gift | ナノ

とある昼下がり、宿部屋にて

リッカの宿屋は、今や冒険者達に大人気の有名な宿屋の一つである。宝の地図を攻略し、疲れた体を宿屋で休めるために、今日も冒険者が多数泊まっている。――リタも例に漏れず、冒険者達に混じってリッカの宿屋の予約をとっていた。油断していると空き部屋はあっという間に埋まってしまう。宿王グランプリで見事優勝したリッカの宿屋は、リッカが来る前の、かつての閑散ぶりが嘘のように大繁盛しているという。賑わう一階の酒場を眺めながら、宿屋の階段を登る。宿泊部屋は二階と三階にあるのだ。
今回の自分達に宛がわれた部屋の扉を開けて、部屋にいるはずの恋人に声をかけた。


「アル? 明日のことなんだけ、ど……」


尻すぼみになった言葉の続きが発せられることはなかった。ぱたん、と後ろ手に扉を閉める。


「……寝てる?」


寝ていれば当然、返答があるはずもなく。
ソファに座った状態で腕を組んで寝る自分の恋人を起こさないようにリタは慎重に近付いた。
恋人――アルティナの珍しい姿を見れた、とリタはお構いなしにしげしげと眺める。
同じ部屋をとるようになってからまだ日が浅い。共に生活をしなければ見られない姿を見つける度、新鮮な気持ちになる。
というのも以前、リッカの宿屋で部屋の空きが一つしかないと言われた時にルイーダからの「アンタ達付き合ってるんだし、部屋は一つで良いんじゃないの?」という一言をキッカケに、同じ部屋を使うようになったのだ。多少強引ではあったが、特に不都合なことなどなく、というかカレンが仲間に加わるまでアルティナと同室にしていたのも全く気にしていなかったリタとしては、宿代が浮いて良いか程度にしか考えていなかった。……天使界で育った世間知らずなリタが、付き合ってもいない男女の同室はあまりよろしくない、という事実を知ったのは人間界に落ちてからかなり経った後のことである。カレンのおかげでそれなりの常識は身に付いたはずだったが、そのカレンもお嬢様育ちで認識がズレている面もあるので、何ともあやしいところだ。
アルティナの目の前で屈み、その様子を窺うものの、まだ起きそうにない。そんなに深く眠りについているのだろうかと思うと、日頃の疲れが溜まっているのではと心配してしまう。


(大丈夫かな……アル、すぐ体調崩しちゃうから)


冒険の最中も倒れることが少なくはなかった。対してリタはというと、風邪すらほとんど引いたことのない丈夫さである。アルティナが寝込んで辛そうにしているのを見るのはリタも辛かった。
心配になったので一応、とアルティナの額に手の平を乗せる。熱はないようなので一安心する。
しかし、こんなところで寝ているとそれこそ風邪を引いてしまうのでは、と思ったものの、開いた窓から感じる初夏の陽気と差し込む日の光に照らされたソファは心地よい暖かさで、思わず昼寝をしてしまうのも分からなくはない。


(……ちょっとだけ、)


アルティナの横にちょこんと腰かける。相手に軽くもたれかかるようにしてぴったり寄り添うと、触れ合う部分からじんわりと熱が広がった。
――こんな甘えたこと、相手が起きている間に出来るかどうか。
リタは、ちらりとアルティナの横顔を窺う。
切れ長の涼しげな目が今は閉ざされているせいか、いつもより幾分か穏やかそうな表情に見える。その無防備な姿に、リタは段々と悪戯心がくすぐられてきた。
つん、と頬をつついてみるが、起きる気配はない。頬を軽くつまんで引っ張ってみても同様だった。


(い、意外と起きないものなんだなー……)


妙にどきどきしながらリタは次は何をしようか考える。
ここまで来ると、逆に何をすれば起きるのだろうか。じわじわと好奇心が湧いてきた。


「…………」


髪を触ってみる。クセのある短い髪の毛は、すくとリタの手から跳ねるように逃げ出そうとする。普段アルティナの頭に触れる機会は滅多にない。少しだけ感動を覚えたリタだったが、自分のものよりも固めな髪質を感じながらハタと気が付いた。
自分の行動を振り返ってみる。アルティナが起きないのを良いことに、いろいろやってみたものの……。


(あれ? これってほとんど全部、いつもアルが私にしてることじゃ……)


ぶわっと顔が熱くなる。顔から火が出るかと思った。無意識な行動だったためか余計に恥ずかしい。アルティナが寝ていてくれて本当に助かった。
両手で顔を覆いながら、リタは恥ずかしさゆえに葛藤する。


(どうしてアルが楽しそうにやるのか分かっちゃった気がする……)


実際、やってみると楽しかった。いや、されるのも好きだけれど……とまで考えて自分で墓穴を掘っていたことに気が付く。


(何考えてるの私……!)


がっくりと項垂れそうになった。だが、温かくて少しだけざらついた大きな手に触られるのは好きなのだから仕方ない、となぜか自分に言い訳をするように心の中で弁明する。
アルティナが頭を撫でるようになったのはいつだったか。いつからお仕置きのように頬をつままれるようになったか。――いつの間に、こんなにアルティナのことを好きになっていたのか。


(私、アルのこと本当に好きだなぁ)


その端正な横顔に、そろりと目を向けた。そして、想いを伝える代わりに相手の頬に唇を寄せる。
それは一瞬の出来事――かすめるように、羽毛のような軽いキスを落とすと、リタはもぞもぞとソファに座り直した。顔の熱はまだまだ下がりそうにない。……こんなこと、アルティナが起きていたら絶対に出来ないと思いながら、しばらくソファでじっとしていた。
日差しは柔らかく降り注ぎ、やがてリタはうつらうつらと船を漕ぐ。だんだんと目を閉ざしてしまいそうになるのを何とか堪えようとするものの、睡魔に対抗するすべをリタは持っていなかった。
やがて健やかな寝息が聞こえ始めた頃。


「……そういうことは、起きている間にやってほしいんだがな」


ぼやくような呟きは、夢の世界へと旅立ったリタの耳に届かない。声の主は、つい今し方まで眠っていたはずのアルティナだった。
目を開けたアルティナは、隣で眠るリタにチラリと視線を送る。
リタにとって、あれが精一杯の愛情表現なのかもしれない。奥手な恋人に、ふと笑みがこぼれた。
途中で「起きた」と告げる機会を窺っていたものの、結局最後まで寝たフリをしていたアルティナは、お返しと言わんばかりにリタの寝顔にそっと口付けた。



とある昼下がり、宿部屋にて(終)



―――――
大変お待たせしました、申し訳ございません! キリリク「アル×リタの、恋人になってる未来」の設定で書かせていただきました。時期的には付き合ってやっと落ち着いてきたところ、って感じでしょうかね。何か、こう……リタの精神的にね← とりあえず、文章にもあったようにリッカが宿王になった後ではあります。
たまにはリタの方が積極的でも良いんじゃないかと書いてみたお話です……多少はね! 相手寝てたとしても(しかし途中から起きてた模様)!
控えめゆえに分かりにくいかもしれませんが、リタもアルティナのこと大好きなのが伝われば良いなと思います(^ω^)
リクエストしてくださったご本人様のみお持ち帰り可とさせていただきます! こんな感じでよろしかったでしょうか? お気に召さなければお申し付けください。
それでは、リクエストありがとうございました〜(*´∀`)

prev / next
[ back ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -