寝室のベッドに腰掛けて。


空間に投影させたホロ画面で天気予報を見ていた。


「――…えっと明日は…、」

「明日は24日だね、ヒロイン」

「聖護くん」


その時シャワーを浴びてきたらしい聖護くんが入ってきて。


清潔な香りに鼻腔がくすぐられた。


「何か天候の関わる用があるのかな」


聖護くんは画面と私を視界に収めてから、手にしていた本を棚に戻しつつ疑問を口にした。


「あのね聖護くん、今日廃棄区画の露店に遊びに行ったの、そしたら木に飾りを付けてる人がいて、」

「ああ…クリスマスか、旧時代のイベントだね」

「そうそう!やっぱり聖護くんは知ってるんだね、それでその人が色々教えてくれたんだけど、昔は色んなイベントがあって楽しそうだなって思ったの」

「イベントね…」

「…でもやっぱり聖護くんはイベント事とか興味ない?」

「ないかな、それよりも大切なのはその日をどうやって過ごすかだよ、充実した日々を送りたいとは思っているけど…イベントだからといって何かが変わるわけじゃない」


聖護くんは本棚に視線を向けたまま言葉を続けた。


でも返ってきた答えもだいたい予想がついていたもので。


前にグソンさんと二人で話をしていて誕生日の話題になったときにも、「そういえばダンナの誕生日って聞いたことないですね」ってグソンさんが言ってたし。


グソンさんはもう何年か聖護くんといるみたいだけど、それでも知らないなんて聖護くんはイベント事には関心を示さないのかも知れないと、その時も思った。


そして今本人の口からそれが証明された。


だけどそんなところも聖護くんらしい、なんて思いながら。


服の下で、無駄なものは綺麗に削げられているのであろう、銀の髪の掛かる背をぼんやりと見つめていた。



「だが、ヒロイン、クリスマスと天候がどう関係あるのかな」

「あ、それでね、ホワイトクリスマスって聞いたの、クリスマスに雪が降ったらロマンチックなんだって」

「雪のクリスマスと言えばチャールズ・ディケンズのクリスマス・キャロルがまず浮かぶな」

「本にもあるんだね、聖護くん、やっぱりその本もロマンチック?」

「おそらく雪景色のクリスマスを初めて描いた作品だろうね、ロマンチックかどうかは人それぞれの捉え方だと思うけど」

「そっか、そうだね、でも私は確かにあの飾りの付いた木に雪が積もったら素敵な情景かもって思ったの」


言えば聖護くんは振り向いて、目が合うと微笑んだ。


「ヒロインらしいね」

「ふふ、そうかな」

「それで明日の天気はどうだった?」

「もう何週間も前から予報は変わらずに晴天のままでした」

「それは残念だったね」

「ねー、先週は舞ったのに」


そして聖護くんは近付いてきて、私の隣に座った。


聖護くんの重みも加わり沈むベッド。


「だが、ということはヒロインはクリスマスに興味があるのかな」

「うん、なんか楽しそう」


私はイベント事とか無条件で楽しみになってしまう性格だったりもして。


だから今日廃棄区画で得た知識はキラキラとしたものを心にもたらしてくれた。


「じゃあヒロイン、サンタクロースの話も聞いたかい」

「うん!飾りの中に赤い帽子と赤い服のおじいさんがいたから聞いたらサンタさんのことも教えてくれた、24日の夜にいい子に寝て待ってればプレゼントを配ってくれるんだってね」

