2016年ありがとうございました
真嶋兄弟

年末年始を真嶋家で過ごすため一昨日から泊まりに来たあすかに、遅いクリスマスプレゼントとして秋生が贈ったスポーツタオル。どこからどうみても男物であるが、しっかりとした体格のあすかには男物がちょうどいい。甘いデザインより男っぽいデザインを好むあすかは、大喜びでうけとった。

そして、夏生が贈ったスポーツバッグ。あすかのぼろぼろのバッグを見かねたのか夏生が贈ってくれたそれは、あすかのすきな赤色だ。ブランドは引き続き愛用のもの。秋生のえらんだタオルと同じブランドだ。

よほどうれしいのかあすかは、年越しそばの出汁をとりながら、ショートカットの小さな頭からタオルをかぶり、からっぽのバッグをななめにさげている。

「火ーうつっちまったらどーすんだ。ウチおんぼろの木造なんだぞ……?」

秋生が、あすかの頭からタオルをむしりとる。
バッグは守ったあすかが、秋生にたずねた。

「アッちゃん、年越しどっかいくの?初日の出暴走?」
「はーーー……アニキがんなこと教えたのか?」
「さあな。あすか、あとオレやるからいいぞ。とーちゃんかーちゃんたちといっしょにやすんでろ」
秋生も向こう行ってろ。

あすかのさっぱりとしたショートカット。
斜めにながした前髪がすこしのびたので、ヘアピンでとめている。賢そうなおでこがつるんとのぞき、夏生がそこをやさしくなでた。

真夏のあの頃より、兄は、あきらかにあすかに優しい。そして甘い。そしていちゃついている。あすかは変わらずそれを受け取っているようすであるが。

げんなりした秋生が、台所をすごすごとあとにする。

秋生からタオルをうばいとったあすかは、部屋用のガウンがわりにしている古いダウンジャケットを一度ぬぎ、腰に大きなタオルをぐるぐるとまきつけた。秋生がそのさまを不可思議そうに見守っていると、上からダウンを羽織りなおしたあすかが、腰が痛いと説明している。

「腰か……ビョーインいったんかよ?」
「行ったよ。疲れでそうなってるだけで、休んだらなおるっていわれた」
「ヘェ……」

慰めのことばやはげましの言葉をさがす秋生の背中をドンと押したあすかが台所から居間まで秋生を押してゆく。

「ひとりで歩けんからよ……」
「アッちゃん紅白見るの」
「きょーみねえ……」
「つまんないよね、格闘技にしようか」

秋生が律儀に人数分の茶を注ぐ。
それ、まんべんなく入れなきゃ濃くなっちゃうんだよ!得意げに指摘するあすかを、あすかの父がいさめた。

あたたかな湯気がたちのぼるお茶。
ほうじ茶をのむあすかの家とちがって、番茶が定番のようだ。
夏生が戻ってくる。かわりに、あすかの母親がそばづくりの仕上げにむかった。

「ねー、アッちゃんどっかいくの?」
「マー坊がきたら出かけんだろうな」
「そっかー、お友達しだいか。ナッちゃんは?」
「寝る」
「そっか、じゃナッちゃんと寝よっと」
「は……?アニキと……?」
「お昼にね、夜中テレビ見る?ってゆったら、そーすっかよってゆった。コタツで寝る。ねえナッちゃん」

ニヤニヤと笑った夏生がたばこに火をつけようとしたところ、あすかの母親の声で台所から名前が呼ばれる。できあがったようだ。
一旦台所にもどった夏生が人数ぶんのそばを運んできた。

「寝てもいいけどよ、うちぁ元日ぁ一応店あけんだよな……誰もこねーと思うけどよ。明日は天気もわるそーだしな」
「トラブルとかで駆け込むの?」
「ああ、夏よか冬のが多いんだよ」
「大変だね……何もなかったらいいけどね」

秋生が箸をテーブルの上に置いてまわった。
あすかは、お湯を急須に足す。

「何もなかったらよー、商売になんねんだよな……」
「あ!むずかしいねーそこんとこ」

続いて、あすかの母親が、からりと揚げられたてんぷらを運んでくる。これをそばのうえに乗せる算段だ。

秋生と夏生は次から次へ乗せ、あすかは適量におさえた。

あすかの父親が、テレビを適当にかえる。
つまらないニュース。
つまらないバラエティに、格闘技に、演歌番組。外国のドキュメンタリー。

結局、国営放送にチャンネルが定まり、定番の番組がはじまった。

おとなは楽しむが、こどもに良さはわからない。

そばをずずとすすりながら、あすかが秋生にたずねる。

「ナッちゃんは、これおもしろい?」
「どーだかな……」

そばにねぎをちらしながら、秋生がにくまれぐちをたたく。

「オッサンはおもしれーらしーぜ」
「そうなんだ!わたしたちつまんないよねー」

秋生とあすかが顔をつきあわせてそばをすする。

ふたりを見守りながら、夏生がお茶を啜った。

「おまえがきてくれるからよ、毎年たのしいよ。なあ秋生」
「……ああ」
「わたしも毎年たのしいよ」

一足先にそばをたいらげたあすかが、腰をおさえながら伝える。
5人がおさまりぎゅうぎゅうづめのこたつ。そろそろ、祖母も訪れる時間だ。
あたたかい炬燵で体をあたためながら、秋生にじゃれる。

「アッちゃん、タオルありがと!部活に毎日もってくから。腰にタオル巻くのいーなー…ずっとこーしてよ」
「……お、おれもよ、こいつ」

秋生の精悍な首をあたためるネックウォーマーは、あすかがぐいと頭から被せたものだ。
夏生があすかから奪ったネックウォーマーは夏生の部屋にねむっている。

秋生と夏生にはさまれたあすかは、続いて夏生にじゃれた。

「ナッちゃんもバッグありがとー!きれいにつかうね」
「それはいんだけどよ、腰大事にしろ」

夏生が、あすかの腰を軽くたたいた。

ずるずるとそばをすすった秋生は、眉間にしわをよせて、兄とあすかがじゃれるすがたをみやる。

やはり、スキンシップが増えた。兄のこんな愛情には、見覚えがなくもない。

そしてあすかの両親はそれを不審に思っていない。

秋生と夏生。ふたりがあすかと過ごせる冬は、考えてみれば夏と同じ長さか。
きっと、年の終わりと年の始まりは、あすかにまきこまれてにぎやかでさっぱりとしたものになるのだろう。

落ち着いた兄、不器用な弟。

ふたりにかこまれて、そろそろ、あすかの一年は、終わりを迎える。

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