俺の剣を両手で支えるように持ち、じっと見つめて。


そんなに真剣な顔をして。


「ねー…薬売りさん、」

「はいはい」


突然何を言い出すのかと思えば。


「退魔の剣って男だよね?」

「…?」

「ね!?」


この剣が男か女か。


ヒロインにとったら、今それが重要な問題らしく。


「男でしょ?髭のようなものもはえてるしね、うん、」

「ふ、ヒロインさん、こいつが女だと…問題で?」

「問題っていうか…、だってね、薬売りさんとのデートだからって私がウキウキしてると、退魔さんが薬売りさんと交信し出すでしょ」

「交信……そりゃあ、モノノ怪に呼ばれちまったら…しますが、ね」

「うん、それは仕方ないのも分かるんだけどね…、でもあんまりにもいつもいいタイミングだから、もしも退魔さんが女性だったら…」


光を吸い込む澄んだ瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。


「俺とヒロインの仲を、邪魔立てしている、と…?」

「そうなの!やきもち焼いてるんじゃないかなって、私が邪魔で…」


そうしてまた剣に視線を落としたヒロイン。


どうやらヒロインは真面目に言っているようで。


何、故に。


等と、ヒロインの心根を理解したつもりの今は、思いもしないが。


そもそもヒロインだって、分別は弁えた成人だ。


阿呆な訳でもあるまい。


俺への想いが、おかしな発想を産んでいる、だけ。


これがヒロインじゃなけりゃあ…、“あんたの頭には色恋しかないのか”と、鼻で笑っていたかも知れん。


しかし相手がヒロインだと、いとおしく思えちまうんだから。


俺も相当、参っちまってる。



この女の放つ色香に―――。



「ヒロインさん…それは女か、どうか、重要で?」

「ん?」

「そいつが男だったら、そういった理由で、邪魔立てされても?」

「へ!?」


ヒロインは勢いよく、再び顔を上げた。


真ん丸な瞳と目が合う。


口角を吊り上げ、笑えば。


ヒロインは眉尻を下げ、「更にだめです…」と、困ったように。



なんて、愛らしい。


だから少しばかり、からかいたくもなっちまうわけで。


「ヒロインさん、そいつを、貸してください」

「退魔さん?」

「はい」


両手で差し出される剣を、片手で受け取った。


そして顔の前に立て、口を動かし、会話をするフリを。


「……ほぉ…、」

「え?薬売りさん、退魔さんとお話し中?」

「…なるほど……」


ヒロインは興味深く、横から俺の顔を覗き込んだ。


剣を置き、小さく溜め息を吐き、ヒロインへと首を回した。


するとヒロインは小首を傾げ、俺からの言葉を待った。


嗚呼、どこまでも、愛くるしい。



「ヒロインさん、仰る通り、こいつは邪魔立てをしているそうだよ」

「!、ほんとに!?」

「ですが…、想いを寄せているのは、俺、ではなく…」


ここまで言って、黙り、ただヒロインを見つめた。


流れる沈黙。



数秒の後、ヒロインはハッとして。


「…もしかして、私!?」

「やれやれ…、こいつはあなたに気があるようですぜ」

「うそ…!?退魔さん…!!」


もう一度剣を手にした。


偽りと言えど、剣に慕われていると知ったヒロイン。


反応が、見もの、なのだが。


「薬売りさん…どうしよう!超予想外!」

「…ふっ、どうしましょうか、これからも邪魔立てされちまうかも知れませんね」

「退魔さん私のこと好きでいてくれてるなんて…やばい、なんかすごくいい人に見えてきた」

「……」


…予想外。


予想外なのは、こちらの方だ。


…俺と出逢う前、俺以外の男に慕われ億劫だと言っていた女が…。


今は俺の傍にいて、こいつが俺の持つ物である故かも知れぬが。



慕われたらいい人に見えちまう、なんて。


覚束ぬこと、この上なし。



「そうなんだ退魔さん…、言われてみれば髭もかわいいよね、目付きも凛々しいし、髪もワイルドだし、」

「……」


おまけに、訳の分からぬ、剣への誉め言葉など並べ出して。


虚偽を伝えたのは、俺だが。


「薬売りさんには、なくてはならない相方さんだし、ね、」


想いを寄せる女が、余所を向いちまうのは、こんなにも面白くねェモンだと。



「…妬けちまうじゃねェか…」


ヒロインには聞こえねェように、独り、ぽつり。


呟いて。



今度は、奪われた意識を、取り戻す為に。


「ヒロイン、」

「うん?なあに、薬売りさん」

「宿屋を立つのは…先伸ばしに、なっちまいやした」

「え!?どうして?だって、デー…」


…トは…?と、ヒロインが問うている最中に、手中から剣を取り上げ。


唇に、唇を重ねた。



剣に付く鈴が、りん、と鳴り響いた。



俺も、ヒロインも、瞼を閉じぬまま。


軽く触れ合わせた唇を離せば、うっとりと俺を瞳に映すヒロイン。



「随分と、妬けちまったので、抱いてから、」

「え!」

「余所見など、しているからです」

「え!?」



妬かせたヒロインが、悪い。




思わぬ横恋慕

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