雷のような排気音。
派手な地下足袋をペタペタならして入店してきたお客に、いらっしゃいませと声をかける。
いつも豪快で明るいお客さんが、今日はひどく疲れているようだ。選んでいる商品のラインナップも、いつもより覇気がない。大声で会話をかわしながら店内を闊歩する相方の金髪の少年も、今日は不在のようだ。
もじゃもじゃの黒髪。少しずれたサングラス。マスクを顎の下に追いやり、鼻をすすりながら、商品を選んでいる。
物騒な地域のコンビニ。この時間帯は、お客もあまり寄りつかない。女にしては高い身長、無愛想な見た目と低い声がかわれて、この店で、あすかの存在は、幾分か役に立っている。
商品をつっこんだカゴを、ラフだけれどぞんざいではない扱いで、どさりとレジカウンターの上へ置くその人。
普段かならず傍に寄り添っている、相方の金髪少年に、ヒロシと呼ばれていることも知っている。
いつだったか、黒人ハーフっぽい男の人も連れだって訪れていた。背が高く、日本人離れした顔立ちに、店員一同どよめいたものだ。
ヒロシが、大きくせき込んだあと、えづくように、繰り返しせきこんだ。とまらぬせき、体をまげてせきこみ、とまるまで、あすかはゆったりと待ち続ける。
その飛沫が少しあすかにかかったものの、あすかは気にもとめぬ顔で接客をつづける。たくさんの商品。丁寧にレジにとおしてゆく。
「ねーちゃん、わりー」
律儀にあやまるヒロシに、思い切って声をかける。
「カゼですか?」
「あー・・・・・・、さみぃ」
「無理がたたったのでは?よく休まれてくださいね」
レジの下に手をのばし、営業が置いて帰ったドリンクをとりだした。
「もうひとつ強い栄養ドリンク、おまけです。メーカーの試供品なので」
さりげなく商品のなかにまぜこんだ。あすかのその手つきを、ヒロシはぼんやりとした眼つきで眺めている。
「ねーちゃんも大変だろ、こんなとこでよ」
「ええっ、いやそんな、お客さんの方が大変でしょ」
値段を伝えると、ポケットにつっこんだ現金をレジの上に一気に広げた。混んでいると迷惑に感じるこの行為も、閑散とした店内。ヒロシとあすかだけの時間だと思うと、あすかは一向に不愉快に感じない。
「昨日からろくでもねーよ」
「昨日から?」
「熱でてんのに暴れちまってよ」
「暴れる・・・・・・?今日は、どんな日だったんですか」
「相方にカゼうつしちまってよー、そのくせオレのぁまだなおんねーのによ、えれー遠い現場もいれられちまった」
いつも豪快なこの人。弱々しい語気が、実にめずらしい。
「優秀だから頼られてしまうんですね」
閑散とした店に、一人の客が入ってくる。その男性は、雑誌売場に直行し、週刊マンガ誌を手にとった。長い立ち読みのはじまりだろう。
「お大事に、なさってください」
「ありがとな、あすかちゃん」
「!?」
「てんちょーのおばちゃんがよ、いつも呼んでんだろ」
「わたしもお客さんのなまえ知ってますよ」
弱々しく片手をあげたあと、荷物を肩にかけ、うなだれ弱ったヒロシが店を去ってゆく。
「ヒロシ、さん。お大事に!」
あすかのほうをふりむいたヒロシが、ずりさがったサングラスをそのままに、へらりと笑った。
そういえば、いつも欠かさないたばこは買わなかった。お酒もなかった。
本当に弱っているのだろう。
あの人にとって、どうか明日がいい日になりますように。
立ち読みしていた客がさしだした雑誌をレジにとおし、てぎわよく接客をつづけながら、あすかはささやかな願いをこめて、丁寧に接客をつづけた。
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