「それはまた随分と大まかな説明だ……しかし、それにしても困ったな、ヒロイン」

「ん?」

「生憎この部屋には煙突がない」

「うん?煙突って…サンタさんは煙突から来るの?」

「ああ、だが彼は此処へはどうやって来るのだろうか」

「…聖護くん、もしかして、サンタさんは信じてるの?」

「フ、僕じゃなくて、ヒロインの話だったんだ」

「わたし?」


眺めていたホロは消して、聖護くんとの会話に集中した。


すると若干神妙な面持ちをした聖護くんに見つめられたから何かと思ったんだけど。


「今の口振りを聞くとさすがにヒロインもサンタクロースは信じなかったようだね、ヒロインの持つ純粋さから信じる可能性もあると思ったんだが」

「あはは、それはさすがにないよー」

「君は掴み所のない女だし、サンタクロースすら信じる可能性もあっただろう」

「え、ちょっと待って今の超びっくり発言だった、掴み所がないのは聖護くんでしょ」

「いや、君だよ」


聖護くんとのやりとりに更に愉快になって笑う。


「でも聖護くん、もし私がサンタクロースを信じてたらどうしてたの?」

「僕が君のサンタクロースになっても構わなかったけど」

「ほんとに?」


やっぱり今日も掴み所がないのは聖護くんのほう。


イベントには興味ないなんて言いつつ、そんな冗談みたいなことも真面目に言って。


今の言葉を聞き、きっと聖護くんは私がクリスマスをやってみたいと言えば特別に時間を作ってくれたんだろうと感じた。


でも、私はそれはしたくなくて。


決して気を遣っているわけでも我慢しているわけでもないけれど、聖護くんが興味のないことにわざわざ目を向けてもらいたくはなかった。


聖護くんの考え方や生き方は私にとってとても魅力的だから。


「他には何か聞いてきたかな、ヒロイン」

「あとはね、親しい人や大切な人と過ごす特別な日でもあるって聞いたけど…」

「そう、」


だから得た知識に満足して、この話題はこれでおしまいにするつもりだった。


でも。


「だったらヒロイン、明日も夜には帰ってくるからクリスマスイブを一緒に過ごそうか」

「…いいの?」

「特別なことをするわけじゃないけどね」


聖護くんから一緒に過ごそうって言ってくれた。


今私が触れたことで、聖護くんの中では無関心だったイベントが意識として芽生えたに違いなくて。


聖護くんの中の意識を変えたかったわけじゃないのは確かなのに。


それでもその上でこんなふうに約束をしてもらえたことが嬉しくて仕方なかった。


特別なことなんてなくていい。


そうやって私という人間と向き合ってもらえることに幸せは増していく。



「でも聖護くん今クリスマスイブって言ったよね、イブって何か違うの?」

「クリスマス自体は明後日なんだよ、イブは前夜祭のことだね」

「前夜祭、てことはクリスマスは何かのお祭り?」

「うん、そうだな…じゃあヒロイン、まず起源から話そうか、少し長くなるけどいいかい?」

「うん、聞きたい聞きたい」


そうして聖護くんは、イエスキリストのこと、サンタクロースのこと、宗教のこと。


この国で行われるようになってから、廃れるまでの経緯など。


関わる事柄を本の引用を交えながら詳しく話してくれた。


何時間聞いていたんだろう。


またたくさんの知識を与えてもらった。


今夜はその声を聞きながら眠りに就いた。



翌朝、目を覚ました時にはもう聖護くんの姿はなかった。


朝食を済ませ支度をし外へ出て、予報通りの晴天の中、いつも通り出勤をした。


それから通常の勤務をこなして就業時間。


坦々と過ぎていく日常の中、昔なら今日は街全体の雰囲気もどことなく軽やかだったんだろうと思うと、この世界が少し退屈に見えた。


帰りに昔ながらの商店街に立ち寄って生花を扱う花屋さんに寄った。


昨日見た木のように大きくはなくていいから、何か変わりになるようなものが見付かればいいと思って。


今の時代、精巧な造花がいくらでも手に入るんだから、わざわざそれよりも高額を出して枯れる物を買うなんて馬鹿馬鹿しいと思う人が大半なはずだけれど。


でもあの部屋に飾るには生木が良かった。


テーブルに飾れるくらいのちょうどいい大きさのツリーを見付けて。


せっかくだから、お店のお姉さんに声を掛け、花で飾り付けをしアレンジもしてもらった。


かわいい買い物ができて満足。


それを大切に手にして、そこからはまっすぐに家に帰った。


ドアが開き中に入ると、食欲が促される香りが漂ってきた。


キッチンへ向かうとグソンさんが夕飯の仕度をしてくれていた。


