服できないからねー。こんなことするのは、マーシーたちにだけ」

カムイと杏の会話をじゃまするように、真志井がやにわに、痛った!!とさけぶ。そんなに強くしてないよね、大丈夫?念のために真志井を案じれば、敵にはみせることのない背中をすなおに恋人に預けた真志井が肩越しに振り返り、いたずらめかしてわらった。

その笑みはカムイも滅多にみれないものだ。
仲間うちで騒ぎ合うとき、ふざけあうとき、悪巧みを楽しんでいるとき。
この真志井という男がこどものような顔で笑うときもあれど、杏に見せるそれとはひと味ちがっている。

誰かを守りたいと思ったとき。
誰かに守られてもかまわないことを知ったとき。

人間はこうして笑うのだと、カムイは知った。


「あの、せんぱい」
「うん。どうしたの、カムイくん」
「おれ、杏せんぱいに甘えすぎてすみません。おれのせわばっかさせてすいません」
「ふたりに甘えてるのは私のほうだよ?いろいろあるたびに、マーシーに、カムイくんに、それにみんなに……守ってもらったり…気遣ってもらって……そばにいてもらったり……それに……。助けて、もらったり……」


おわったよ、マーシー。

目立つあざは、あとで冷やせばいい。最も深かった傷の治療を終えた杏は、しばしあずかっていたシャツをひろげて、真志井の大きな肩にそっと沿わせた。



「そう、せわされてるのはわたしのほう。これくらいしか恩返しできなくて」


カムイ、言ってなかったね。大丈夫?

シャツをひっかけたままの真志井の背中に、あたたかい手をそっと添えたままの杏が、カムイにそう尋ねた。


「大丈夫っす。そーっす、せんぱい、大丈夫ってゆってくんなかったっす。さみしーすね、いつも言ってくれることばがねーと」
「さみしいおもいさせてごめんね」
「シャツ血ぃくせー……。杏ちで洗ってかえろ」
「あのね、何着て帰るの……。うちにあるマーシーのふくは、半袖のTシャツしかありません」
「おまえのHYKEのシャツ」
「だめ。お母さんと兼用なの」
「カムイの学ラン」
「やですよ……また背中やぶって、真志井さんのお母さんに、ぬってもらうことになりますよ」

ね、カムイ。
愛している後輩の名前を呼びながら、杏が真志井の背中からそっと離れる。


「私が何も分かってないだけだった。これからもきてほしいな。いつでもきて。いつでも連絡して。ぜったいだよ」
「わかってねーの、おれらの方です。すげー失礼でした。すみません」
「そんなことないよ。傷ついてる人に向かって、私のほうが失礼だったよ。それに、他の人のこと頼られるほうが…やだ……やなの」
「おれらに頼る相手なんかいないぞ?」

なあカムイ。

デニムシャツのボタンをすべてあけたまま、真志井はソファから身軽に立ち上がる。
発達した上半身を露わにした男は、ダイニングテーブルのうえに放っておかれたミネラルウォーターをとりあげて、少し乾燥したのどを潤した。

そしてヴィンテージのチェアを少し身長に引き、カムイのそばに腰を下ろす。


「けど、相変わらずすよ」


真志井のマネをするようにペットボトルをとりあげてぬるい水を飲んだカムイが、口元の傷に触れながら杏に伝える。
さわらないほうがいいよと気遣う杏の言葉にうなずきながら、カムイが続ける。
杏は、カウンターキッチンにまわる。そしてカップボートのなかからひときわ大きなココットをとりだした。コックをひねって水を勢いよくそそぎ、三人分のスパゲティをゆでるためのお湯をわかすため、IHコンロのスイッチを操作し、流れるように換気扇のスイッチを押した。


