※制服コスプレ要素があります



桜の花弁がそよ吹く風に乗り、頬を撫でる麗らかな日。


桜霜学園高等部、入学式。


「美術科担当の柴田幸盛です」とにこやかに挨拶をした。


だがそんな折、ありえない姿を見付ける。


ヒロインだ。


しかもその姿は、回りの女子生徒達と同じ制服を身に纏い、一応変装のつもりだろうか眼鏡をかけ、風景に溶け込んでいた。


…手配や潜入を含め、ここまでしてやれるのは一人しかいない。


間違いなくグソンの仕業だろう。


ヒロインにねだられたグソンが手引きをしてやる様は容易に思い浮かべることができた。


しかしこの学園で柴田幸盛を演じつつ、ヒロインを景色の中に置いたことは一度もなかった。


故に予想外の出来事としか呼べずに。


その上僕の偽名を聞いたせいだろうが、ヒロインがあからさまな驚嘆を表に出していて、思わず口角が吊り上がりそうになった。


だがそれは柴田幸盛では作らぬ表情だった為、たたえた笑みを崩すことはなかった。


それからはヒロインと特別な視線を交えることもなく、式自体は何の滞りもなく終わった。



講堂を後にしながら、それにしても…と思う。


近頃ヒロインは仕事が忙しいと言っていた。


年度の切り替えもあり実際に忙しない時期ということも理解していた。


けれど今回のヒロインはそれだけではなく、今日の準備の為に時間を費やしたせいもあるのではないか、そう思えた。


「ハ……」


そんな考えが頭を過れば、思わず乾いた笑い声が漏れる。


それが発端となり、僕達は何日も素肌で触れ合っていないのか……と。


ヒロインとするセックスは好きだった。


だが当然、最重要行為というわけでもなく。


いつもより帰宅も遅く、入浴も簡単に済ませベッドに入ればすぐにうつらうつらとし始めるヒロインをわざわざ抱く気も起きなかった。


キスはいつも通りするし、ヒロインが深い眠りに就くまで腕の中で閉じ込めてはおくものの、暖かな肌に直接触れることは避けてきた。


途中休日も挟んだがヒロインはその日も用があると出掛けて行ったし、単純に僕の都合で予定の合わない日もあった。


そんな日々は十日を経過した。


するとヒロインの方こそ物足りなさを感じ始めたようで。


キスの最中、縋るように僕の身体に腕を回し、悩ましげな吐息と共に僕の名を呼んだ。


その姿は相変わらずいじらしく僕の瞳に映った。


「…もっとヒロインに触れたいよ」

「ん……私も、聖護くんにもっともっと触ってもらいたい」

「そう…、でも、」


しかし同時に、加虐心もくすぐられ。


「疲れているんなら、休んだ方がいい」

「ぁ……でも私は平気だよ?」

「だとしても…僕はヒロインを大切にしたいんだ」


唇は離し、身体も距離を置かせ、あえて何処にも触れずに至近距離で見つめ。


「それに、僕も疲れているしね」と告げ、大切だという前提を掲げ一線を画してみた。


するとヒロインはハッとして、「そうだよね…!聖護くんだって特に忙しい時期だもんね…」と言いながら、しゅんとした。


これは、僕に触れてもらえないことと、結果的に僕への気遣いを欠いたような形になってしまった自らへの落胆だったんだろう。


だがそんな表情が垣間見えたのも束の間。


ヒロインはすぐに「私も大切にしたい…」と呟いてから「じゃあ聖護くん、今日も一緒に寝よ」と柔らかく微笑んだ。


触れ合いたい気持ちを隠し、まるでひたむきに“待て”に応じているような様。


その健気さに、僕は駆られ。


一つも乱れていないヒロインに、秘かに欲情した。


抱きながら大切にする手段だっていくらでも持ち合わせてはいたが、そんな状態のヒロインを弄ぶことは愉快でもあり。


その日からは毎晩「疲れているんだ…」と優しくヒロインを突き放し、反応を見て楽しんだ。


穏やかに会話をし、時には本を読み眠るだけの夜を重ねた。


この生活ことをグソンに言ってみたところ、「どこの倦怠期の夫婦の真似事ですか…」と若干呆れたように返されたが。


肌を重ねることはなくとも、出逢った当初にも似て、僕にとっては退屈な時間ではなかった。


これに関してはおそらくヒロインも同じ気持ちだったはずだ。


しかし延々とこの状態を続けるつもりでもなく。


焦らしたせいで、また随分と焦らされた。


そろそろ状況を打破する機会を探ってはいた。


そしてそのきっかけには、今日が最適なのではないかと思えた。


だが僕の偽名を知った今のヒロインは、ただ甘いだけの思考に浸っている場合でもないだろう。


せっかく潜入したのだからあのまま帰るとは考えにくいが、怖じ気づく可能性もゼロとは言い切れなかった。


しかし偽名程度に怯むような想いならば、今日僕はヒロインに失望する日となる。


果たしてこの先ヒロインはどのように僕に接してくるか。


僕自身は夕刻から職員会議の予定もあり、まだヒロインを連れ帰宅するわけにもいかなかった。


式や会議を通し面白い新入生を見付けられたら…とも思っていたが。


今日のところはヒロインの行動を楽しむことへと、思考は自然と切り替わっていった。


僕からヒロインを探すことはせずに、とりあえず美術室へと向かった。


僕が美術を担当していることはヒロインも心得ているのだから、探す気があればそのうちにやって来るだろうと感じた。


美術室へ入れば熱心な部員達がイーゼルに置いたキャンバスを前に筆を走らせていた。


定位置に王陵璃華子の姿は見えず、この空間での収穫は今日は望めそうにもなかった。


それでも教師の体を貫き、軽く言葉を交わしつつ一人一人の絵を覗き歩いていた。