テーブルに目をやれば骨付きのチキンや赤と緑のコントラストが綺麗なサラダ等が並べられていて。


賑やかに彩られるテーブル。


「おかえりなさい、ヒロインさん」

「ただいま、グソンさん!お料理おいしそう」

「ダンナからヒロインさんがクリスマスを楽しみにしていると聞きましたので」

「じゃあこれってクリスマスの料理なの?」

「はい、少しですけどね、イメージしてみました」

「すごい!かわいいね、グソンさん!」


思わずはしゃいでしまうと、グソンさんは柔和な笑みを見せてくれた。


前に話をしたときにグソンさんもまた然りで、イベント事とか興味ないって言っていたのに。


聖護くんから聞いたらしい私の一言で、グソンさんもこんなふうにしてくれたことがやっぱり嬉しかった。



「ダンナが帰ってきたらメシにしましょう、と言いたいところなんですが…、」

「うん?」

「ダンナは予定が変わって少しだけ遅くなるそうなので、夕飯はいいそうです」

「あ…そうなんだ、」


料理を終えたらしいグソンさんは左手でボトルと、右手では逆さにしたグラスを二つ、ステムの部分を指に挟んで運びながら聖護くんのことを口にした。


「…でも、俺とヒロインさんにとっては逆に好都合だったのかもしれない」

「ん?」

「クリスマスと言えばチキンなんですよ、だから肉嫌いのダンナが帰ってくる前に食べちまいましょうか」

「ふふふ、そっか」


グソンさんは、聖護くんがいなくて私が淋しがるんじゃないかって気を遣ってくれたのかも知れない。


少し冗談めかして言いながらグラスを私の座る場所へ置いてくれた。


確かに聖護くんとこの料理を食べられないのは残念だけど、予定が変わってしまったのなら仕方ない。


グソンさんの優しさに私も優しい気持ちになれた。


「あ、そうだグソンさん、これをテーブルの真ん中に置いてもいい?」

「ああ、クリスマスツリーですか」

「うん、小さいし飾りもお花だし、ちょっと違うかも知れないんだけど」

「いえいえ、雰囲気が出てとてもいいですよ」


花用のショッパーから出してグソンさんに見せると、グソンさんは私の手から受け取り早速テーブルの中央に置いてくれた。


向き合って座って、グソンさんが注いでくれたシャンパンを飲みつつ、クリスマスの料理をいただいた。


グソンさんの料理は今日も美味しい。


「ツリーと言えばヒロインさん、ダンナがもっと早く気付いてやるべきだったと零してましたよ」

「うん?」

「クリスマスのこと、そうしたらもっと早くから準備してやれたのに、と」

「聖護くんがそんなことを…?」

「おまけに来年は近県に針葉樹を伐採しに行ったらいいんじゃないかと言っていましたし」

「伐採!?本物の樹を?」

「はい、きっと、どうせ伐採するのは俺なんでしょうけどね、ダンナの指示で…」

「あー…ふふ、すごい想像できる」

「できちまいますか、想像が、」

「ん…」


グソンさんが教えてくれた聖護くんの気持ちがまた幸せで。


此処は本当にとびきりの居心地で。


「ツリーの飾り付けもヒロインさん自らしたら楽しいんじゃないかと……って、ヒロインさん?大丈夫ですか?」

「ぁ…大丈夫、グソンさん、なんか本当に嬉しくて…、ありがとう」


聖護くんと出逢わなければ知れないままだったであろう世界の喜びを噛み締めていたら、込み上げてくるものもあって。


胸がいっぱいで言葉に詰まってしまった。


「礼なんていりませんよ、俺にも、きっとダンナにも、」

「でも聖護くんもグソンさんも、まずイベント事とかにも興味ないって言ってたでしょ…、だからね私の気持ちを押し付けたくもなかったの」

「押し付ける?」

「興味のないことに目を向けてもらうことは、聖護くんやグソンさんの中にあるものを変えてしまうみたいで…、うまく言えないんだけど…」


想いを正確に口にするのは難しかった。


だけどさすが聖護くんと共にいるひとだけあって、グソンさんも頭がいい。


私の拙い言葉でも気持ちを汲んで理解してくれたみたいで。


ゆったりと口角を上げ、穏やかに答えをくれた。


「でもヒロインさん、俺もダンナも今日だって自分の意思で動いていることには変わりないんですから、変わったことなんて何もない」

「うん…ありがとう」

「それにもうあなたはダンナや俺の中にいるんですから、そんなこと気にしなくていいんですよ、」


ね、と優しく語り掛けてもらって。


それはとてもあたたかく響いて。


「特にダンナはヒロインさんの発言や行動を楽しみにしていますし」

「そうなの?」

「はい、だからヒロインさんは思ったことを口にして思うように動いて、それに対しダンナが取る行動を、ヒロインさんの感性でただ受け入れていけばいいと思いますよ」


グソンさんに言われたことは、すんなりと納得ができた。


だから素直に笑顔で頷けば、グソンさんも同じように返してくれた。


「…さて、そろそろダンナも帰ってくる頃ですかね」

「ほんと?」

「はい、でも今度は俺が少し出なければならなくて…仕事が残っていますので」

「あ、そうなんだ、毎日お疲れさまです」

「なので先に片付けちまいますね」

「はーい、グソンさん、とってもおいしかった、ごちそうさまでした」


会話を楽しみながら食事も終え、一緒に片付けも済ませた。


そうしたらグソンさんが冷蔵庫の中からリボンの付いた箱を出してきて。


私に見せるように調理台の上に置いた。


「ヒロインさん、これは俺からのプレゼントです」

「プレゼント?…って、え?クリスマスの?サンタさんじゃなくてもくれるの?」

「はい、そういう風習だったようですよ、開けてみてください」


グソンさんに促され、箱の蓋を慎重に取った。


すると中に入っていたものは。


「あ!ケーキ!」


フルーツで飾られた切り株の形をしたチョコレートのロールケーキ。


「ブッシュドノエルです」

「私がもらっていいの?」

「もちろんですよ」

「嬉しい!ありがとう、グソンさん!」


クリスマスらしい料理を食べられただけじゃなくて、こんなにかわいいプレゼントまでもらえるなんて。


素敵な思い出がまた一つ増えた。


「でもノエルって…、確かそれもクリスマスって意味なんだよね?」

「ご存知でしたか」

「うん、夕べ、聖護くんが色々教えてくれたの」

「フ、それでもダンナはプレゼントの説明はしなかったんですね」

「ふふ、僕が君のサンタクロースになっても構わないとは言ってたけど、」

「それはそれは…」


サンタクロースではなくてもクリスマスにプレゼントを贈るという風習があるなら、私も何か返したいと思った。


明日もまだクリスマスなんだから、日頃の感謝も込めて。


明日も仕事帰りに買い物に行って、聖護くんとグソンさんに贈るプレゼントを用意したい。


二人を想ってプレゼントを選ぶ時間もきっと幸せだろう。



「ではあなたのサンタクロースが帰ってきたら一緒に食べるといいですよ」と少し茶化すように言うグソンさんにもう一度お礼を伝えてから。


グソンさんを見送って、聖護くんが帰ってくるのを本を読みながら待った。


しばらくすると物音が聞こえた。


きっと聖護くんが帰って来た音だから部屋を出れば、案の定待っていた姿があった。


自然と綻ぶ口許を感じつつお出迎え。


「聖護くん、おかえり」

「ただいまヒロイン、遅くなって悪かったね」

「ううん、そんなことない、おかえりなさい私のサンタさん」


ちょっとわざとらしくこう言えば、微笑んでいた聖護くんは少し驚いたような顔をしてから更に柔らかく目を細めた。


「そうだね、ヒロイン、じゃあ手を出してごらん」

「手?」

「ああ、」


言われた通りに手を出した。


すると聖護くんはアウターのポケットから何かを出し、私の手のひらに置いた。


飾ることなく出されたそれは、大きさの割に重みがあって。


「ぁ…雪…」


丸い形の透明なガラスの中でツリーが立っていて、白い粉が舞っていた。


そしてふわふわとツリーに乗った。


「スノードームだよ、時間がなくてこれしか用意できなかったんだけど、僕からのプレゼント」

「しょうごくん…」


きっと今の時代の物でもない。


プレゼントをもらえただけでも嬉しいのに…。


私がホワイトクリスマスに興味を示したからこそのプレゼントで。


なんてロマンチックなんだろう。


感激の余り私は聖護くんの首に腕を回し抱き付いていた。


「フ、ヒロイン、随分と積極的だね」

「だって聖護くん、嬉しくて…」

「気に入ってもらえたんなら何よりだ」


聖護くんは私の後頭部に手を回し、ゆっくりと髪を撫でた。


ひどく安堵できる感触だった。


「ありがとう…聖護くん、大切にする」

「ああ、だが、ヒロイン、いつか本当にこの光景を目にすることができるといいね」


耳許で聞こえる聖護くんの中毒性のある甘い声がからだ中を廻るようで。


「…その時は、一緒に見れたらいいな…」


うっとりと返事をすれば。


そうだね、と言って聖護くんは、私の耳にキスをした。


そうして私はまた、穏やかな幸せを感じた。




トゥインクルスノウを描いて


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