「そうなの?前も言ってたけど、鈴蘭では、私のことほとんどバレてないんだよね」
「他の人頼ってるっておもわれてますね。また年上がどーとか。エロいじょしだいせーがどーとか」
「好き勝手いいやがってんの。つかそれが杏なんじゃねえの」
「す、すごいね……。間違われてるのかなあ」
「ですけど、そのほーが杏センパイは、安全しょ?なんか妙なうわさながれてても、全部うそすから。杏センパイ、そこはわかっててもらえると、おれらもラクです」
「うん。そうするね。そう伝えてくれてありがとう。私も安心するし、もちろん信じてるよ」
「カムイがそゆことゆうとなんかむかつくんだよ」
「カムイいじめないで!ケガしてるんだから!」



あったかいののむ?頼れる少女がふたりをそう気遣うと、真志井とカムイはまるでおなじタイミングで同じ方向に首を振った。小さくわらった杏が、杏の身長より大きな冷蔵庫を開いてのぞき込む。付け合わせつくろ……。そうひとりごちながら、杏は、香味野菜に、パセリ、そして鷹の爪をとりだした。

肩を並べてすわっているふたりの手元の通信機器が同時にふたりの少年を呼ぶ。
そんな二人をチラリと見遣った杏が、ストッカーに収まっていたパスタを一気にとりだせば、中身は空となった。泡立つ湯の向こう側で、二人が少年らしい笑みをみせている。大方、信じている仲間からの連絡だろう。傷ついた体をよそに彼らの精神はみなぎっていく。いつからか、杏のような平穏と無事を愛する人間のペースに、彼らを合わせるのは申し訳ない。杏はそんな心持ちを抱くようになっていた。調理道具の数々は母親ではなく、鬼邪地区に暮らす祖母が選び抜いてくれたものだ。よく研がれた包丁をとりだした杏が香味野菜をつぶし、刻み始める。

すると、換気扇の轟音と湯気に阻まれることのない済んだボーイズアルトが杏のことをよんだ。

「杏せんぱい、おかーさんしゅっちょーすか!」
「ん、ラインはいいの?カムイくん、何を期待してるの?私のお母さん、そんなに都合よくいつも出張いかないよ?さっきラインしてきて、これから会社で海外の人とウェブ会議っていってたけど、多分9時には帰ってくるよ」
「ちゅーぼーんときみてーにとまれねーんすね……」
「杏さん、おれも帰りたくねえ」
「それがね、カムイはゆるすけどマーシーはゆるさんっていってたから、多分マーシーは帰されるね。カムイはいいんだって。うちのもの、何食べてもいいんだって」

フライパンにオリーブオイルをひたし、刻んだニンニク、そして鷹の爪をほうりこむ。それらをじっくりとあげてゆく。

「手伝う…ってもすることないな」
「ないない。スープ、インスタントでいいかなあ」
「手伝うわ。サラダつくるよ」
「お願い」

調理スプーンでゆで汁をすくいあげて、フライパンのなかに注ぎ込む。
そんな杏のそばに舞い戻る真志井は、我が物顔で冷蔵庫をのぞきはじめた。そして手慣れた調子で新鮮な野菜を取り出す。


「マーシーいつまでシャツのボタン開けてるの?さむくない?」
「はい、しめますよ。杏どうだ、気持ちは落ち着いた?」
「うん。気を使わせちゃったね」

あ、それ、そうやってつかうんだ。
宅配システムで届く野菜のなかには使い勝手のよめぬしろものもあり、真志井はそれをあざやかに使いこなす。真志井のくらす古いアパートの食卓はときに、まるで多国籍料理の店のように彩られることもあるのだ。杏がそのセンスから学ぼうと、一心に彼の手元をみつめ、また熱加減もうかがってやまない。ゆであがったパスタを切るため鍋を持ち上げようとしたとき、真志井が大きな鍋をあっさりともちあげ、慎重さを要する作業を買ってでた。

「ありがと……」
「かまわねえよ、これくらい。こっちにいれるか、三人分」
「お願い。あとは私がしあげるね」
「おれもすぐできるわ。おいカムイ、わかんねーやさいあってもくえよ」
「うまいんすか」
「うまいぞ。おれがつくったんだからな」
「食います」

深いフライパンのなかに投入されたスパゲティに、入荷したオリーブオイルがからみつく。パセリが振られて彩りが生まれゆく。

「私ね」
「ん?」
「……私ね、マーシーが、だれのために生きてるか。何のために、たたかってるか」
「ああ」
「忘れそうになるときもある。私も全然、弱虫だからね……。だけど、次はきっと大丈夫だとおもう」


出来た。簡単だよ、ペペロンチーノ。
おれやります。杏のそんな声を聞いたカムイが即座にたちあがり、カトラリーと器のの配膳を買ってでる。バルミューダのケトルを満たしていたのは真志井で、それは、可愛らしい器に注がれた粉末スープを、あたたかなスープに変えてゆく。その作業はカムイが請け負った。アラビアの器に、ペペロンチーノが盛り付けられ、そしてボウルには真志井があっさりと完成させたサラダが実に華麗に作り上げられた。

「おまえはいつだってまちがってねえ。今日も気持ちだってほんとうだ」
「大丈夫。私と、マーシーなら。マーシー、いつでもここに来て。帰ってくるんじゃないの。来て」
「おれが頼れるのはおまえだけだよ。けどな、おれなんかさあ、ほっといても生きていけるんだよ。おまえはいつでもオマエ自身を優先しろ。いちばんだいじなのは、おまえ自身だ。おまえにとっても、おれにとってもな」
「…振り出しにもどっちゃったじゃん」

アメリカ製のダイニングテーブルにサラダをサーブする真志井の背中を追いかけようとしたとき、杏の手元から、カムイがアラビアの器をうばいとった。

そして彼女に、冷静に提案する。

「じゃ、決めたらいいんじゃないすか」
「ありがとカムイ。洗い物は食洗機がするし、飲み物は、わたしも水でいいや。じゃ食べよ−」
「いただきます。だから、杏センパイも体調わりいときとかあんじゃないすか。つかおいしーすね、これ……」
「いただきます。ん、うま……。コンソメなしでこの味出るのな……。おれも好き勝手やってるけどさ、杏がたいちょうわりぃときに手当しろとかいわねーよ」
「いただきます。んー、まあ、ふつうかなあ……。そ、そうだよー、そこまでのことは……」
「ま、そーなんすけど。たとえば杏せんぱいの試験前とか、おれらのしらねえダチと遊んでるときとか、せんぱいだって気がのらねーときだってあるし、趣味のときとかいろいろあんじゃないすか」
「それはそうだねー。今まで、私の用事とマーシーたちのケガが被ったことないんだよね。今日は、今までの心配が、積み重なって……、ばくはつしちゃっただけだよ。ごめんね」
「ま、もし無理なときがくるとすんじゃないすか。そーゆーときは、なんかスタンプおくって、それがきたら先輩がいそがしーときだからむりっつーいみにして。それか言葉きめとくとか…どっすかね」
「カムイが解決してくれた。マーシー、そうしようか?」
「やだね」
「そうするっていみだよね」
「そうっす。真志井さんほっといて俺らで決めましょう。もっと単純でもいんじゃないすか。既読だけでレスなかったら来てもイイみてーに、だから、杏せんぱいと、真志井さんの、やりとりを、か、か、か、……か、かんりゃくか!!するとか」
「憶えたことばすぐつかうな」

使ってもいいじゃない。じゃ、あとできめよ。
真志井とカムイはフォークひとつでざっくりとパスタを掻き上げて、杏はスプーンで受け止めながら慎重に味を確かめる。少年たちに向けて強い味わいにする選択もあったけれど、シンプルにまとめた。香味も適度にきき、乳化も成功している。まずまずの出来かもしれない。

「とにかく、そーゆーことっす。おれは真志井さんと杏せんぱいが、傷ついてるの、みたくないんすよ」
「カムイくん、頼りになるよね。中学のときからだけど」
「おれももーすぐ2年すからね。だからとらぶるのもとはとりのぞいて…」
「そーするか、杏。あとできめようぜ」
「そうだね。三人のグループラインのほうもおなじにする?」

三人で過ごす夜は穏やかなものへ変わってゆく。
たった17歳と16歳のこどもたちのちいさな心のなかにつよく育つ、あなたを守りたいという誓いとともに。


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