その時タイミングを見計らったかのように、一人の生徒がキャンバスを手にしやって来て、上目遣いに僕を見た。


この少女はいつもそうだ。


「先生、来てくださって嬉しいです」

「ああ、夕方まで時間もあるからね」

「早速絵を見ていただけますか」


僕の横にぴったりと寄り添い、油絵の具を重ねた風景画を見せてきた。


少し前に授業で触れたクロード・モネの絵画を真似ていることはすぐに分かった。


おそらく…いや、確実に僕の気を引く為だろう。


キャンバスを受け取りながら言葉を続ける。


「モネ、かな」

「そうなんです、この間先生が授業で見せてくれた時に、私も素敵だと思って…」

「そう……、でも君は何を目にし、何を想い、この絵を描いたのだろうか」

「ぁ…えっと……先生に喜んでいただきたくて…モネの絵を模写しました」


この生徒が僕に対し特別な感情を抱いているらしいことはひしひしと伝わってきていた。


だがこの生徒だけではない。


自意識過剰になる必要も皆無だし、自惚れる訳でもないが、僕の存在に色めき立つ少女達の好意は時折察することがあった。


もちろん全員シビュラによって僕との相性を保障された訳ではない。


依って自らの意志で選ばれているように見える。


しかし全寮制女学校という限られた空間で、身近な異性に惹かれることは摂理にも似て。


所詮量産的な想いとしてしか受け止めることはできずに、やはり興味が湧くこともなかった。


そう考えるとヒロインは端から特別だった。


「モネはね…――私は自然を追い求めているがその本質は未だに把握できていない、画家になれたのも草花たちのおかげかも知れない、と言っているよ」

「はい」

「睡蓮に至っては200枚以上の絵を描いたと言われているし、それ程までに自然を探求した画家だったんだろう、…だが君はどうかな?この絵からモチーフへの興味を感じることはできないけど…」


真摯に僕の言葉に耳を傾ける少女。


きっと僕の評価が想像と違いショックも受けているのだろう。


「模写としては…そうだね、素晴らしいかも知れない、でも僕は君自身が描いた絵が見たいんだよ」

「先生…」

「できるよね?」


少女の性格からして、こう言っておけば今の評価を覆そうと躍起になるはずだと思えた。


自身でもある程度納得のいく作品ができるまで、僕への接触は減らすだろう。


付き纏う雌の香りが煩わしかった故、遠ざける為に好意を利用した部分もあった。


「はい…先生」

「描けたらまた見せにおいで」


少女への指導を切り上げようとしたその時。


ドアの外に人影が見えた。


「あの、先生…っ、でも、この色なんですけど」

「…ヒロイン」

「え…?」

「すまない、続きは次にしてもらえるかな」


そのシルエットを僕は特別だと捉えた。


にっこりと笑顔を作り、手にしていたキャンバスを少女に返し。


ドアに手を掛け引けば、案の定そこには見慣れぬ外観の、だが慣れた香りのヒロインがいた。


先程牽制も込め溢したヒロインの名は、指導をしていた生徒のみならず回りにいた生徒の耳にも、女のものとして届いたに違いないから。


余計な詮索はされぬよう後ろ手でドアを閉めつつ、世界を遮った。


ひとまず、失望せずに済んだことに、僕の心は歓びを感じていた。


わざとらしく、教師らしく、ヒロインに声を掛ける。


「入部希望かな?」

「………しばたせんせい…」

「なんだい」


ヒロインの表情は入り雑じる不安と不信に占拠されていた。


「…槙島先生に、逢いに来ました」


いつもとは違うなりで警戒心を剥き出しにするヒロインは、一見見知らぬ女のようだった。


だがどう足掻いても既に爪の先まで知り尽くしている事実が覆ることはない。


「フ…他人行儀だな」

「ここに槙島先生はいますか…?」

「あぁ……残念だよ、僕が分からないなんて、ねぇ?ヒロイン、」


向き合ったままヒロインの腰に手を回し、華奢な身体を捕らえた。


口では残念だと言いつつも、状況を楽しんでいる気持ちがおそらく表情にも表れていることだろう。


「僕がヒロインを知り尽くしているのと同等に、ヒロインにも僕が刻まれていると思ったけど…違ったかな」

「っ…」

「それに僕だったら君がどんな姿になろうとも見付け出せる自信があるけど」


誘惑をしたくなったわけではなく、少しからかいたくなり耳許で艶っぽく囁けば、ヒロインは頬を紅く染めた。


猜疑心を晴らせたわけでもないのに素直な反応を見せる身体に満足をし、ヒロインの耳にキスをした。


いつもの流れならばこのまま僕の胸に頭部を預け身を任せる。


しかし無意味な抵抗はまだ続ける気らしく。


「聖護くん…!私今こんな格好だし、誰かに見られたら困るでしょ…!」


ヒロインは僕の胸板に両手を置き、力一杯押し返そうとした。


ヒロインの非力さをまた今日も痛感する。


僕は一層腕に力を入れ距離を詰めた。


「へぇ…教師と生徒という自覚はあるようだね、…ならここで名前で呼ばれると都合が悪いことは分かるだろ?」

「…わかる、けど」

「じゃあ、きちんと言ってごらん」


眼鏡のレンズの奥、不機嫌に潤んだ瞳が僕を見据える。


「っ……せんせい、やめてください」


反発されることも時には悪くなかった。


状況の愉快さが変わることはなく、自然と口角は吊り上がった。


「少し話をしようか」


一旦腕を解いてからヒロインの手を取り、美術室へ隣接されている美術準備室へとヒロインを連れ込んだ。


(つづく)




桜色のひめごと


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