小鳥の囀りが脳を掠め。 ゆっくりと覚醒する。 瞼を上げれば真っ先に瞳に映るのは、微かに笑む薬売りさんの姿。 しあわせな目覚め。 「おや、起こしちまいやしたか」 「んーん、大丈夫」 「俺の視線にヒロインさんが目を覚ましちまったのかと、」 「ふ…、くすくす、そんな見てたの?」 「ええ、つい、目が離せませんで」 そう言って薬売りさんは更にゆったりと口角を上げた。 朝から聞く柔らかな声も、ひどく心地いい。 「おはよう、ヒロインさん」 「おはようございます、薬売りさん、今日もだいすきだよ」 薬売りさんは眠っていた私の隣で片膝を立て座っていたから。 私も起き上がり目線を合わせ、朝の挨拶をした。 好きと言えば薬売りさんは、満足げな表情を見せてくれた。 端整な顔立ちに、着物姿。 ああ…もう、今日もほんとに大好き。 …でも、あれ? 薬売りさん、もう身支度も完了してる。 夕べは半裸だったし、髪も当然頭巾なんてしてなかったのに…。 って、夕べのこと思い出すと、ドキドキしちゃって大変だから、思い返すのはもうやめるけど。 今日は急いで出発でもするのかな? けどその割には、私のことは起こすつもりなかったみたいだよね。 「ねぇ、薬売りさん、いつから起きてるの?」 「…丑の刻、ですかね」 「え!じゃあほとんど寝てなくない?大丈夫?」 「ヒロインさんは心配性だ」 大丈夫かと問えば、薬売りさんはクスクスと笑った。 けど夜中から起きてたなんて。 「もしかして薬売りさん…死闘を繰り広げてきた?」 「いいえ、そのようなことは、」 「でも…何かを斬って来たんじゃないの?」 「すぐ、済みました…から」 やっぱり、モノノ怪を退治してきたんだ。 私に気付かれないようにいなくなって―――。 「薬売りさん…!怖かったり、痛かったり…、しなかった?」 「ふ、」 薬売りさんは、静かに首を横に振った。 それはきっと、本当に何ともなかったのと、私を安心させる為の、否定。 まず、薬売りさんに対してあんな質問自体、馬鹿げたことを聞いてしまったのかも知れないね。 …だけど私にはモノノ怪の世界なんて、今もまだ理解できないし。 これから先も理解しきれる日なんて、きっと来ない。 それでも、モノノ怪と対峙するこのひとが、どうしようもなく好きで。 いつか薬売りさんが、一人でいなくなる日が訪れてしまうのではないかと思うと、ただ怖い。 理解できなくても、置いていかれたくないの。 「…知らない間にいなくならないでください」 「あなたが目を覚ますまでには、戻ってきますから」 言いながら薬売りさんは私の髪を梳かすように撫でた。 ずるい。 そんな優しい顔するなんて。 「ヒロインさん、どうしたんで?」 感情が抑えきれずに、薬売りさんのからだに腕を回し、ぎゅうって抱き付いた。 「…今日はもう離れたくないの」 「やれやれ、困ったお方だ」 薬売りさんの押さえた笑い声が喉で転がる。 そんなふうに言ったって、私の気が済むまで薬売りさんがこのままでいてくれるの、私知ってる。 だってほら、それを物語るように。 私の背中に添えられた薬売りさんの片腕にも、力が込められた。 今はまだ、もうしばらく、このままで。 甘えたい朝 ← top ← contents ×
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