くたくたになるまで聖護くんに抱かれた。


そうしてそのまま微睡んで。


出逢った日の夢を見た。



「――…その日、ひょっとしたら運命の人と出会えるかも知れないじゃない、」

「うん?ヒロイン、目が覚めてしまったのかい」


酷使してだるさの残るからだとは裏腹に、すっきりと意識は目覚めた。


きっとまだ深夜。


ふと、口にしてみると、事後軽く服を羽織ってから隣で座り本を読んでいたらしい聖護くんの視線が降り注いだ。


「その運命の為にも、できるだけ可愛くあるべきだわ」


見つめ返して、続きも言葉にする。


すると聖護くんは本を閉じ、私の髪を撫でた。


「ココ・シャネルだね」

「ん…でもこれは本の内容じゃないのに、それでも聖護くんは知ってるんだね」

「偉業を成し遂げた人間の言葉は大抵頭に入っているよ」

「聖護くんの知らないことが言えたかも、ってちょっと思ったのに、ふふ、なんだー」

「僕を言い負かすつもりだったのかな」


冗談半分に、うん、と笑えば、聖護くんは肩肘をつき頭を支えてから、私を視界に収め直した。


それからもう一度腕が伸びてきて、さらさらと髪が弄られる。


「この小さな頭で…僕を、ね、」

「んー…それって、小顔って誉めてくれてるの?」

「どこをどうしたらそうなるのか…ポジティブなのは悪いことじゃないと思うけど、」


聖護くんは眉を下げ少し呆れたような、だけど至極優しい表情。


体勢を崩したことによって近付いた聖護くんに更に寄り添ってくすくすと笑う。


「フ、今夜のヒロインは僕に挑みたいのかな」

「そういうんじゃないけど、」


触れられる手のひらの感触が心地いい。



「出逢った日の夢を見たの」

「そう」

「やっぱり聖護くんは輝いて見えた」

「君は泣いていたね」

「できるだけ可愛くあるべき、からは程遠かったかな」

「さあ、それはどうだろう、少なくとも僕にとってあの晩の君の涙はある意味魅力的だったけどね」

「…聖護くん、なかせるの、好きだもんね、色んな意味で…」

「ああ、そうだね」

「あはは、さらっと肯定した」


今、幸せ。


あれだけ本物だと思っていた恋に裏切られて泣いていた癖に。


「ヒロイン、他に好きな言葉はあるかい?」

「そうだなぁ……翼を持たずに生まれてきたのなら翼を生やす為にどんな障害も乗り越えなさい、とか…素敵」

「うん、いいね」


聖護くんと出逢っていなかったなら、今の私は本当にどうなっていたか分からない。


それ程の失恋の悲しみから脱け出せた様は、まるで翼が生えて飛び立てたようだと比喩しても大袈裟ではないくらいで。


そうして世界は広がった。


あの時、臆せずに次の道を選べた自分のことは褒めてあげたくなる。



今、とても幸せ。



「あとはね、」

「ああ」

「男は子供のようなものだと心得ている限りあらゆることに精通していることになるわ」

「…やはり今夜のヒロインは随分と挑発的だ」

「ふ……、んっ、」


いたずらっぽく言った。


でもふざけて笑い声を漏らす前に、視界は覆われ唇を聖護くんに塞がれた。


優しく触れたかと思えば、舌で下唇をなぞられて。


今夜はもうそんなつもりはなかったのに、それだけでからだが勝手に反応してしまいそうになる。


「ヒロインが僕相手にどこまで精通しているかもっと教えてもらおうかな」

「しょうごくん、だめ…っ!」

「駄目、か…、」


私がする予定だったいたずらな笑みは、聖護くんに盗られた。


「…じゃあ何処だったらいいんだい」


次は耳許で、艶を含んだ声で囁かれて。


耳に口付けをされてから、吐息混じりに輪郭を舐められる。


「ちが…、そういう問題じゃなくて…!」

「耳も駄目だったかな」


聖護くんに馴らされてしまった私のからだは馬鹿みたいにもう期待してる。


そんな私を見下げて聖護くんの唇は満たされたみたいにゆったりと弧を描いた。


「分かったよ…ヒロイン」

「…ぇ?…なに、を?」

「君がそこまで言うんなら、今日はもうキスはしないよ」


分かったと言いつつ分からないふりをした聖護くんはにっこりと笑った。


絶対に分かってるはずなのに。


首筋から這わせられた舌はどんどんと下がっていった。


そうしてそのまま流れに委ね至った行為の最中、キスをねだったとしても、聖護くんは意地悪く口角を吊り上げるだけで。


本当に唇が触れ合うことはなく。


代わりに何処かに紅い跡が咲き。


厭らしいセックスの果てに私はまた意識を手放した。



目覚めると今朝も聖護くんのぬくもりは先に消えていた。


聖護くんはきちんと睡眠を取れたのだろうか。


真っ先に浮かんだのは聖護くんのからだの心配で、私は心底あのひとに恋してると実感した。


たっぷりと愛撫された余韻の残るからだでそんなことを考えつつ出勤をして、何食わぬ顔で仕事をし、いつも通り定時には帰路に就いた。


帰ってリビングに入ると、人の気配はないけれど、テーブルの上に何かの箱が置いてあるのが目に入った。


近付いて手に取ってみれば、それはシャネルの香水。


間違いなく聖護くんからの贈り物。


「――…香水はキスをしてほしい場所につけなさい、か…」


思い出された言葉が思わず口から出ていた。


同時に、試されてる、と口許が緩んだ。


だって彼を楽しませたい。


「ふ、どうしようかな」



箱からボトルを出し、綺麗な色の液体に魅了される。


数時間後には確実に訪れる夜を想いながら。




▼50万打企画で書かせていただきました。




シャネルに倣う色香論


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